24 ラルフの恋バナ
エイダはアクセサリーショップの店員と真剣に何かを話している。ディアは本当に興味がなかったので、別室でお店の人が出してくれたお茶を飲んでいた。隣にはラルフが控えている。
(そうだ、ちょうどいいからラルフに男性へのおススメプレゼントを聞いてみよっと)
ディアはラルフの方を向いた。視線に気が付いたラルフが、なんでしょうか? と言いたそうに顔を少しだけ近づける。
「ねぇ、剣術をしている人は何をもらったら嬉しいかしら?」
すぐにラルフの心の声が聞こえてくる。
--ああ、団長にプレゼントを買うのか。
(はっ!? そっか、お兄様にもプレゼントを買わないと!)
父も兄もディアが買い物に行くことを知っている。しかも『お世話になった人へのプレゼントを買いに行く』と伝えてしまった。
(お父様にも買わないと失礼よね!? 帰る前に気が付けて良かったわ)
感謝を込めてラルフを見つめると、ラルフは「うーん」と腕を組んでいた。
--団長はクラウディア様からなら、何をもらっても、号泣して喜びそうだけどなぁ。
「あ、鞘飾りとかどうですか?」
「鞘飾り?」
ラルフは腰に下げている剣を指さした。
「鞘のここにつける飾りです。家族とか恋人とかが相手の無事を祈って送るそうですよ」
そういうラルフの鞘には何もついていない。
「ラルフはつけないの?」
「俺には贈ってくれる人がいませんから……」
「え!? すごくモテそうなのに?」
「俺、そんなこと初めて言われましたよ」
「ラルフはすごく素敵だわ」
「クラウディア様」
ラルフが感動して祈るように両手を合わせた。
「でしたら、俺に良い人紹介してください!」
必死なラルフに「どういう女性が好みなの?」と聞いてみる。
「あー、えっと……」
--エイダさんって彼氏いるのかな?
「あーその、ハキハキした明るい人、ですかね?」
照れて笑うラルフを見て、ディアはあせった。
(どうしよう、私が知っている未来では、エイダは来年になると良家に嫁ぐはずなのよね……)
とりあえず、ラルフには「分かったわ。考えておきます」と伝えてその話は終わった。ディアは改めて本題に入る。
「えっと、じゃあ、剣術を始めたばかりの人には何を送ったら喜ばれる?」
自分でも頬が熱くなっているのが分かる。ラルフは『ああ』と納得した。
--アーノルド殿下へのプレゼントか。
「そうですね、初めて剣を持ったころは、とにかく手や足に豆ができるんです。それが潰れて血豆になって、それでも鍛錬を続けていると、どんどん皮膚が厚くなっていく感じですね」
言われてみれば、ベイルの手のひらは大きくゴツゴツとしていた。
「痛そうね」
「痛いですね。だから、指抜きのグローブが良いかもしれません。手のひらへの摩擦を抑えられますから。後から俺が良く行っている店にご案内しますね」
ディアがお礼を言うとラルフは爽やかに微笑んだ。
--フッフッフ、ここはクラウディア様に恩を売っておいて、エイダさんとの仲を取り持ってもらおう。
(ラルフのこういう打算的な所も、けっこう好感度が高いのよね。逆に信頼できるというか)
ベイルがラルフを信頼している気持ちが少し分かるような気がする。ラルフは、自分にとても正直なのだ。そうこうしているうちに、買い物を終えたエイダが部屋に入ってきた。
「お嬢様、お待たせしてすみません。買ったものは全て公爵家に運ぶように手配しました」
「ありがとう」
--これで明日からお嬢様をたくさん着飾れるわぁ!
嬉しそうなエイダを見て『かわいいな』というラルフの心の声が聞こえてくる。
(どうしよう……。微笑ましくてニヤニヤしてしまう……)
次は菓子店に向かうために、ディアはエイダと二人で馬車に乗った。エイダはさっき買ったアクセサリーをどのドレスと合わせるか頭の中で考えている。
(そういえば、来年結婚するなら、もうそろそろエイダに婚約の話くらいはきてないとおかしいわね)
ディアはエイダに話しかけた。
「ねぇエイダ、来年結婚するって聞いたんだけど……」
「ええ!? なんですか、それ?」
エイダは本気で驚いてる。
「でも、縁談の話はきてるでしょう?」
「ああ、そういえば、ありましたね。もちろん断りましたけど」
「え? でも、すごく良い縁談だったんでしょう?」
「まぁ、確かに良い話ではあったんですけど……」
エイダはとても大切そうに胸に輝くブローチに触れた。
「私はずっとお嬢様の側にいたいので!」
「エイダ……」
その気持ちは嬉しかった。しかし、時が巻き戻る前の彼女が結婚した後、幸せだったのか不幸だったのかディアには分からない。もしかすると、時間を巻き戻したことで、とても幸福な家庭を一つ壊してしまったのかもしれない。そう考えると、ディアは血の気が引くようだった。
(運命を変えるって、時間を巻き戻すってこういうこと?)
ディアにとっては不幸から抜け出すための有り難いチャンスだったが、他の人にとっては、積み上げてきた努力や幸福を一瞬にして消し去ってしまう恐ろしい能力でもある。
ディアの脳内にソウレの言葉が蘇った。『人の世を乱す、勝手なやつらよ』本当にそうかもしれないと思った。
(でも、それでも、アーノルドと向き合うきっかけをくれたアルディフィア様を、恨んだり疑ったりする資格は私にはないわ……)
急に黙り込んだディアを、エイダが心配そうに見つめている。
「エイダ、ずっと結婚する気はないの?」
「いえ、そういう訳ではないんですが、今はいいかなって」
「そう」
運命は変わってしまった。ディアが変えてしまった。それなら、せめてエイダを大切にして愛してくれる良い男性と結ばれて欲しいとディアは思った。
「だったら、公爵家の騎士と結婚したら、ずっと私と一緒にいられるわね」
家庭を持つ騎士は、何かあったらすぐに駆け付けられるように、ペイフォード公爵領内に家を持っていることが多い。
「そうですね! それはいいかも! 騎士様の奥さんかぁ」
エイダが嬉しそうに微笑んだ。罪悪感が湧き起こり胸が痛くなる。
(きっかけは作ったわよ、ラルフ)
例え偽善者と罵られようともかまわない。ディアはエイダの幸せを心の底から祈った。




