女神のお話(02女神より高位の存在)
「フィアの考えでは、『哀れな生き物には高位の存在の導きが必要』だそうだな? だったら、お前より高位の存在である我が、これからは哀れなお前を導いてやろうか?」
アルディフィアがソウレを睨みつけると、ソウレの黄色い瞳がかすかに光った。そのとたんに、とてつもない神力がソウレから解き放たれる。
「哀れなフィアよ。お前ごときでは例え千人集まろうが、我に傷一つ付けることはできぬ」
圧倒的な強者を前に息をすることすらままならない。自分の意思とは別に、アルディフィアの手足がカタカタと震えた。
「やれやれ」
ソウレがそう呟くと神力は消え去り、アルディフィアはその場に崩れ落ちた。
「さて、これで我が強者と分かったな?」
悔しくてもアルディフィアはただ頷くしかなかった。頷かなければ殺される。それだけはハッキリと理解した。
「そこでだ、お前の持論を持ち出すなら、これからは我がお前を導くことになるが……どんな気分だ?」
ソウレは腕を組むと、地面に座り込んでいるアルディフィアを無感情に見下ろした。
「嬉しいか?」
アルディフィアは、うなだれたまま小さく首を振る。
「な? 嫌であろう? まぁ、そういうことだな」
ソウレに言われると、悔しくて涙が溢れた。
(ディアもこういう気持ちを味わったの? でも私は違う! 私の想いには人への愛がある!)
「フィア、我にはお前の考えていることが手に取るように分かるぞ。『私は違う』と言いたいのだな?」
ソウレはしゃがみ込むと、アルディフィアに視線を合わせた。
「我から見れば、お前も人もそう変わらん。人が幼子だとすれば、お前を含む新参者の神々は大人になり切れていない少年少女みたいなものだ。だからこそ、面白く儚く愛おしい」
褐色の肌の腕が伸びて、アルディフィアの長い髪にふれた。その手を払うことも避けることもできたはずなのに、金縛りにあったようにアルディフィアの身体が動かない。
「その中でも、お前は我のお気に入りだ」
ソウレの手がアルディフィアの髪をなでた。そのとたんに、恐怖のような悪寒のような不思議な感覚がアルディフィアの背筋に走る。
「我は、お前の嫌がる顔を見るのが楽しくて仕方なくてな」
「な!?」
「ほれ、そういう顔が面白い!」
ソウレが笑うと、鋭い犬歯がわずかに見えた。
アルディフィアは、ソウレを思いきり突き飛ばそうとしたがソウレはビクともしない。
(侮られた! 侮辱された!)
悔しくて身体が震える。このままここにいるくらいなら、いっそのこと命を使って時を巻き戻してしまおうかと思ったが、それすらソウレに見透かされ「早まるのはやめておけ」と止められてしまう。
ソウレは何が嬉しいのかパタパタと尻尾を揺らしている。
「前々からお前のことは本気で性根が悪い女だと思っていたが、こうも長く側にいると不思議と愛着も湧いてくる。これがディアが願い綴った『神々の書』の力か?」
神々の書は、神と人という異なる世界で生きる生き物を繋ぐために、多くの神々の力を合わせて作られたものだった。
アルディフィアはため息をついた。
(まさか、このような使い方をされる日が来るなんて……)
認めることは悔しいが、アルディフィアもソウレに対する嫌悪感が以前より薄れているような気がする。だからといって、ソウレに好感を持てるわけではない。アルディフィアは、ソウレとできる限り距離を取った。
「私にふれることを禁じます!」
ハハッと笑ったソウレは、欠伸をするとその場に身体を横たえた。
「何をしているのです?」
「暇だから我は少し眠るぞ」
「神なのに、眠るのですか? 神に睡眠は必要ありません」
ソウレは目を閉じながら話した。
「必要はないが、神も眠れるし食事もとれるぞ。しょせん真似事だが、人の子がするように生きることも可能だ。フィアはやってみたことはないのか?」
もちろんやったことはないし、やりたいと思ったこともなかった。
「我はいろいろやってみた。人の子が好きだからな。近づきたくて知りたくて真似たのだ」
そう言ってソウレは口を閉じた。しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてくる。
「なんて、神なの……」
あきれていると、ソウレの獣耳がピクピクと動いた。寝ていても聞こえているのかもしれない。アルディフィアは口を閉じた。
一人になるといろんな思いが浮かんでくる。ソウレとは違い、アルディフィアは、人の子が愛おしいから守りたいと思った。例え、人の子が考えることが理解しがたくても、愛すれば愛し返してくれると信じていた。
(ソウレ、あなたは人の子を理解しようとしたのね)
少し離れた場所で気持ちよさそうに眠るソウレを見て『その割には、私と一緒に閉じ込められているじゃない』と心の中で悪態をつく。
(……でも、少しだけ羨ましいわ)
アルディフィアは座り込むと、自身の両膝を抱えた。ディアの言葉が今さらながらに頭を過ぎる。
--恋に落ちた神々は愛を知り、今まで争い、人々を巻きこんだことを悔いた。
(私も恋に落ちて愛を知っていれば、ディアと一緒にいられたのかしら? 人の子に愛してもらえた?)
人は、か弱く眠らなければ生きていくことができない。
どうすれば人と同じように眠れるのかは分からないが、時間だけはいくらでもある。
アルディフィアは静かに目を閉じた。




