⑤ディアの前生の、ディア死亡直後のアーノルドの心情
※人がたくさん死にます。血まみれです。苦手な方はご注意ください。
純白の花嫁衣装をまとったクラウディアが、ゆっくりとした足取りで、一歩、また一歩と神殿の階段をのぼってくる。それは、たくさんの人々に祝福される幸せな結婚式だった。
(ああ、クラウディアは、なんて美しいんだ……)
その美しいクラウディアを手に入れるために、第三王子のアーノルドは神を名乗る化け物の力を借りて姿を変えた。
異教徒の証である赤い髪を光り輝く金髪に変え、不気味だと恐れられる黄色い瞳を澄んだ青色に。顔の作りは女性に好かれていた第二王子をまねた。
今のアーノルドは、まるで童話の世界から抜け出してきたような理想の王子様になっている。
(クラウディアは、王子様が好きなんだ。かっこ良くて、人気者で、皆に好かれている王子様が)
それはアーノルドとはかけ離れた存在だった。だから、アーノルドは元の姿を捨てた。それでクラウディアに愛してもらえるなら、姿なんてどうでも良かった。
普通なら、公爵令嬢のクラウディアと、なんの後ろ盾もない第三王子が婚姻することは不可能だ。だから、化け物の力を使って、無理やりクラウディアと婚約した。
そうすれば、またクラウディアと仲良くお話ができると思っていた。
(それなのに……)
一年後に再会したクラウディアは信じられないほど美しく成長していた。クラウディアを見ただけで息ができなくなるほど緊張してしまい、アーノルドは彼女の前でだけ、全てのことがうまくできなかった。
今だってこれからクラウディアにふれると考えるだけで手が震えてしまう。誓いのキスなんてうまくできるはずがない。
アーノルドは震える両手を強く握りしめた。
(大丈夫だ。失敗してもいい。だって、式さえ終われば、クラウディアは僕だけのものだから)
だれかなんと言おうと、例えクラウディアが嫌がっても、王族と結婚したのだからもう逃げられはしない。
(君が僕に少しも興味がなくても、もう君は僕を見るしかないんだ)
アーノルドの偽物の青い瞳には、ほの暗い灯りが宿っていた。
(今まではうまくできなかったけど、これからは少しずつクラウディアと仲良くなろう)
初めて出会ったあのときのように、二人で肩を並べて本を読んだり、好きな本の話をしたりしたい。
(大丈夫、だって僕の姿はクラウディアの理想だから。時間さえかければ、きっとクラウディアも僕のことを愛してくれる。夫婦になるんだから、僕だってこれからは、クラウディアのことをディアって呼んでもいいよね?)
アーノルドは、今まで生きて来てこんなにも未来に希望を持ったことがなかった。気を抜くと嬉しくて涙が滲みそうになってしまう。
愛おしいクラウディアがもうすぐ神殿の階段をのぼりきる。
(ようやく、ようやくだ! この世界で唯一、欲しいと願った君が手に入る!)
それは、間違いなくアーノルドの人生の中で、一番幸福を感じた瞬間だった。
(ディア!)
アーノルドは、満面の笑みを浮かべて、うつむいている花嫁の手を取ろうと腕を伸ばした。しかし、クラウディアはその手を取ることなく、フッとアーノルドの視界から消えた。
何が起こったのか分からない。
グシャッと何かが潰れるような音と共に、切り裂くような悲鳴が辺りに響いた。
「え?」
幸福の絶頂から一転して、吐き気をもよおすような不安がアーノルドを襲った。
おぼつかない足取りで階段の下を覗き込む。階段の下には、なぜかクラウディアが倒れていた。
「ど……して?」
訳が分からない。ただ、最悪なことが起こったのだということだけは分かった。
転がるように階段を駆け下りた。倒れているクラウディアを抱き起こすと、アーノルドの手のひらに生温かい液体が流れてくる。
それはクラウディアから流れ出る血だった。
(あ……あ、あ……)
必死に傷口を押さえても少しも止めることができない。温かい血だまりが広がるにつれて、腕の中にいるクラウディアが冷たくなっていく。
(ダメだ、イヤだ……ど、して?)
ただクラウディアと仲良くなりたかっただけなのに、どうしてこうなってしまったのか分からない。
どこかで狂ったように獣が吠えている。
気がつけば、アーノルドの世界から赤以外の色が消えていた。灰色の世界で、周りの人々が理解できない言葉を叫んでいる。
(おかしいな? ここには、こんなにたくさん人がいたのに、どうして誰もディアを助けなかったんだ?)
ディアを助けない人間など、この世に存在してはいけない。だから、倒れたクラウディアの側にいた人達の首を跳ねた。アーノルドがそう願うだけで、化け物の鋭い爪が人々の首を跳ねていく。
その光景を見た、結婚式に参列していた『生きている価値のない者たち』が逃げ出そうとした。腕の中のクラウディアは、もう起き上がることもできないのに、自分たちだけ生き残ろうとしている。なんて図々しいんだろう、とアーノルドは怒りを覚えた。
なぜか、獣のような荒い息づかいが聞こえる。
「殺す」
逃げ惑う愚か者たちの首を、化け物の爪で薙いでいく。ポンポンと首が飛び、まるで壊れたおもちゃのようだなとアーノルドは思った。
「ディアを守れなかった、この場の全ての人間を殺す」
クラウディアの純白のドレスは血で赤く染まってしまった。だから、皆、同じ姿にしてあげた。灰色の世界で、赤色だけが鮮明にアーノルドの視界に映った。
さっきから、ずっとどこかで獣が狂ったように吠えている。
(うるさいな。獣も殺すか)
そう思ったが、狂った獣だと思っていた声が、自身の声だと気がついてアーノルドは笑った。
(ああ、さっきから、狂ったように叫んでいるのは、獣じゃなくて僕か)
その笑みは狂気じみている。
「おい」
アーノルドが呼ぶと、アーノルドの影から化け物が現れた。顔は狼のようで、身体は人、両手には鋭い爪が付いている。
「ディアを生き返らせろ」
--無理だ。代わりに他の欲しいものを何でもやろう。
しわがれた声が淡々と答える。
「ディア以外……何もいらない」
それなのに、どうして手に入らなかったんだろう? もう少しで手に入るはずだったのに。
「神にできぬことなど、ないのだろう!?」
アーノルドの言葉に、異形の神は薄く笑った。
--この程度の血の量で死者を生き返らせることは無理だ。もっと我に血を捧げろ。
『なんだ、そんなことで良いのか』とアーノルドは思った。
「いくらでも捧げてやる。だから、ディアを生き返らせろ!」
神を名乗る化け物は『契約成立だ』と言うと、再びアーノルドの影に溶け込んだ。
(ああ……何がダメだったんだろう?)
アーノルドは、血まみれの自身の両手を見つめた。
(僕が、ディアをうまくエスコートできなかったから? ディアとうまく話せなかったから? ディアをダンスに誘えなかったから?)
原因は分からないが、クラウディアともう一度会えるなら、今度こそはうまくやるとアーノルドは固く誓った。
冷たくなってしまったクラウディアを、アーノルドは優しく抱きかかえた。血で汚れてしまっているのに、それでもクラウディアは美しい。その穏やかな表情は、まるで眠っているかのようだ。
「ディア。もう一度、君に会えるのなら、僕はこの大陸中を血の海にだってしてみせる。だから、待っていてね」
アーノルドは、少しの間眠ってしまった最愛の人に、ニッコリと優しく微笑みかけた。
【リクエスト番外編④】END
このお話を読んでしょんぼりしてしまった方は、番外編①のデロデロに甘やかされているアーノルドを読んだら少し元気になるかもしれません。
コレが、アレになるのかぁ……的な。




