19 アーノルドの告白
ディアとアーノルドは、それから他愛もない話をした。数日前の雨がひどかったね、とか、王宮の庭園に綺麗な花が咲いているとか。アーノルドの言葉の全てがキラキラと輝いているようで、その仕草のひとつひとつがディアには愛おしく見える。
ディアがうっとりとアーノルドに見とれていると、アーノルドは急に俯いた。
「ごめん、面白い話ができなくて……」
「え?」
アーノルドは「ディアがつまらなさそうだから」と落ち込んでしまう。
(あ、そっか、私の顔も黙っていたら、お父様やお兄様のように、怒っているように見えるのね)
ディアは俯いているアーノルドの頬を指でつついた。アーノルドは弾かれたように顔を上げると、突かれた頬を手のひらで押さえる。
「ごめんね、アーノルドがかっこよすぎて見とれてた」
ボッと音が鳴りそうなほど、一瞬でアーノルドの顔が赤くなった。
「私、黙ってたら怒ってるみたいだよね? だから、気になったら今みたいに聞いてね。思っていることは全部言うから。アーノルドに嫌われたくないの」
「ど、して……?」
--どうして、そんなに僕のことを好きでいてくれるの?
アーノルドの唇がかすかに震えた。
「前に言ったでしょ? 私は、私だけを見て愛してくれる人じゃないと嫌なの。それに、アーノルドみたいに、ちゃんとお話ができる人がいい。他の王子様なんて大っ嫌いだけど、貴方は私の理想の王子様だわ」
急に自分の腕で顔を隠すように覆ったアーノルドは、ゴシゴシと乱暴に顔を擦った。その頬は赤くなり少し濡れている。
「……僕なんて、ディアに相応しくないって本当は分かってる。でも、これだけはすごく自信があるんだ!」
黄色い瞳が力強く真っすぐにディアを見つめた。
「僕は、一生ディアだけを見つめて、一生ディアだけを愛しているから! 君へのこの気持ちだけは誰にも負けない!」
--例えディアが、いつか僕のことを捨てたとしても……。それでも僕はずっと君しか愛せない。
(どうして、そういうことを考えるの?)
せっかくのカッコいい告白が、心の声で台無しだった。辛くて切なくて泣けてくる。
(もう、この傷ついた子猫を絶対に保護してデロデロに甘やかして、これでもかってくらい幸せにしてやる!)
ディアが涙目で睨みつけると、アーノルドは「あ、そうだ」とポケットから折りたたんだ数枚の紙を出した。
「これ、実はディアに渡すか悩んでいたんだけど、念のために渡しておくね」
「これは?」
受け取り、紙を開くと、一枚目には魔法陣のような不思議な文様が書かれている。
「それ、母様の日記に挟まっていたものを写して訳したんだ。僕の母様は南部地域の出身だから」
「じゃあ、お母様の日記も訳してくれたの?」
そう聞くと、アーノルドは少し居心地が悪そうな顔をした。
「えっと、日記の内容はディアに見せるようなものじゃなくて……」
--母様の日記には、この国を呪って自分の身の上を嘆いている言葉しか書かれてなかったし……。
ディアはあえて明るく微笑んだ。
「ありがとう、すっごく嬉しい」
ぱぁとアーノルドの表情が明るくなる。気が付けば、エイダが瞑想室の入り口でこちらに手を振っていた。
「お嬢様、もうそろそろ!」
「もう帰る時間なのね」
ディアが残念そうに立ち上がると、アーノルドがディアの服の袖をつかんだ。
「その、ディア、また来てね……?」
可愛い人が頬を赤く染め上目づかいでディアを見ている。ディアはどうしても我慢ができなくなって、アーノルドの右頬にキスをした。
「5日後にまた来るね」
固まってしまったアーノルドからは返事がなかったが、ディアは笑顔で手を振って満足そうに帰っていった。
ディアがエイダと共に馬車に乗り込むと、エイダは夢見る乙女のようにキラキラした瞳をこちらに向けていた。すぐに、うっとりとしたエイダの心の声が聞こえてくる。
--はぁ、お嬢様の好きな方がアーノルド殿下だったなんて、まるでおとぎ話の世界みたい。
エイダはディアを熱く見つめた。
「お嬢様、私はお嬢様の味方ですよ! ベイル様にはこのことは絶対に言いません! 一緒にいた護衛のラウルだかラルク?って名前の人にも絶対に内緒にするように伝えておきましたから!」
「それはラルフね、公爵家の副騎士団長よ」
エイダは「はぁ」と興味なさそうな返事をした。
--私、最近、お嬢様以外にあんまり興味が持てないのよねぇ。
それを聞いて、『エイダの中のお嬢様熱を上げすぎたかもしれない』とディアは内心心配になった。
(でも、そのおかげでお兄様に黙っててもらえるんだから、今はこれで良いってことにしとこうっと。エイダには、何か好きなものを買ってあげなきゃね。それに、エイダがお嫁に行くときはたくさんお祝いするからね!)
だから、今はごめんねとディアは心の中でエイダに謝った。