04 人に好かれるコツ
先ほどからディアの頭の中には、エイダの心の声が聞こえ続けている。
--ひどい。ひどいわ!
感情が抑えきれないのか、エイダの顔に怒りが浮かんでいる。
--せっかくお嬢様が勇気を出されたのに、公爵様もベイル様もあんなに冷たい態度を取るなんて! お嬢様が可哀想!
(やっぱりそう見えるわよね……)
ディア自身、二人の心の声を聞くまで、心底嫌われていると思っていた。エイダと二人で自室に戻ると、エイダにお礼を言って下がるように伝えた。ディアは一人になると軽くため息をついた。
(なんだか、拍子抜けしてしまったわ)
あんなにも恐れていた父と兄に溺愛されていた事実をどう受け止めていいのか分からない。
(だったら、あの結婚式の後、お父様もお兄様も、私の死を悲しんでくれたのかしら……?)
自分が死んでも誰も悲しまないと思っていたので、不思議な気分だった。嫌われていると思っていた家族がこの調子だと、アーノルドに復讐するのは案外簡単なことかもしれない。
(とにかく、一度、アーノルドに会ってみないと……)
さすがにアーノルドに好意を持たれているとは思わないが、前世の記憶を持っている今のディアが、アーノルドを見てどう感じるのか知りたかった。
(もうすぐお兄様の誕生日パーティがあるわね。確か、王家からは王子達がお祝いに来たって聞いたような気がする)
うまくいけば、第三王子のアーノルドにも会えるかもしれない。いくらアーノルドが将来、血に塗れた狂乱の王になると言っても、今はまだ14歳だ。さすがにいきなり切りつけたりはしないはず。
(そもそも私が知っている15~16歳のアーノルドは、女性にだらしないだけで、別に残虐ではなかったのよね……)
むしろ、優雅な立ち居振る舞いに、柔らかい微笑みが女性の心をつかんで離さないといった感じの見目麗しい王子様だった。
兄の誕生日パーティまでまだ日にちがある。その間は、出来る限り父と兄と親しくなれるように努力しようとディアは決めた。
その日からディアは、いつも微笑みを絶やさず、機嫌よく明るく過ごすことを心掛けた。そして、心の声が聞こえるか探るために、いつも人の目を見て話すようにした。それだけで、心の声が聞こえる人が少しずつ増えていった。
ディアは、整えられた庭園のベンチに座りなんとなく咲き乱れる花々を眺めていた。後ろにはエイダが控えている。
--うちのお嬢様は、どこにいても何をしていても絵になるわ。さっすがお嬢様。
なぜか自慢げなエイダの心の声に、ディアは少し微笑んだ。
日ごろから機嫌よく過ごし、エイダの目を見て話すようにしてから、エイダのお嬢様愛はさらに加速している。
(人に好かれるのって、コツさえ押さえれば、案外簡単なのね)
そういえば、今朝、父との食事中に『ディアはクレアに似てきた』という心の声を聞いた。
(クレアお母様はいつも笑顔で温かくって、皆に愛されていたっけ)
母がいる頃は、公爵家の中も冷たく感じなかった。
(もうすぐお兄様の誕生日パーティだわ。アーノルドに会えるかな?)
そこでディアはハッと気がついた。
(私、お兄様の誕生日パーティに出してもらえなかった!)
14歳になった辺りから、ディアはとにかく公式の場に出してもらえなくなった。誕生日のパーティの時も、ベイルに「お前は来るな」と睨みつけられ、部屋に閉じ込められていた。窓の外から聞こえる楽しそうな音楽や、人々のざわめきを部屋の中で聞いて、ディアは一人で泣いていた。
(それじゃあ困るわ!)
急いで立ち上がるとエイダに「お兄様に会いに行くわ」と告げた。エイダは「はい」と答えながらも、心の中で『またお嬢様が傷つかなければいいけど』と心配している。
(この時間なら、まだ鍛錬場にいるわね)
ディアの予想通り、ベイルは鍛錬場にいた。最近は時々顔を出すようにしているので、すぐに数人の騎士達が気がついて頭を下げた。
--クラウディア様だ。
--うわっ、すんげー美少女!
--今日は良い日だな。
さわさわと数人の心の声が聞こえてくる。ベイルがこちらに気が付き、大股で近づいてきた。
「なんの用だ」
鋭く睨みつけられたが、ディアは視線を逸らさなかった。ベイルの心の声は、相変わらず『かわいい』が連呼されているので、少しも怖くない。
「お兄様。訓練中にすみません」
「ここには来るなと言ったはずだが?」
その瞳には怒りが宿っている。
--配下にお前の姿を見せたくないのだ! お前のかわいさは気軽に下々の者に見せていいものではない!
ディアは『何言ってんだ、コイツ』と思ったが、そっと両手で兄の手に触れた。そのとたんに、ベイルの心の声が聞えなくなる。おそらく、頭が真っ白になっているのだろう。
「私、お兄様の誕生日パーティに出たいです」
返事はないし、心の声も聞こえない。
「お兄様?」
小首をかしげると、ハッと我に返ったベイルに「絶対にダメだ」と睨みつけられた。
--ディアがパーティなんかに出てみろ! 飢えた狼の群れに子羊を放り込むようなものだぞ!?
(いや、パーティを何だと思ってんの!?)
--こうなったら、部屋の外から鍵をかけて出られないようにしよう! そうだ、もうディアを閉じ込めるしかない!
(妹をすぐに監禁しようとするな!)
仕方がないので、ディアはベイルの手を両手で包むと、ベイルの手のひらに頬ずりをした。
「お兄様、お願い」
ベイルの心が静まり返った。そこにさらに畳みかける。
「私もお兄様をお祝いしたいのです。……ダメですか?」
最後の台詞は、上目づかいでベイルを見つめた。
「ね、お兄様。お願いします」
ベイルは、壊れた人形のようにカクカクと首を縦に振った。
(よし!)
--ハッ!? 俺は今、何を!
我に返ったベイルに「ありがとうございますお兄様。約束ですよ?」とディアは微笑みかけた。




