④ポエムパパが幸せになるお話
※ディアの父のお話は、ディアの兄のお話(地味令嬢~)でのリクエスト募集でも書かせていただきました。なので、こちら↓を先に読んだほうがお話が分かりやすいかもしれません。
【地味令嬢のリクエスト番外編⑧】ペイフォード公爵と亡くなった妻の出会い(https://ncode.syosetu.com/n4854gz/44/)
要注意※このお話で、ディアの父は死にます※
ペイフォード公爵家当主のブレット=ペイフォードは、ソファーに座ると身動きがとれなくなっていた。
ブレットの膝の上には、ようやく一人で歩けるようになった幼い子どもが座っている。
「じぃじ、じぃじ」
つたない言葉と共に、やわらかい小さな手がペタペタとブレットの頬を遠慮なくさわる。
その様子を見ていた娘のクラウディアは、「何度見ても不思議だわ」と呟いた。
「どうしてお父様は、こんなにも子どもに好かれるのかしら?」
それはブレット自身も不思議で仕方がなかった。以前よりは、言葉で気持ちを伝えるように気をつけているが、未だにうまく笑うことができない祖父など孫たちに嫌われても仕方がない。それなのに、ベイルの子どももクラウディアの子どもも、なぜかブレットにとても懐いてくれている。
ブレットが膝の上の愛おしい存在を傷つけてしまわないように優しく抱き上げると、孫はブレットの腕の中でキャッキャッと嬉しそうに笑う。
(ああっ、私の愛らしい天使。君ほど夢と希望に溢れた存在はないよ。君のこの小さな手は何でもつかみ取ることができるし、この小さな足はどこへだっていけるのだから)
ブレットが心の中で愛おしい天使を愛でていると、クラウディアがフフッと笑った。
「お父様は幸せですか?」
どうしてそんなことを聞くのだろうかとブレットは思った。
「もちろん、幸せに決まっている」
「それは良かったですわ」
そう言うとまたクラウディアは優しく微笑んだ。その笑顔が、ふいに亡くなった妻と重なる。
(クレア……。君も孫を抱きたかっただろうに……)
この上のない幸せの中で一抹の寂しさを感じると、腕の中の天使がまるでブレットを慰めるように「じぃじー」と言った。
天使に頬ずりすると、小さな手がブレットの顔面をバシバシと叩いた。
**
ベイルとクラウディアが引き合わせてくれた天使たちは、時と共に大きく育っていった。天使たちはいくつになっても「おじい様、大好きっ!」と懐いてくれる。
ブレットが右足を痛めてからは、ペイフォード公爵家はベイルが取り仕切っていた。息子の立派な姿を見ていると、いつでもこの世を去って公爵の地位を任せられると安心できた。
娘のクラウディアもこの国の王妃になり、アーノルド陛下を立派に支えている。
少しでも子どもたちや孫たちが幸せに暮らせるようにと、ブレットが思いつくことは全てした。もうこの世には、なんの未練も残っていない。
だからこそ、年と共に動かなくなっていく身体を不満に思うこともなかった。
最近では、ベッドの上で過ごすことのほうが多い。
ベッドに横たわっていると、いつもクレアのことを思い出した。
クレアが好きだった花や色、彼女の笑顔が鮮やかに脳裏に浮かんでは消えていく。
彼女と初めて踊るダンスに心を躍らせたこと。彼女をうっかり怒らせてしまったとき、怒った彼女すら可愛くて驚いたこと。
彼女が妊娠した時は喜びとともに不安に包まれた。「つらくないか?」と一日に何度も聞いて、彼女に「ブレットは、過保護すぎるわ」と笑われたこと。
ベイルが生まれたとき、この小さな命を生涯守っていこうと心に決めた。ディアが生まれたとき、この国をもっと女性が住みやすくなるようにしたいと考えた。
思い出の中の彼女はいつでも幸せそうに笑ってくれる。そのたびに、『彼女は、私にはもったいないほどできた人だった』とブレットは思った。
不思議とつらい思い出は、一つも思い出せない。
**
とても綺麗に晴れたある日のこと。
ブレットは、ベッドの上で急に息苦しさを覚えた。隣の部屋に控えている医者を呼ぼうかと思ったが、ブレットはあえて呼ばなかった。
心のどこかで『もう良いか』と思う気持ちがあった。
ブレットが小さく咳込むと、「大丈夫?」という声とブレットの頬に手が添えられた。
その声、その温かい手のひらを一度だって忘れたことはない。
ブレットがおそるおそる目を開くと、そこには最愛の妻クレアがいた。
どうして? なぜここに? と聞く前にブレットの口からは「会いたかった」というかすれた声が漏れた。
クレアは、その美しい瞳にうっすらと涙を浮かべながら「私もよ、ブレット」と微笑んでくれる。
「貴方を置いて行ってしまってごめんなさい」
「良いんだ。こうしてまた会えたから」
クレアの瞳からポロポロと涙が溢れた。ブレットは気がつけば息苦しさがなくなり、身体が軽くなっていた。
老いた手のひらからはシワは消え、鈍い身体の痛みや息ぐるしさは、もうどこにもない。
愛おしいクレアの瞳にうつるブレットは、クレアを失ったあの日の姿に戻っていた。
「ブレットは、おじいさんになっても素敵だったけど、若いブレットも素敵ね」
涙声でそう言うクレアを抱き締めると、ブレットの腕の中で、可愛らしい涙声は嗚咽へと変わっていく。
「泣かないでクレア」
「だ、だって……」
「私は死んだのかな?」
泣きじゃくりながらクレアは、首を小さく縦にふる。
「私をお迎えに来てくれたのかい?」
小さな子どものようにうなずくクレアの額にブレットは唇を落とした。
「ありがとう、クレア」
頬に伝うクレアの涙をブレットが指でぬぐうと、クレアは泣き止み微笑んだ。
「あのね、天界の門が閉じてしまって、新しい魂は、お迎えがないと天界へは行けないの」
「だから私を迎えに来てくれたんだね」
神々が治める天界は、少しの苦しみもない楽園のような世界だと言われている。それが真実かどうかは分からないが、クレアが側にいてくれるなら、そこはどこでも楽園だ。
「ブレット、一緒に行きましょう」
そう言ってクレアは、ブレットを抱きしめてくれた。
「クレア……君に話したいことがたくさんあるんだ」
「うん」
「でも、私はうまく話せないから、とても長くなってしまう」
クレアはニコニコしながら「楽しみだわ」と言ってくれた。
手をつないで二人で歩き出した。クレアが側で笑ってくれる、そのことが嬉しくて胸がいっぱいになってしまう。
「クレア、愛している」
「私もよ、これからはずっと一緒ね」
「ああ、ずっと、一緒だ……」
無表情なブレットの頬に、一筋の涙が流れた。幸せでも涙が出るのだと、ブレットは初めて知った。
(私の人生はとても幸せだったが、死んでからもこんなに幸せだなんて……)
その日、体調が急変し、昏睡状態に陥ったブレット=ペイフォードは、家族に見守られながら静かに息を引き取った。その顔はとても穏やかで幸せそうだったという。
【リクエスト番外編④】END




