②エイダとラルフの恋愛(01はじまらない恋)
※時間軸的に、エイダがディアに『公爵家の騎士の方と結婚したら、ずっと私と一緒にいられるわね』と言われたあとくらいのお話です。なので、ディアはまだペイフォード公爵家に住んでいます。
※【名前変更】×ベル→○レジー
【エイダ視点】
広すぎるペイフォード公爵家の敷地内を、メイド服姿のエイダは小走りで走っていた。
(この道が近道なのよね)
ここは公爵家のお抱え騎士たちがつかう鍛錬場の裏手で、滅多に人が通らない。以前、偶然見つけた近道でとても便利なのだが、一つだけ問題があった。
(便利だけど、恋人たちの逢引きが多いのは困るわ……)
人気がないせいで、男女が密会するのには持ってこいの場所だった。今日も男女の話し声が聞こえて、エイダは慌てて身を隠した。
声の方を見ると、暗がりで男女がヒソヒソと話をしている。
(お邪魔しないようにっと)
エイダが静かに横を通り過ぎた。その瞬間に、「ありがと!」と聞きなれた女性の声がする。
(レジー?)
仲の良い同僚の声がして、つい視線を向けてしまった。視線の先には予想通り、同僚のレジーがいた。そして、そのレジーのお相手も知っている顔だったためエイダは驚いた。
(ラウルさん……? じゃなくて、ラルフさんだったっけ?)
公爵家騎士団の副騎士団長ラルフとは、何度か一緒に出かけたことがある。『出かけた』と言っても、お仕えしている麗しい公爵令嬢クラウディアの付き添いとして、一緒に外出したことがあるだけだった。
驚いたものの、声も出さずにエイダはその場を後にした。
そして、二人からだいぶ離れてからフゥと息を吐く。
(なーんだ。ラルフさんって私に気があるのかと思っていたわ)
クラウディアのお供をしている最中に、ラルフと二人きりになると職務中にも関わらずラルフは良く話しかけてきた。
その内容が「エイダさんって今、お付き合いしている方いますか?」とか「どういう男性が好きですか? ちなみに騎士ってどう思います?」という内容だったので、てっきり自分が口説かれているのかと思っていた。
(ラルフさんは、レジーと付き合っていたのね)
だから、ラルフは同じ公爵家に勤めるメイドの意見が聞きたかったのかもしれない。
エイダは、以前クラウディアに『公爵家の騎士の方と結婚したら、ずっと私と一緒にいられるわね』と言われてから、『騎士様と結婚するのも良いかも』と思っていたので、少しその気になってしまっていた。
(私ったら、自意識過剰で恥ずかしいわ……。でも早めに勘違いだって気がつけて良かった)
そんなことより、今はクラウディアの私室に飾られている花が萎れていたことのほうが問題だった。
(新しいお花を貰いに行かないと!)
エイダは、クラウディアのためなら、休憩時間を全て使って、遠い温室まで走ることすら苦にならない。
温室に辿り着くと、エイダは荒い息のまま、温室担当の庭師から切り花を受け取りまた走り出した。
(温室から本館まで戻るのって、走っても休憩時間ギリギリなのよね)
だから、帰りもあの近道を通ることになる。
(休憩時間も終わりそうだし、もういないよね?)
密会中のラルフとレジーに鉢合わせないことを祈っていたら、バッタリとラルフに出会ってしまった。レジーは先に帰ったのか姿は見当たらない。
お互いに「あ」と小さな声が漏れた。
「エイダさん、こんにちは!」
ラルフが何かを隠すように、サッと右手を後ろに下げた。
「……こんにちは」
レジーとの密会を見てしまった後なのでどうも気まずい。エイダは、軽く会釈をしてラルフの横を小走りに通り過ぎると、なぜかラルフもついてきた。
「そんなに急いでどうしたんですか?」
(ついて来ないで欲しいんだけど……)
エイダが無言で拒絶すると、ラルフは「そういえば、先日クラウディア様が」と言ったので、思わず立ち止まってしまった。
「クラウディア様が、どうしたんですか?」
ワクワクしながら尋ねると、ラルフは嬉しそうに微笑んだ。
「クラウディア様は、エイダさんが『いつも綺麗なお花をお部屋に飾ってくれるの』と嬉しそうに話していましたよ」
(お嬢様、気がついてくださっていたのね)
胸がポカポカと温かくなる。
ラルフが「エイダさんって、本当にクラウディア様の事が大好きなんですね」と言ったので「はい、もちろんです!」と即答した。ラルフは少しためらった後に、覚悟を決めたように口を開く。
「あの、エイダさん、今度のお休みに……」
(お休み? はっ!? 急がないと休憩時間が終わっちゃう!)
「ごめんなさい、急いでいるの!」
背後でラルフが何か言っていたが、エイダは振り返らなかった。




