25 あなたを思うだけで幸せ
ラルフの妹おすすめのラクルーシュ菓子店は、外装が可愛らしく店内はたくさんの女性で賑わっていた。透明なガラスケースの中には、宝石のようなお菓子がたくさん並んでいる。
「わぁ、綺麗ですね! お嬢様、どれにしましょうか?」
「贈り物を選んでくれる? エイダも好きなの買っていいわよ」
「はーい!」と嬉しそうにエイダは返事をした。
(さて、私はアーノルドにあげるお菓子を探そうっと)
そう考えただけで、胸がドキドキしてしまう。何が好きかな? 喜んでもらえるかな? そんなことを考えるだけで幸せな気分になる。
ふと、ディアは宝石が詰められた透明なビンを見つけた。それは砂糖菓子をダイヤモンドのようにカットした綺麗なお菓子だった。
(高級なキャンディみたいなものかな? これなら日持ちもしそうだし、部屋に飾っても綺麗だし、いいかも)
手に取ると、光に照らされた宝石キャンディが輝いている。
(アーノルドみたいにキラキラしてる……)
こうして、無事に全ての買い物を終えたディアは、公爵家に戻ってきた。
父には万年筆を、兄には鞘飾りを買った。エイダもラルフも、なぜか「シルバーと緑のものが良いですよ」とすすめるので、不思議に思っているとエイダが「お嬢様の色なので」とまた言った。
(あ、そっか。シルバーが私の髪で、緑が私の目の色だった)
なるほどと思ったところで、『あれ? エイダの好きな色って……』とようやくディアは気がついた。エイダがディアをどれほど大切に思ってくれているのかが分かり、ディアの胸は温かくなる。
(結婚を断ってまで、私の側に残ってくれたエイダのことを、私もずっと大切にするからね)
ディアはそう心に決めた。
お世話になっているラルフには、日持ちがして妹さんが喜びそうなお菓子の詰め合わせをプレゼントした。ちなみにエイダが選んでくれたものだ。
(前に『最近、妹が冷たい』って言ってたから、これをきっかけに仲良くしてね)
アーノルドには、宝石キャンディとしおり、そしてラルフおススメの指抜きグローブを購入した。
ちなみに、ソウレはなかなか戻ってこなかったので、勝手にカップケーキの詰め合わせを買っておいた。今は、馬車の屋根の上で丸まり尻尾を左右に揺らしながら大きなあくびをしている。
明日は神殿に行く日だった。アーノルドに会えると思うと、心がフワフワして落ち着かない。
ディアはいつもより早くベッドに潜り込んだ。
次の日の朝、ディアが目覚めるとまたソウレの抱き枕にされていた。刺青が入った逞しい腕に抱きつかれて身動きが取れない。
(この神様、いつまでここにいるんだろう……)
なんとかソウレの腕を引き離そうともがいていると、ソウレがパチッと目を覚ました。そして、輝くような笑みを浮かべる。
--おはよう。我の愛おし子。
「冗談は……」
と言いかけてディアは口を閉じた。確か神様は『ウソをつけない』と言っていた。ということは、ソウレもウソをつけない。
(本気で、私のことを気に入ってくれてるのね)
自国の女神アルディフィアと仲が悪いことは気になるが、神様に好かれていて損なことはない。アーノルドを幸せにするためにも利用できるものは多いほうがいい。
ディアが昨日買ったカップケーキの詰め合わせを奉納すると、『良い心がけだ』とソウレは笑う。
--昨日は面白かったぞ。活気に溢れた良い街だったな。
ソウレはカップケーキを指でつまむと、自分の口へと放り投げた。ソウレがこの国を褒めるとは思っていなかったので、少し不思議な気分になる。
「アルディフィア様のことが嫌いなのに、この国のことは褒めてくれるんですね」
--街を作るのも、国を作るのも神ではなく人だからな。まぁ、人の営み全てが神の加護だとか言っている性悪女もいるがな。
ソウレは指についたクリームをペロリと舐めた。
--お前は、今日は何をするのだ?
「私は、今日は神殿に行きます」
こちらを見つめる黄色い瞳がしかめられた。
--あの性悪女を崇める神殿か。気に入らん。今日は我は留守番だ。
(元の場所に帰ると言う選択肢はないのね……)
扉がノックされ、エイダが部屋に入ってきた。身支度を整え、父との朝食へと向かう。手には昨日買った父へのプレゼントを持っていた。
ディアが姿を現すと、先に来ていた父の冷たい瞳がこちらに向けられた。
--ああ、私の天使! 今朝も可憐を通り越して神々しいよ、ディア!
(お父様の脳内ポエムは、今日も絶好調ね)
ディアは会釈すると、父に綺麗にラッピングされた小箱を渡した。
「これは?」
淡々とした感情のこもらない声だった。
「昨日、街に買い物に行ってきました。これは大好きなお父様へのディアからのプレゼントです」
一見冷たく見える父の眉毛が下がっている。そうとう嬉しいようだ。
--ディアが? 私に!? う、そ、これは夢だろうか!? ちょ、嬉しすぎて涙が出てきた!
父が深くため息をつきながら、両目に手を当てた。その仕草は、愚かな娘に呆れているようにも見える。
(お父様も誤解されやすい外見で大変ね。私も似たようなものらしいから、アーノルドに嫌われないように、気を付けないと……)
ディアは感動している父の左腕にぎゅっとしがみついた。
「お父様、大好き」
ニコリと微笑みかけると、父は真顔のまま『ぬぉおおおおお!』と心の中で叫んだ後に、「私もだ」と返事をした。
「開けてみてください」
ディアに促されて、父はプレゼントを開けた。そこには銀色の万年筆が入っていた。万年筆には小さな緑色の宝石がついている。
「使っていただけますか?」
「使えないな」
--こんなの、もったいなさすぎて使えない! もう、今日から我が家の家宝はコレにするから!!
ディアは内心『使ってほしい』と思ったが黙っておいた。
(お父様とも前よりかは会話が成立するようになってきたわね)
このままいくと、そのうちに普通に仲の良い家族として会話ができる日がくるかもしれない。その後、愛娘からの初めてのプレゼントで胸がいっぱいになった父は朝食を摂らずに、母の墓前に報告しに行ってしまった。
ディアの後ろでは、エイダが『お嬢様からのプレゼントを「使えない」なんてなんて父親なの!? ひどいわ』と怒っている。
(この誤解もいつか解かないと……。でも、それより、今日はアーノルドに会える)
一人で朝食を摂りながら、ディアは気が付いたら自分の口元が緩んでいることに気が付いた。




