23 エイダとお買い物
その日は朝から、エイダはご機嫌だった。
--今日は、お嬢様とお買い物! お嬢様と一緒にお買い物~!
と嬉しそうに心の中で繰り返し、ディアの身支度を整えながらずっと楽しそうに鼻歌を歌っていた。
(そんなに喜んでもらえると私も嬉しいわね)
お昼からディアはエイダと街へ出かける予定だ。ベイルがとても心配していたが、ラルフを同行させることで納得してくれた。
(お兄様って意外とラルフのことを信頼しているのね)
余り人を信じていなさそうなベイルに信頼する人がいるというのは妹として嬉しかった。
(でもまぁ、ラルフは優しいからか、バレたらベイルお兄様に殺されそうだからかは分からないけど、私とアーノルドのことを内緒にしてくれてるのよね……)
そう考えると少し申し訳ない気持ちになる。
ラルフは、馬車を呼んだ後に、自馬を引きながら人懐っこく微笑んだ。
「お供できて光栄です」
言葉だけではなく、心の中でも『今日の訓練、サボれてラッキー!』と喜んでいる。
「クラウディア様、今日はどちらへ?」
「美味しいお菓子を買いたいです」
「それならラクルーシュ菓子店ですかね? 俺の妹がすごく人気だって言ってました」
「あと、アクセサリーも買いたいです」
それにはエイダが「私、良いお店、知っています!」と元気に答えた。ソウレを見ると、馬車の屋根の上であぐらをかいて尻尾をゆらゆらと揺らしている。
(ソウレ様にも何かプレゼントしようかな? 楽しい買い物になりそう)
ディアはそっと微笑んだ。
「お嬢様、まずは大通りにあるアクセサリー店を見に行きましょう!」
エイダの提案でアクセサリー店に先に行くことになった。ラルフが「菓子店も大通りにありますよ。とりあえず、大通りに向かいましょう」と言い、馬車の御者に「大通りへ」と告げる。
馬車の中で向かい合ったエイダにそれとなく好みを聞いてみた。
「エイダはどんな色が好き?」
「私ですか? 私は緑やシルバーが好きです」
(ふーん、緑の石がついたシルバーのブローチとかブレスレットを送ったら喜んでくれるかな? エイダに似合いそうだし)
そんなことを考えていると、エイダに「お嬢様は何色がお好きですか?」と聞かれ、ディアは少し考えた。
「私は赤と黄色が好き」
アーノルドの瞳と髪の色だから。エイダは「どちらもとてもお嬢様に似合いますね」と褒めてくれた。エイダの心の声が聞こえてくる。
--お嬢様は、今まで白や水色のお洋服が多かったけど、赤い華やかなドレスで黄色のアクセサリーを散りばめてもいいかも? はぁ、私のお嬢様は何を着ても絵になるわぁ。
うっとりしているエイダに心の中で『ありがとう』と伝えつつ、ディアはアーノルドへのプレゼントを考え始めた。
(この前、クッキーをあげたら喜んでくれたから、お菓子はプレゼントするとして……)
食べたらなくなるものではなく、ずっと身につけてもらえるようなものをプレゼントしたかった。ディアはエイダに話しかけた。
「ねぇねぇ、男性にアクセサリーをプレゼントするのは変かしら?」
エイダはすぐに『アーノルド殿下へのプレゼントね!』と気が付いた。
「そうですね、一般的ではないかもしれません。何かその方の趣味に合わせたものはどうでしょうか?」
「趣味ね……」
アーノルドはよく本を読んでいる。それに、最近剣術を始めたと言っていた。
「読書と剣術が趣味みたい」
「読書なら、しおりですかね? 剣術のことは、ラウルさんに聞いてみては?」
「ラルフね、副騎士団長のラルフ」
エイダの名前間違いを訂正してから「しおり、いいわね。ありがとう」とディアは微笑んだ。
馬車が大通りへとたどり着いた。エイダの案内でおススメの店の前で馬車が止まる。ディアとエイダが降りるとラルフも自馬から降り、店の前に馬を繋いだ。馬車の屋根から降りたソウレは、ディアに近づくと『興味深い! 少し見て回ってくるぞ』と興奮した様子で飛んで行ってしまった。
ソウレほどではないにしろ、ディアも今日の買い物にワクワクしていた。過去のディアは、とにかく部屋に閉じこもっていたので、本くらいしか取り寄せたことがなく、後は全て父が揃えてくれたものを身につけていた。なので、今日がこの世界での人生初めての買い物だ。
(へぇ、大通りは馬車を止めたり、馬を繋ぐスペースもあって、広く作ってあるのね。貴族が買い物するためのショッピング通りって感じかな?)
本では読んだことがあったが、実際に見たのは初めてだった。エイダおススメの店は、黒い壁に金色の縁取りがされている高級感漂う店だった。店の前に立つと、中にいた店員が礼儀正しく扉を開いた。ご機嫌なエイダの心の声が聞こえてくる。
--ここのアクセサリー、前から絶対にお嬢様に似合うと思ってたのよねぇ。気に入るものがあるといいなぁ。
(エイダへのプレゼントを買いに来たんだけど……)
まぁいいかと、ディアは店内へと入った。ショーケースの中に並ぶアクセサリーを見て、ディアは『なるほど』と思った。この店のアクセサリーは、ゴテゴテした装飾ではなく、どれも繊細で上品な作りだ。
(エイダの私のイメージってこんな感じなのね。ちょっと嬉しいかも)
そういえば、前に『お嬢様を妖精みたいに着飾りたい』とか言っていたので、エイダは幻想的なものが好きなのかもしれない。
(あ、これ、エイダ好きかも?)
シルバーで加工された八枚の花びらの一枚に緑の宝石がはめ込まれている。シルバーの花びらの部分も細かい細工が施されていて、繊細さと上品が合わさっているブローチだった。
「ねぇエイダ、これどう思う?」
エイダが目を輝かせて「すっごく良いと思います!」と答えた。ディアは側に控えていた店員に「これをいただくわ。支払いはペイフォード公爵に」と声をかけた。
(初めての買い物だけど、お姫様や貴族の令嬢が出てくる本はたくさん読んでいたから、買い物の仕方は知ってるのよねぇ)
白い手袋をした店員はショーケースからブローチを取り出しディアに見せた。ディアは頷くと「では、これを彼女に」と微笑む。
「……え?」
店員もエイダも驚いている。
「エイダ、いつもありがとう。私からのプレゼント受け取ってくれる?」
「お、お嬢様……」
エイダの瞳が潤んだ。
「こ、こんな高価なもの、いただけません!」
「大丈夫。お父様にはちゃんとお世話になっている人にプレゼントを買いたいって言っておいたから」
もちろんディアを溺愛している父は「なんでも好きなだけ買いなさい」と言ってくれた。ディアは店員からブローチを受け取ると、恐縮しているエイダの胸につけた。
「とても似合うわ」
エイダの頬が赤く染まる。
--お嬢様から、お嬢様のお色のものをいただけるなんて……。
(ん?)
感激しているエイダがよく分からないことを言っている。
(まぁ、気に入ってもらえているみたいだからいっか)
すぐに店を出ようとすると、エイダに必死に止められた。
「お嬢様! お嬢様の分も買いましょう!」
「えっと、興味がないわ」
「では、私が選ばせていただいても良いですか!?」
期待に満ちた瞳がこちらを見つめている。
「じゃあ、お願いしようかしら?」
エイダは、幸せそうに微笑んだ。




