32 女神アルディフィア
--ディア。
目の前の神々しい女性から優しい声が聞こえた。
「もしかして、アルディフィア様?」
微笑みながら頷くアルディフィアを見て、ディアは『今頃出てきたの?』と少し嫌な気持ちになった。
--ディア。私の愛おしい子。あなたのおかげで邪神の脅威は去りました。これで、この国も天界も救われることでしょう。
アルディフィアが両手を開くと、光輝く分厚い本と羽ペンが現れた。
--これは、役割を果たした愛おし子のみが綴れる神々の書。ここに書かれたことは全て叶います。さぁ、ディアあなたの望む輝かしい未来を描いてください。
ディアは、輝く羽ペンと分厚い本を受け取ったものの、何を書けばいいのか分からない。
--あなたの望みは?
優しくアルディフィアに問われて、ディアは答えた。
「アーノルドとずっと一緒にいたいです」
アルディフィアは慈悲を湛えた美しい笑みを浮かべる。
--それはなりません。汚らわしい異教徒などあなたに相応しくありません。
「え?」
--そうだわ。この機会に、南の地に残っている異教徒どもを一掃しましょう。もちろん、アーノルドも殺します。そして、あなたがベイルと結ばれるのはどうですか? ベイルはあなたと同じでとても美しい。あなた達が子をなせば、銀色の髪の美しい子が産まれることでしょう。
アルディフィアは無邪気な少女のように、『それがいい』と手を叩いた。
「アルディフィア様……? アーノルドが邪神を倒してくれたんですよ? それに、ベイルは私の実の兄です」
--それがどうかしましたか?
「ベイルは……お兄様は、私を妹として愛していて、女性としては愛していません。私もお兄様のことは大好きですが、そういう意味ではありません」
アルディフィアは笑顔のまま、『それがどうかしましたか?』と繰り返した。そして、とても神々しい笑顔を浮かべる。
--神にできぬことなどないのです。
美しいはずのアルディフィアの笑顔が、とたんに醜悪なもののようにディアの目に映る。
(この神は、今までこうやって、生きてきたのね)
人々の想いや願いを踏みにじり、自分の理想通りに人々が動かなければ、時を巻き戻してやり直させる。性悪女という言葉が、目の前の神にはピッタリと当てはまった。
吐き気に近い怒りをこたえてディアは微笑んだ。
「分かりました」
輝く分厚い本を開くと、「本当になんでも叶うんですか?」と確認する。
--はい。この本は、神と人を繋ぐために、多くの神々の力によって作られたものです。ここに書かれたことは絶対で、私たち神ですら書き直すことができません。だから、慎重に言葉を選んで。
頷くとディアが羽ペンを走らせた。ペンが止まるとアルディフィアが『さぁ、読み上げてください』と微笑む。
「邪神を封印したことにより、女神アルディフィアは元の力を取り戻した」
ディアの声と共に、アルディフィアを包む光がより強くなる。
--いいですよ、ディア。
「そこに、ソウレ神が現れた」
光の空間にソウレが急に現れた。ディアを見て『面白いことを考えたな』と明るく笑う。とたんに、アルディフィアの目がつり上がった。
--獣くさい! 汚らわしい!
--それはこっちの台詞だ。性悪女の悪臭がするわ!
醜い言い争いをする神々を無視して、ディアは輝く本に書いたことを読み上げた。
「二人は出会ったとたんに、恋に落ちた」
--え?
アルディフィアの顔から血の気が引く。ソウレが腹を抱えて爆笑した。
--嫌よ! ウソよね? ディア、ディア!
「恋に落ちた神々は愛を知り、今まで争い、人々を巻きこんだことを悔いた」
ソウレがアルディフィアの左手を掴むと、手の甲に優しくキスをした。アルディフィアの頬が赤く染まる。
--い、いや! こんな、汚らわしい!
ディアは必死になって叫ぶアルディフィアに冷たい瞳を向けた。
「これは、アルディフィア様が、今、私とお兄様にやろうとしたことですよ? どうしてそんなに嫌がるのですか? それに、あなた達が争わなければ、そもそも邪神は生まれなかった」
青ざめたアルディフィアが、『本を寄越しなさい!』と叫んだ。
「嫌ですよ。まだ続きがあります。愛を知った神々は、人々に関わることをやめた」
アルディフィアの瞳から涙が溢れる。
--どうして? この国の人々をここまで導いたのはこの私なのに! 我が子のように愛してあげたのに!
ディアは礼儀正しく頭を下げた。
「今までありがとうございます。でも、これからはいりません」
ディアは最後の言葉を読み上げた。
「この日から、人と神は一切交わることがなくなった」
目の前に大きな扉が現れた。アルディフィアの悲鳴と、ソウレの笑い声を閉じ込めるように、扉はゆっくりと閉まる。一人取り残されたディアは下唇を噛みしめた。
「散々、人の運命を弄んで……」
小説『アルディフィア戦記』も、過去にアルディフィアに巻き込まれた人々の話だったのかもしれない。そう思うと悔しくて涙が溢れた。
「かたきは取ったわ。同じ目に遭わせてやったから、ざまぁみろよね」
そう呟くと、ディアの持っていた輝く本と羽ペンは、光の粒子になり消えていった。
気が付けば、ディアはまだ大広間でアーノルドとベイルに怒られていた。目の前の景色がかすみ、少しずつ二人の声が遠くなる。
(これで、良かったよね……?)
ディアは意識を手放した。




