コミカライズ記念SS①事故チューあとのアーノルド視点
※14話『事故チュー』のディアが神殿にいるアーノルドに初めて会いに行って、二人が別れたあとの話です。
※このお話は、書籍版のほうの設定で書いています。なのでアーノルドは 神殿近くにある簡素な離宮で暮らしています。
【アーノルド視点】
ディアとわかれたあと、アーノルドは神殿にある瞑想室からどこをどう歩いて帰ってきたのかわからなかった。
気がつけば自分の部屋に戻ってきていた。
(まさか、ディアに会うなんて……)
パーティー会場で出会った銀髪の女の子ディアは、『クラウディア=ペイフォード』と名乗った。その名前から神殿内にある図書館で調べると、ディアはペイフォード公爵家の一人娘だとわかった。
ディアが公爵令嬢なら、王子として公式の場に出ていれば、いつかは、また会えるかもしれないと思っていた。
それなのに、こんなに早く偶然にディアに会うことができた。しかも、10日後にまた会う約束もしてくれた。
今まで生きてきて神様に感謝したことなんて一度もなかったけど、今日だけは感謝したい。
(まさか、全部、僕の夢じゃないよね?)
急に不安になり自分の頬をつねろうとすると、頬に当たった柔らかい感触を思い出した。
(さっき、ディアの唇が、僕の頬に……)
カッと全身が熱くなり、すぐに『これは夢なんかじゃない』と断言する。
「そうだ、南部の本を探さないと」
ディアは南部の本を読みたいらしい。理由を聞いたらこう返ってきた。
――あなたのことがもっと知りたいの。
そういってもらえて、すごく嬉しいのにとても恥ずかしい。アーノルドは、叫びながらベッドの上で転がりまわりたい気持ちをグッと抑えた。
(さっき別れたばっかりなのに、もうディアに会いたい)
アーノルドがため息をつくと、背後から急にしわがれた声が聞こえた。
――お前は、何が欲しい?
それは、母が亡くなってから一人になると現れる化け物の声だった。いつもなら『何もいらない』と答えるのに、今日はなぜか言葉につまる。
「僕が……欲しいもの?」
そう呟くと、すぐにディアが浮かんだ。この世界の何もいらなかったけど、ディアの側にいれたら、とても幸せなのでは? と今なら思う。
(この化け物に『ディアが欲しい』と頼んだら、どうなるんだろう?)
もしかしたら、ディアともっと仲良くなれるんだろうか? 10日後といわず、毎日だってディアに会えるのかも?
また化け物の声が聞こえる。
――お前は、何が欲しい? なんでも叶えてやろう。
「……なん、でも?」
そのとたんに、ディアの顔が浮かんだ。ディアは『ねぇねぇ、アーノルドは何が欲しい?』と、偶然にも化け物と同じことを聞いた。
『アーノルドは初めて私と友達になってくれた人だから、アーノルドのお願いはなんでも聞いてあげる』
そう言ったディアは、アーノルドの手を握ると可憐な笑みを浮かべた。
『だから、アーノルドは私以外にお願いしたらダメよ?』
ディアの宝石のような瞳に見とれてしまい、アーノルドはどう答えたのか覚えていない。ただ、必死に頷いたような気はする。
(そうだった。ディア以外にお願いをしないって約束したんだった。ディアは僕のお願いをなんでも聞いてくれるって……。なんでも……なんでもって、本当になんでもいいの?)
ディアと一緒に本を読んだり、楽しくお話ししたり。そんなことを考えながら、アーノルドは、無意識にディアの唇が当たった頬にふれている自分に気がついた。
「あっちがっ!? そ、そういうんじゃ! あ、ああ」
両手で顔を覆うと勢いよく床にしゃがみ込む。
「違う、そんなやましいことじゃなくて……僕は」
ただディアの側にいたい。そう、例えばいつもディアの側にいられる護衛騎士のようにディアを守りたい。
でも、今日、つまずいたディアを支えたかったのに、支えるどころか一緒に倒れてしまった。その時に手を貸してくれた護衛騎士の腕は、太くがっちりしていた。
それに比べて、自分の腕はとても細い。
(これじゃダメだ! 僕はディアを守れるように強くなりたい!)
そう思っても、だれも頼れる人はいない。ここは王城から遠く離れた神殿近くにある離宮で、食事は出てくるが、数人のメイドたちは、まるでアーノルドが見えていないかのように振る舞っている。
(僕は、それでも良いと思っていたんだ)
ここに来るまでは母と一緒に王城で暮らしていたが、そこでの生活は今よりずっとひどかった。
王族に必要なマナーやルール、語学や教養はその時期に教えてもらった。勉強は嫌いじゃなかったけど、異母兄の第一王子グラヴァレクと第二王子エインベルやその取り巻き達に、会うたびに暴言をはかれ、暴力をふるわれていた。
もちろん、だれも助けてくれない。
だから、母が亡くなったあとに一人この離宮に移され、めったに異母兄たちに会わなくなったのがとても嬉しかった。
王城関係者は頼れない。頼ったとしても、何もしてくれないのはわかっている。
「だったら、自分で強くなろう」
神殿の図書館で強くなる方法を調べよう。
アーノルドは、部屋のすみにいつ置かれたのかわからない冷めた食事を急いで食べた。食べ終わると、すぐに神殿へと走り出す。
(やりたいことがあるって、こんなにドキドキするんだ)
胸が熱い。ディアに出会う前までは薄暗く色がなかった世界が、今はとても鮮やかに見える。
化け物はいつの間にか消えてしまっていたが、アーノルドは気がつかなかった。
それから、神殿で強くなるための本を読み漁った。
(まずは、『体力をつけること』か)
毎日走ったり剣の素振りをしたりすると良いらしい。
その日から、体力づくりのために離宮の周囲を吐くまで走った。拾った木の枝で一日中素振りをして手の皮が剥けたけど、そんなことは気にならない。
体中が痛くて悲鳴を上げた。本によれば、これは筋肉痛というものらしい。
休憩するときは、ディアに頼まれた南部の本を探したり、本文を訳して書き写したりした。
三日目に、走りすぎて吐いていたら、声をかけられた。
「やりすぎです」
アーノルドが驚いて顔を上げると、離宮を監視している一人の騎士が側に立っていた。無精ひげを生やしていて、貴族っぽさがない。ただ声はとても落ち着いている。
この騎士も離宮のメイドたちと一緒で、今までアーノルドに関わろうとはしなかった。だから、急に話しかけられてどう答えたらいいのかわからない。
アーノルドが黙っていると、また話しかけられた。
「殿下は、どうして急に変わられたのですか?」
騎士の目はとても真剣で、アーノルドをバカにしている様子はない。純粋な疑問という感じだった。だから、アーノルドは驚きながらもなんとか答えることができた。
「……強く、なりたいんです」
「どうしてですか?」
淡々とした声だった。
「守りたい人ができたんです。僕は……強くなって、大切な人を守れるようになりたい」
「なるほど」
騎士はこちらに手を差し出した。その手をアーノルドがおそるおそるつかむと、力強く引っ張り、立たせてくれる。
「でしたら、もっと効率よく鍛えましょう。私がお教えします」
「……え?」
「私は、元は王宮勤めの剣術師範だったのです。第一王子グラヴァレク殿下や、第二王子エインベル殿下の指導に当たっていました。でも、両殿下が私の教えた剣術で、他の者を傷つけようとしていたので、強く叱ると役職を外され、ここに飛ばされました」
その騎士の言葉を聞いて、アーノルドは『あいつらが傷つけようとしたのは、もしかして、僕?』と思いゾッとした。
「第三王子のアーノルド殿下は、私の授業を一度も受けたことはありませんね?」
「はい。僕は、剣術や戦術の授業から外されていたので……」
「そうでしたか。では、私から貴方にお教えできることがたくさんあります。どうですか? 私の指導を受けますか?」
この騎士が、どうして教えてくれるのかわからない。何か裏があるのかもしれないし、あとから裏切られるのかもしれない。
アーノルドが戸惑っていると、騎士は静かに告げた。
「私の剣は、人を守るための剣です」
その言葉で覚悟が決まった。アーノルドは勢いよく頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
その日から、アーノルドに剣術の先生ができた。先生は、鍛錬中は厳しい人だったが、それ以外ではとても穏やかな人だった。
丁寧にわかりやすく、指導に当たってくれた。それに、先生が何かをしてくれたようで、離宮で出される食事が今までと比べ物にならないくらい良くなった。
先生は「良く食べて、良く寝ること。適度に身体を休ませることも、強くなるためにはとても大切なことです」と教えてくれた。
*
ディアと初めて神殿で会った日から5日がたったとき、またディアと神殿で会えた。ディアは、クッキーのプレゼントをくれて、『5日後にまたくるね』と言って右頬にキスをしてくれた。
幸せすぎて怖い。もし、5日後にディアが来てくれなかったらどうしようという不安を振り払うように、アーノルドは鍛錬に打ち込んだ。
『アーノルドは、絶対に剣術の才能があるから大丈夫!』
『強くなったら、私を守ってね』
ディアがくれたたくさんの温かい言葉のおかげで、鍛錬は少しもつらくなかった。
そんなある日、先生が「殿下に乗馬をお教えしましょう」と言い出した。
「……乗馬?」
「はい、馬に乗ることができれば、行動範囲が広がります」
(そっか、移動手段があれば、待っているだけじゃなくて、僕からディアに会いにいくこともできるんだ……)
それはとてもすごいことだと思う。
「よろしくお願いします!」
アーノルドは、迷うことなく先生に頭を下げた。それから暗くなるまで先生と一緒に乗馬や剣の鍛錬をして、フラフラしながら自室へ戻ると、意識を失うようにベッドに倒れ込んだ。
***
アーノルドは気がつけば、暗い森の中を馬で駆けていた。
いつのまにか大人になっているアーノルドは、たくましい体つきになっている。
周囲の木々がものすごい速さで後ろに流れていった。
(この速さだと、もうすぐ……)
そう思ったら、真っ白なお城が見えた。この城には、愛おしいディアが住んでいる。
敵の目をかいくぐり、協力者たちを得てなんとかディアの元までたどり着いた。バルコニーにたたずむディアに声をかける。
「ディア!」
ゆっくりと振り返ったディアも大人の姿になっていた。ディアは元から綺麗なのに、信じられないくらいさらに綺麗になっていて、そのあまりの美しさに神々しさすら感じてしまう。
「アーノルド!」
満面の笑みを浮かべたディアは、駆け寄りアーノルドに抱きついた。
「会いたかったわ」
「僕も」
嬉しそうに頬を染めたディアは、うっとりしながらこちらを見つめている。
「今日から、ずっとここで私と一緒に暮らそうね」
そういうとディアは少しだけ顔を上げて何かを待つように目を閉じた。
「ディア……」
そんなディアの唇に、アーノルドはそっと優しくキスを……。
***
そこでアーノルドは目が覚めた。昨日はベッドに倒れ込んだまま、眠ってしまったらしい。
窓の外はもう明るくなっている。ベッドから身体を起こすと、筋肉痛で全身がきしむように痛んだ。
なんとか起き上がり、ぼんやりとする頭で先ほどの幸せな夢を思い出す。
「……えっと」
真っ赤になった顔を両手で覆った。
「だから、違うんだって……! そういうやましいことじゃなくて……」
アーノルドの口から深いため息がもれた。
「……どうしよう、僕はどんどん欲深くなっていく……」
ディアに出会って初めて欲しいものができた。
ディアを守るために、強くなりたいと思い初めて目標ができた。
欲深くなってはダメだと思うと同時に、胸がドキドキしてとても幸福な気持ちで満たされていく。
「はぁ、早くディアに会いたいなぁ」
アーノルドは、ベッドの横に立てかけていた練習用の木剣を手に持つと、早朝鍛錬へ向かった。
おわり




