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28 バレた

 アーノルドは、指抜きグローブを大事そうに抱えながら、こんなことを考えていた。


 --ディアからもらったものを汚したくないから、これは使わずに大切にしまっておこうっと。そういえば、前にもらったクッキーも、嬉しすぎてもったいなくて食べられないんだよね……。


 アーノルドの心の声を聞きながら、ディアは『早く食べないと、クッキーにカビ生えるよ!?』と心配になった。このままでは、せっかくのプレゼントも使ってもらえなさそうなので、ディアはアーノルドからグローブを取り上げた。


「ディア?」

「手、出して?」


 アーノルドは戸惑いながらも、大人しく両手を出した。その手にグローブをはめる。


 --あ、汚れてしまう!


 少し嫌がるように手が動いたが、ディアは無理やり指に押し込んだ。


「うん、サイズはピッタリだね」


(せっかくだから使ってよ!)


 苦情も込めてディアが微笑むと、アーノルドは小さくため息をついた。


 --あーあ……。でもディアが笑ってくれるならいっか。


 にこっと笑ったアーノルドを見て、その余りの可愛さにディアは『はうわ』と謎の奇声が漏れそうになるのを必死に我慢した。


(あああ、可愛い可愛い! アーノルドが可愛すぎてつらい!)


 気が付けばどこかの兄から聞いたようなセリフをディアも繰り返している。


(はぁはぁ、ダメよ、このままだったら萌え死んでしまう……。そうよ話題、話題を変えよう……)


 アーノルドを見ると、グローブをはめた手をグーパーした後に、腰に差していた剣の柄を握っていた。


「あれ? 今日は剣を持ってるの?」

「あ、うん……。先生が筋が良いからって練習用の剣をくれて。その、ずっと持ってる」


 そう言ったアーノルドは、なぜか首から頬まで赤く染めている。


「先生って剣術の先生だよね!? すごい! さすがアーノルド! カッコいい!」


 感動したディアに褒められると、さらに照れてアーノルドは視線を逸らした。


「ねぇねぇ、その剣見せてもらっていい?」

「あ、えっと……」


 アーノルドが躊躇ったので、「あ、ごめん! やっぱり見せなくていいよ」とすぐにディアは首を振る。


「嫌な気分だった?」


 心配になって尋ねると、「そうじゃなくて……えっと、いいよ」と答えてアーノルドは、鞘に収まった剣をディアの前に差し出した。その剣は、銀色に輝き柄頭の部分に緑色の宝石がはめ込まれている。


(これ、私の髪色と目の色……)


 アーノルドを見ると、顔を真っ赤にしている。


「間違っていたらごめんね。これって、もしかして、私の色……」

「ご、ごめん! 勝手に! でも、どうしてもこの剣が欲しくって! これじゃないと嫌で!」


 --どうしよう、ディアに気持ち悪がられた!?


 怒られるとでも思っているのか、アーノルドは泣きそうな顔をしている。


「嬉しい」

「え?」


「アーノルドが私の色を選んで持っていてくれて嬉しい」


 アーノルドは「ディア……」と呟くと、ホッと胸を撫で下ろした。


(そういえば、小説『アルディフィア戦記』の中の狂王アーノルドも銀の剣を愛用していたっけ)


 目の前の剣は、小説の挿絵に書かれていた剣にとてもよく似ている。


 小説の中では、狂王は愛剣をいつも肌身離さず持っていた。ある日、野心を持った武器商人に「もっと貴方様に相応しい宝剣があります。私ならそれを貴方様に献上できます」と言われ、激高したアーノルドにその場で首を刎ねられるというシーンがあった。


(あれを読んだ時は、狂王の残忍さをアピールするシーンかと思っていたけど、もしかして、私色の剣を『相応しくない』と言われて怒ったとか……?)


 もしそうだとしたら、目の前の傷ついた子猫なアーノルドも、狂王になってしまったアーノルドも同一人物なんだと、ディアは改めて思った。


(やっぱり、あのアーノルドに付きまとっている影の化け物をなんとかしないと……)


 でも、どうしたらアーノルドを助けられるのか分からない。その時急に、頭の中にソウレの言葉が蘇った。


 --お前の愛は確かにアーノルドに注がれておる。己を信じて、愛するものを信じよ。


 考えて見れば、今まで一人で何とかしようとあせりすぎていたのかもしれない。


(そうね、一人で考えても分からないなら、アーノルドに聞いてみよう。アーノルドなら、きっと私の話を聞いてくれる)


 ディアはアーノルドに向き直った。


「あのね、アーノルド」


 黄色の瞳がディアの次の言葉を待っている。


「あの……私、前に変な夢を見たの」

「夢?」


「うん、すごく怖い夢」


 夢の中では、異形の化け物がアーノルドにまとわりついて、一人になると『何が欲しい?』と聞いてくる。そして、アーノルドがそれに答えてしまうと、化け物がアーノルドの陰に溶け込み邪神になり、アーノルドが狂王になるという怖い夢。


「どう思う?」


 ディアがアーノルドを見つめると、アーノルドは少し驚いた顔をしていた。すぐにアーノルドの心の声が聞こえてくる。


 --あ。


(あ?)


 --言われてみれば、そんなのがいたような気がする。


(ええっ!? 忘れてたの!?)


 アーノルドは、真剣な顔で口元に手を当てた。


 --そういえば、ディアと出会う前は、僕が一人になったらよく出てきたような? でも、ディアと出会ってからは、一人になったらディアのことばっかり考えていたから、よく分からない。


(いたよ! たぶん、ずっと話しかけられていたと思うよ!?)


 アーノルドはにっこりと微笑んだ。


「ディア、僕は大丈夫だよ。だって、ディア以外にお願いする気なんてないから」


 --僕はディア以外に叶えて欲しい願いなんてない。


 とたんに椅子の陰から異形の手が伸びた。以前より小さく弱っているような手から逃げるために、ディアは慌てて椅子から立ち上がった。


 カンッ


 固いものを叩いた音がして見ると、アーノルドが無表情に剣を床に突き刺していた。剣は異形の手を貫いている。


 --今、コイツ、ディアの足を触ろうとした。僕も触ったことないのに……。


 アーノルドが手首をひねり剣をねじると、異形の手が苦しそうにもがいた。


 --しかも、ディアの夢に出て、ディアを怖がらせたなんて許せない。


 黄色の瞳がひどく冷たい光を宿している。アーノルドが、もう一度剣に力をこめると、異形の手は霧散した。


(や、つけた?)


 異形の手が消滅したなら、アーノルドはもう狂王にはならない。ディアはアーノルドに駆け寄った。


「やっつけた!?」

「うん、たぶん。ってあれ? ディアもさっきの見えて……」


 ディアはアーノルドに勢いよく抱きついた。少しよろめいたが、アーノルドはしっかりとディアを受け止める。


「え? ディア? え?」


 耳元で戸惑う声が聞こえたが、気にしてなんていられない。


「アーノルド、大好き!」


 無理やり唇を奪うと、アーノルドの身体がビクッと震えた。


「……んっ」


 アーノルドの口から可愛い声が漏れる。心の声が途切れ途切れに聞こえてきた。


 --すごく、やわらかい……温かくて……ディアの良い香りが……。

 

 唇を離すと、アーノルドが真っ赤になり泣きそうな顔をしていた。


「あ、ごめん! 嬉しすぎて、つい」


(嬉しすぎていきなりキスするとか、私は痴女か!? 本当にごめん!)


 慌てて離れようとすると、アーノルドに両肩を掴まれた。子猫のように潤んだ瞳がすがるように見つめてくる。


 --もう一回……したい。


 切実な心の声を聞いて、ディアはゆっくりと顔を近づけた。アーノルドも少し震えながら顔を近づけてきたが、唇がくっつく直前で固まってしまう。こういう所も可愛くて仕方がない。ディアから唇を重ねると、アーノルドの口から「んんっ」とまた声が漏れる。


 --やわらかい……もう、ずっとこうしていたい……。


 うっとりとした心の声を聞きながら、ディアがそっと唇を離すと、アーノルドはとろけるような顔をしていた。


(なにこれ可愛い。おうちに連れて帰りたい)


 ディアがそう思った瞬間に、瞑想室の扉が勢いよく開いた。扉から顔を出したエイダが必死に叫ぶ。


「お嬢様! 今こちらに……あっ」


 エイダの背後からベイルが現れた。ベイルは、大股でディアの前まで歩いてきた。


「お、にいさま……?」


 ベイルはディアの前で勢いよく片膝をつく。


「ディア、さっきはすまない。俺の言葉が足りなかったばかりに、お前を傷つけてしまった」

「そんな、お兄様! 立ってください!」


 慌ててベイルの腕を掴むと、ベイルはディアの手に自分の手を優しく重ねた。


「お前に『嫌い』と言われてようやく気が付いた。ディアはもう俺の後を付いてくる幼子ではないんだな」


 ディアだけを見つめて、少し寂しそうな表情を浮かべるベイルは、アーノルドにまだ気が付いていない。神殿で好きな人に会っていたなんてことがバレると二度と外出させてもらえなくなるかもしれない。


(どどどど、どうしよう!?)


 青ざめてアーノルドを見ると、アーノルドは『ディアが困ってる?』と心の中で呟いた。


 --お兄様ってことは、この人はディアのお兄さん? あ、そうか。僕なんかと一緒にいるところを家族に見られたら恥ずかしいよね……。


(ち、ちがーーーう!?)


 明後日の方向に勘違いしだしたアーノルドをこのままにしておけない。ディアは覚悟を決めた。


「お兄様。本当に悪いのはディアです。私はお兄様にウソをついていました」


 ベイルがディアを見つめた。


「神殿には好きな人に会いに行っていました」


 ディアはアーノルドを振り返る。


「お兄様、こちらアーノルド殿下です。私がお慕いしている方です」


 急にそんなことを言われても、ベイルの表情はピクリとも動かなかった。さすが冷静沈着なペイフォード公爵の血筋と褒め讃えられそうだが、内心では動揺しまくっている。


 --は? え? は? ディア、お慕い? す、好き? 誰が誰を? はぁあああああ!?


 ゆっくりと立ち上がったベイルの全身からは殺気のようなものが立ち込めている。


「くっ、ご機嫌麗しく……アーノルド殿下ぁ。ディアの兄、べイル=ペイフォードでございます」


 こんなにも怨念がこもった挨拶をディアは今まで聞いたことがない。よほど怒りを抑え込んでいるのか、ディアの手を握るベイルの手首に青筋が浮かんでいる。それでもベイルはディアの手を乱暴に掴むようなことはしなかった。アーノルドを見ると、怯える様子もなくベイルを見つめていた。


 --お兄さんにしては、ディアにベタベタしすぎだよね……? さっきからずっとディアの手を握っているし、なんだろう……すごく嫌だな、この人。


 アーノルドからは珍しくイラつくような心の声が聞こえてくる。この二人の出会いも相性も最悪のようだ。


(え? これ、どうしたらいいの?)


 ベイルはディアの手を引いた。


「帰るぞ」

「え?」


 アーノルドを見ると、困った様な笑顔を浮かべ、こちらに小さく手を振った。


「またね、ディア」

「ま、またね!」


 ディアが応えると、ベイルの足はさらに速くなった。


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