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02 お父様の心の声

 アーノルドに復讐することを胸に誓ったその時、部屋の扉がノックされた。ディアが「どうぞ」と答えるとそこには懐かしいメイドの顔があった。


(エイダ……)


 幼いころからディアに仕えてくれたメイドで、ディアが15歳になった時に、良家に嫁いでメイドを辞めてしまった。落ち着いたブラウンの髪色に、そばかすが可愛らしいディアより2歳年上の少女だ。


 エイダと視線が合ったとたんに、不思議な声が聞えてきた。


 --お嬢様、今日は顔色が良いみたい。


 その声は耳からではなく、直接ディアの頭に響いた。辺りを見回してもこの部屋の中には、ディアとエイダの二人しかいない。


 --お嬢様、キョロキョロされてどうしたのかしら?


(もしかして、これってエイダの心の声?)


 そういえば、天界で『貴女に好意を寄せている者の心の声が聞える能力を授けます』と言われたような気がする。


(ということは、エイダは私のことを好きでいてくれているってこと?)


 ディアとして生きていた頃は、自分が誰かに好かれているなんて考えたこともなかった。ただただ冷たい父と兄に怯え、本の世界に逃げ込んでしまっていた。


(なんだ、ちゃんとディアのことを好きになってくれる人もいたのね)


 エイダは、「今日はどのドレスになさいますか?」と優しく微笑む。ディアは「エイダに任せるわ」と伝え微笑み返した。そのとたんに、ぱぁとエイダの表情が明るくなった。


 --お嬢様が笑った! 奥様が亡くなってから、ずっと笑っていなかったのに! ああっ、なんて愛らしい!


 興奮気味に響く頭の中の声に『大げさね』と思いながらディアは恥ずかしい気持ちになった。終始嬉しそうなエイダに身支度を整えられ、終わるとエイダは「公爵様がお待ちです」と告げる。


 そのとたんに、ディアの心は暗くなった。


(実の父だけど、ディアは公爵に嫌われてるのよね)


 それなのに、公爵が屋敷にいる間は、毎朝食事を一緒に摂らないといけない。これはディアの意思とは関係なく、公爵家で定められた絶対のルールだった。仕方がないので公爵が待つ部屋に向かう。その途中で、何人かのメイドにすれ違い頭を下げられたが、心の声は聞こえなかった。


(『好意』っていってもどれくらいの好意から声が聞こえるのかな?)

 

 エイダの心の声が聞こえるので、もしかしたら、恋人同士の愛ではなく、ディアに親しみを込めた愛情を持つ人の声が聞こえるのかもしれない。目的の部屋にたどり着くと、公爵はすでに食事の席についていた。長いテーブルの反対側まで歩くと、執事が恭しくディアのために椅子を下げた。

 

 優雅で静かな朝食が始まった。公爵は一言も話さないし、ディアも自分を嫌っている人間と話すことなんてない。ディアは黙って食事を終わらせ、『早く帰りたい』と思い顔を上げると、公爵と目が合った。とたんに、頭の中に声が鳴り響く。


 --妖精と目が合ってしまった。


(……は?)


 すぐにディアから視線を逸らし、黙々と食事を続ける公爵はいつものように冷たい顔をしていた。彼の銀色の髪と、薄い青色の瞳がよりその冷たさを際立たせている。それなのに、ディアの頭の中には訳の分からないポエムが流れ続けていた。


 --ああ、我が娘はなんて愛らしいんだ。その髪はまるで月の光を集めたように銀色に輝き、瞳は愛する妻と同じエメラルド色。ああ、世界中の宝石を集めても君の輝きに勝るものはない。


 ディアは、まじまじと公爵を見つめた。


(何言ってんの、このおっさん)


 おっさんと呼ぶには公爵は麗しすぎるので、そこはイケてるオジサマと訂正しておく。


 --ああ、そんなに見つめられると私の心臓が破れてしまいそうだよ。君の瞳を見つめるのは、いつも命懸けさ。


 本当に何を言っているのか分からない。


(まさか公爵がディアの目を見ようとしない理由って、これじゃないでしょうね?)


 そんなまさかあり得ないと思いつつ、ディアは公爵に話しかけた。


「お父様」


 公爵の冷たい瞳がギロリとディアに向けられた。しかし、心の声はとんでもなく動揺している。


 --おっぐふ、ディアが4年と32日ぶりに私に話しかけてくれたぁあああああああ!?


(日数を数えていたの? 普通に怖いんだけど)


 それでも確かめないといけないことがあった。


「お父様は、ディアのことがお嫌いですか?」


 辺りはシンと静まり返った。公爵は無言のままディアから視線を逸らした。それはひどく冷たい仕草に見える。


 --いやいやいや! ないない、くっ、早くディアに返事をしなければ! そう、私はディアを心の底からあ、あ、あ、愛、愛し、ああああ!


 冷酷な公爵の外見からは想像ができないほど、心の声が絶叫に包まれている。そのギャップが面白くて、ディアはクスッと笑ってしまった。


 とたんに、頭の声が静かになった。そして、大声が聞こえてくる。


 --ディアが笑った! クレアが亡くなってから一度も笑わなかった、あのディアが!


 公爵は手に持っていたナイフとフォークをテーブルに置いた。そして、何も言わずに席から立ち上がる。


 --ああっ早くクレアの墓前に行って報告しないと! 駄目だ、嬉しすぎて泣いてしまいそうだ!


 公爵はそのままディアに声をかけることも、振り返ることもなく立ち去った。それは、はたから見ると、公爵がディアの質問に気分を害して席を立ったように見えた。


 すぐにエイダが近づいてきて、「お嬢様、大丈夫ですか?」と泣きそうな顔をする。


 --公爵様、ひどい! お嬢様が勇気を出して話しかけたのに!


 とても悲しそうなエイダの声が頭の中に聞こえてきた。


「私は大丈夫よ」


 そう答えると、ディアも食事の席を立った。


(冷徹公爵……いや、お父様の中身は、天然でポエマーのだいぶ面白い人だったのね)


 これだけディアのことを溺愛しているのなら、アーノルドとの婚約もディアが嫌がれば取りやめてくれたかもしれない。ただ、あの時は父に嫌われていると思っていて、自分の意見なんて聞いてくれるとも思っていなかった。


(もっと早く、自分に正直になれば良かった)


 そして誰に嫌われようと、罵られようと、とにかく「嫌だ」と口に出せばよかった。


(でも、お父様がああいう感じだったら、もしかして、お兄様も……?)


 まさか、そんなことないよね?と疑いつつも、ディアは兄がいつもいる鍛錬場を目指して歩き始めた。

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