⑤ソウレの心情(03ソウレから見たアルディフィア)
ソウレは、新参者の神々の中に、自分と同じく愛と豊穣を司る神がいるとは知らなかった。
どうして知ったのかと言うと、わざわざ女神アルディフィアがソウレの前に現れ、宣戦布告してきたからだ。
白い光と共に仰々(ぎょうぎょう)しく現れた女神は、祠で横になりくつろいでいたソウレを見て不快そうに顔をしかめた。
「獣臭い」
「あ?」
元からこの土地にいた神々の中では『穏やかだ』と言われていたソウレも、さすがにこの一言には腹がたった。女神は臭そうに自身の手で口元を押さえている。
「私と同じ愛と豊穣の神がいると聞いて来てみれば、なんと汚らわしい……」
生意気な女神をこの場で消し炭にしてやろうかと思ったが、どうせ女神の仲間が時を戻して復活させるので意味がない。
「何をしに来たのか知らんが、さっさとこの場より去れ。お前らの相手をするのは時間のムダだ」
ソウレが虫を追い払うように、シッシッと右手を払うと、女神が「去るのは貴方です」と偉そうなことを言う。
「獣神よ、今すぐこの土地を去り、人々を解放しなさい」
「ああ、そういうことか」
ようするにこの女神は、南部地域に残ったわずかなソウレの信者すら奪いたいようだ。
「戯言を。我は我を望む者がおるから、今ここにおるのだ」
もし信者が一人もいなくなれば、言われなくてもこの大陸から出て行くつもりだ。
「人々を惑わす邪神の存在など許せません!」
「惑わすも何も、そもそも我は人の世には極力介入しないと決めておる。だから、お前らも我に関わるな」
話はとても簡単なのに、女神は少しも納得しない。
「貴方の存在そのものが害悪なのです。人には私のような清廉な導き手が必要なのです」
「自分で自分のことを『清廉』などという輩は信用できん」
「愚かな貴方では、理解できないでしょう。黙って私の言う通りにするのです」
女神が話せば話すほど、性格の悪さが露呈していく。
「こちらの話をまったく聞かん上に、無理やり自論を押し通そうとしおって。さてはお前、性根が腐っておるな」
「なっ!?」
生意気な女神は、怒りで身体を震わせている。
「貶されて怒るのなら、他の者を貶すな! この性悪女め」
女神は「今に後悔しますよ!」と悪役のような安っぽいセリフを吐いて去っていった。
「まったく、いったいなんなのだ……」
こんなに腹が立つのは久しぶりだった。そのうちに腹がたっている自身がおかしくなってくる。
「ははっ、我もまだまだだな」
その日から、生意気な女神の行動が目に付くようになった。同じ愛と豊穣の神なのに、両極端な性質にお互いの神経が逆なでされた。
ソウレは「いっそのことあやつの存在を消すか。いや、どうせ時を巻き戻されるか」と何度も思っていたが、向こうは向こうで『戦を仕かけて、異教徒もろとも殲滅してやるわ!』くらいは思っていたようだ。
流れが変わったのは、女神が治める国が邪神に乗っ取られ、戦争を始めたときだった。戦の炎はあっという間に大陸中に広がり、戦場痕は血の海になっているらしい。
そんな状況下でも、邪神はソウレを元に生み出されたせいか、ソウレを支持する南部地域だけは平和そのものだった。
ソウレはくつろぎながら、新参者の神々の不幸を眺めていると、邪神はとうとう新参者の神々が住む天界へまでも攻撃を始めようとした。
その頃になってようやく慌てた新参者の神々が、人の子の中から英雄を作り上げ、なんとか邪神を倒したが各国は酷い有様だった。
特に邪神を生み出し狂ったように戦を続けた女神の国は疲弊しきっていて、王位を継いだ英雄の努力も空しく滅亡した。
そうなると、予想通り新参者の神々は、自らの命を使って時を巻き戻し始めた。
神力が弱いので命を使っても、一度で二、三年ほどしか巻き戻せないようだ。多くの神々が消滅したが、悲壮な雰囲気はなかった。
歴史改変が上手くいくと、神々が消滅した未来とは別に、神々が消滅しない未来ができるのでそこらへんは問題がないようだ。
(本当に厄介なやつらだな……)
ソウレがあきれていると、巻き戻された先で、クラウディアという少女に召喚された。
それからは、神でも予想できないことの連続で、これほど楽しいことはなかった。
クラウディアが愛の力で愛する者を救うという最高のハッピーエンドのあと、クラウディアがとったアルディフィアへの処罰も最高だった。
(まぁ、我も巻き込まれるとは思わなかったが)
クラウディアの言い分は分かるような気がする。そもそも神々が争わなかったら、こんなことにはならなかったのだから、ケンカ両成敗といったところだろう。
(人に関わるのは、これまでのようだ)
これから人は、神のいない世界を生きていく。
(きっとなんの問題もないのだろうな)
そんなことを考えていると、ソウレの身体がズリズリと見えない何かに引きずられた。
クラウディアによって、何もない白い異空間に閉じ込められていったいどれくらいの時間がたったのだろう。
ソウレと一緒に閉じ込められたアルディフィアが、ここから脱出しようとまたムダな努力をしている。
(いい加減にしろ……と言いたいところが、あの性悪女がなぜか可愛く見えてしまう……。これが『神々の書』の力か。恐ろしいな)
アルディフィアには、相変わらず毛嫌いされているが、向こうも神々の書の影響は受けているはずだ。
(こうなったら、徹底的に向き合うか。愛の神同士だ、なんとかなるだろう)
ソウレは、覚悟を決めてアルディフィアと話しあった。
その時に、ソウレが、アルディフィアに伝えた『我から見れば、お前も人もそう変わらん。人が幼子だとすれば、お前を含む新参者の神々は大人になり切れていない少年少女みたいなものだ。だからこそ、面白く儚く愛おしい』というこの言葉にウソはなかった。
あれから、さらに時がたち、アルディフィアと夫婦になってからソウレは気がついたことがあった。
ソウレがアルディフィアの美しい顔を眺めていると、アルディフィアは「なんですか?」と怪訝な表情を浮かべる。
「……性悪女」
「はぁ!? 怒りますよ?」
すでに怒っているアルディフィアの頭をなでるとさらに怒られた。
「急になんなのです!?」
「いや、我は昔、フィアのことをそう呼んでいたなと思ってな」
アルディフィアは「確かにあの頃の私は未熟でした」と悔しそうな顔をする。
「が! 今になってそう呼ぶなんてっ! 私に何か文句でもあるのですか!?」
今にも暴れ出しそうなアルディフィアを、ソウレはそっと抱きしめた。
「まぁ、落ち着いて最後まで我の話を聞け」
そう伝えれば、アルディフィアはソウレの腕の中で、不服そうな顔をしながらも言葉の続きを待っている。
「性悪『女』……今になって気がついたが、我は初めからフィアのことを『女』だと思っていたのだな、と思ってな」
老いることがない神々は、誰かと寄り添うこともしないし、ましてや夫婦になることなどめったにない。そもそも男神か女神かを気にすることのほうが珍しい。
それなのに、ソウレはフィアを初めから異性として見ていたということになる。
アルディフィアは、まだ理解していないようだ。
「我らの出会いこそ最悪だったが、我らはこうなる定めだったのかもしれん。フィア、これからもよろしくな」
ソウレはそっとアルディフィアと唇を重ねた。
【リクエスト番外編⑤ 03】END
楽しいリクエストをありがとうございました!
リクエスト番外編は、これで完結です。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました^^
11/5追記
コミカライズスタートしました!
記念にss更新しました




