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27 あーん、して

 ディアとエイダを乗せた馬車が神殿の前にたどり着いた。


(長かった……。たった5日なのに、すごく長く感じた)


 馬車から降りるとディアはすぐに瞑想室に向かった。エイダからアーノルドへのプレゼントを受け取り、瞑想室の扉を開けると、そこには誰もいなかった。


「……え?」


 後ろから「ディア!」と声をかけられ振り返ると、アーノルドが立っていた。アーノルドは、入口に立っていたラルフとエイダに会釈すると、瞑想室に入り静かに扉を閉める。


「ごめん、朝の鍛錬が長引いて……」


 赤い髪が汗で額に貼りついている。黄色い瞳が不安そうにこちらを見つめていた。


「私、今日は、アーノルドに会えないかと思った……」


 そう呟くと目に涙が浮かんだ。


「ご、ごめんね、ディア。遅れてごめん」


 アーノルドの右手が、こういう時、どうしたらいいのか分からないと言ったように伸びたり引っ込んだりしている。


「ううん、会えて嬉しい」


 微笑みかけると、アーノルドの頬が赤く染まった。


「僕も」


 そう呟いたアーノルドはいつものように視線を逸らさなかった。猫背ぎみだった姿勢も、今日は真っすぐ伸びている。


「アーノルド、少し雰囲気変わった?」

「え? どうだろう……よく分からない」


 そう言いながら、アーノルドはディアが持っていた荷物に手を伸ばした。


「僕が持つよ」


 アーノルドは荷物を受け取ると、「座ろう」と微笑んだ。ディアはアーノルドの横に座る。


「これ、どこに置いておく?」

「あのね、それ、アーノルドへのプレゼントなの」


「え? これ、全部?」


 アーノルドの瞳が不安そうに揺れた。


(あ、貢ぐ女、キモイって思われたかも!?)


「ち、違うの! この前、たくさん本を訳してくれたから、そのお礼なの……迷惑だった?」

「迷惑じゃない……けど」


 --僕はディアに何もあげられないのに……。


(アーノルドを困らせてしまった……)


 反省しながらディアは荷物を受け取ると、包みを開けた。


「えっと、これはしおり。それで、これは一緒に食べよ?」


 宝石キャンディが入ったビンを取りだすと、アーノルドの瞳が輝いた。


 --キラキラしててディアみたい。


 同じことを考えてくれたアーノルドに嬉しくなる。


「これね、キラキラしててアーノルドみたいでしょ?」


 アーノルドの頬が赤く染まった。ビンの蓋を開けると、ディアは「どれがいい?」とアーノルドに聞いた。


「えっと、緑のやつ……あ」


 --ディアの瞳の色を言っちゃった……バレてないよね?


 とっさにディアの色を選んでしまったことが恥ずかしいのか、アーノルドは耳まで赤くして俯いている。ディアは緑の宝石のキャンディを取りだした。


「これだね。はい、あーん」


 アーノルドの瞳が大きく見開く。


 --え?


「はい、あーん」


 --え、ちょ。


(アーノルドの照れてる顔、かぁわぁいーい)


 固まってしまったアーノルドに「ダメ?」と聞くと、大きく左右に首を振る。覚悟を決めたアーノルドの唇は少し震えていた。口を開いたアーノルドに「えい」と宝石キャンディを入れる。


 --心臓が破裂しそう……。


(アーノルドが可愛すぎて私も心臓が破裂しそう!)


 横を向いて赤くなっているアーノルドは、口をモゴモゴすると「あ」と呟いた。


「これ、すぐに溶けるよ。甘くておいしい。ディアも食べてみて」


 微笑みかけられたので、調子に乗ってディアは口を開いた。


「食べさせて?」


 アーノルドが俯いて両手を強く握りしめたので、『あ、やりすぎた』とディアは反省した。


「あ、うそうそ! 自分で食べるから! 何色にしようかな~?」


 ディアの手元にあったキャンディが入ったビンをアーノルドに取られた。


「黄色、食べて。僕の色」


 真っ赤な顔のまま、差し出された黄色のキャンディを手のひらで受け取ろうとすると、アーノルドは首を振る。


「ディア、あーん、して」

「え?」


 黄色の瞳が怖いくらい真剣にディアを見つめている。言われるがままに口を開くと、そっとディアの口の中にキャンディが入れられた。アーノルドがどこかうっとりとしている。


 --ディアの唇……おいしそ、うわぁあ!? 僕はいったい、何を考えて!?


 ブンブンと音が鳴りそうなくらい首を左右に振るアーノルドを見て、ディアは思った。


(え? もしかして、キスしていいの?)


 期待に満ちて少し顔を近づけると、アーノルドが両手を広げて仰け反る。


「僕、汗臭いから、あんまり近づかない方が……」


 こちらに向けられたアーノルドの手のひらを見て、ディアは小さく悲鳴を上げた。皮が擦り剥け、あちこちで豆が潰れカサブタになっている。


「手、その手!」


 アーノルドは、さっと両手を背中に隠した。


「ごめん、汚いもの見せて」

「汚くないよ! でもすごく痛そう!」


「大丈夫、もう血は止まってるから……」

「見せて!」


 少し怒って伝えると、アーノルドは恐る恐る手のひらを見せた。


「その、剣に慣れるまでは仕方がないんだ」


 ディアはそっとアーノルドの手に触れた。


(ラルフにも聞いていたけど、ここまでひどいなんて……)


「無理しないで」


 アーノルドは答えず視線を逸らした。


 --僕は早く強くなりたい。ディアを守れるくらい強く。


(そんなの、少しも嬉しくない!)


「アーノルドが痛いと、私も痛いの」

「ディア……」


 --それでも僕は……。


(意外と頑固ね)


 仕方がないので、ディアは最後のプレゼントを手渡した。


「これは?」

「指抜きグローブ。剣を持つとき、手への摩擦が抑えられるんだって」


「ありがとう……」


 --嬉しい、けど。誰に聞いたんだろう。男だよね? ディアは僕以外とも親しく話しているのかな。


 複雑な表情をしているアーノルドを見て、ディアは『ヤキモチ妬いてるアーノルド、かわいすぎ!』と内心悶えた。


「それね、さっき入り口にいた護衛騎士に教えてもらったの。彼ね、私付きのメイドのことが好きだから、色々良くしてくれるの」


「そうなんだ」


 安心したのかアーノルドはフワッと微笑んだ。その笑顔を見ただけでディアは幸せな気持ちになった。


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