エイダとラルフの恋愛(05無自覚な奇跡)
【エイダ視点】
エイダは深いため息をついた。
今日は仕事が休みなので、敬愛するクラウディアに会えない。
(私は、お休みなんていらないって、いつも言っているのに)
エイダがどれほど訴えてもメイド長には『規則です』の一言で一蹴されてしまう。エイダが休む日は、クラウディアの側には、別のメイドがつくことになっている。
(はぁ、お嬢様は今ごろ何をしているのかしら?)
今日一日何をして過ごそうかと悩んでいると、同僚のレジーに「お腹が痛いから、買い出しの仕事、代わりに行ってくれない?」とお願いされた。
「他にやることもないし良いわよ」
本来ならメイド長に相談なく代わるのは問題があったが、私服の買い出しなので、もしメイド長に見つかっても『街に自分の物を買いに行っていました』で誤魔化せる。
「エイダ、ありがと!」
お腹が痛いという割には元気そうなレジーに見送られ、エイダはレジーに言われた場所に向かった。そこには、なぜか私服姿のラルフが立っている。
(あれ? もしかして、買い出しってラルフさんとレジーで行く予定だったの? 恋人のレジーじゃなくて私が来たら、ラルフさんをガッカリさせちゃうわね)
申し訳ない気持ちでエイダがラルフに声をかけると、ラルフは「えっわっ!? こ、こんにちは!」となぜか慌てた。
「ラルフさん、すみません。レジーは体調が悪くて私が代わりに来たんです」
「そうなんですね! よろしくお願いします!」
ニコニコしているラルフを見て『レジーのこと心配じゃないのかな?』と少しモヤっとしてしまう。
(そういえば、レジーも元気そうだったし……。もしかして、この二人ケンカでもしているのかしら?)
会いたくないからわざと避けている可能性もある。
(うーん、こういうハッキリしないこと、気持ち悪くて嫌なのよね)
ラルフを見るとペイフォード公爵家の使用人が使っていい馬車を用意してくれていた。
「エイダさん、よければ、お手を」
妙に改まったラルフは、馬車に乗るためにわざわざ手を貸してくれた。
(ラルフさんのこういう誰にでも優しいところに、レジーがヤキモチを妬いてしまったとか?)
エイダが馬車に乗り込むと、ラルフも続いて馬車に乗る。二人を乗せた馬車は静かに動き出した。
沈黙がおりた馬車内は、とても居心地が悪い。
「ラルフさん」
「は、はい!」
やけに動揺しているラルフに、エイダは内緒話をするように小声で話しかけた。
「もしかして、レジーと何かあったんですか?」
きょとんとしたラルフは「何かとは?」と尋ねてきた。
「実は私、前にラルフさんとレジーが人気のない所で会っているの見ちゃったんです」
ラルフの顔がサァと青ざめる。
「ラルフさんは、レジーと……」
『付き合っているんですよね?』と確認するまえに、ラルフは勢いよく頭を下げた。
「すみませんっ!」
「え?」
「あれは、なんというか、つい魔がさしたというか! 不快でしたよね!? すみませんっ!」
必死に謝るラルフがなんの話をしているのか分からない。
「別に不快では……あ、もちろん、楽しく覗いていたわけではないですよ?」
今度はラルフの顔に『なんの話だ?』という疑問が浮かんでいる。エイダはラルフの瞳をまっすぐ見つめた。
「ラルフさん私たち、何かすれ違っていませんか? 一度、話を整理しましょう」
「は、はい!」
「私は、ラルフさんとレジーが密会しているのを見て、二人が付き合っていると思ったんです」
「違います! それだけはあり得ません!」
「じゃあ、さっきの『つい魔が差した』とか、『不快でしたよね』というのはどういう意味ですか?」
ラルフはせわしなく視線を彷徨わせたあとに、勢いよく頭を下げた。
「すみませんっ! 実は、エイダさんの情報をレジーから買いました!」
「私の情報を、買う?」
(もしかして、私が男爵家の娘と知って脅迫するつもり!?)
急にラルフが怖くなり警戒すると、ラルフが泣きそうな顔をした。
「本当にすみませんっ! その、エイダさんのことが気になって少しでもお近づきになりたくて、つい!」
「お近づき……それって、ラルフさんは私のことが気になるってことですよね? もしかしたら『好きかも』ってこと?」
ポカンと口を開けたラルフは、少しうつむいたあとに「そ、です」と言いながら顔を赤くしていく。
(なーんだ。口説かれているって思ったのは、私の気のせいじゃなかったのね)
エイダはラルフに微笑みかけた。
「ちょうど良かった!」
「ちょうど、え? え?」
驚くラルフをよそに、エイダは嬉しそうに自身の胸の前で両手を合わせた。
「実は、私、騎士様の奥さんっていいなぁって思っていたんです」
「お、奥さん!?」
「だから、私たち、試しに付き合ってみませんか?」
「え? 付きあ……えっ!?」
「私、今まで誰ともお付き合いしたことがなくて、付き合ったり、誰かを好きになったりって良く分からないんです。だから、お試しで。もし、私のことが嫌になったらすぐに別れていいですから、試しに、ね?」
なかなか返事が返って来ないので、エイダが『急すぎたかしら?』と思っていると、ラルフは勢いよく頭を下げた。
「ぜひ! ぜひお願いします!」
「やったー! じゃあ、私たちは今日からお試しの恋人ですね!」




