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14 事故チュー

 公爵家の馬車が神殿の前に止まった。御者が馬車の扉を開くと、ベイルはディアをお姫様抱っこしたまま馬車から下りた。


(もう、どうにでもして……)


 神殿に着くまでの道中、ベイルに何を言っても下ろしてくれず、お姫様抱っこ状態で膝の上にずっと乗せられていた。その間、常にベイルの嬉しそうな心の声を聞き続けたせいで、ディアは疲れ切っていた。


 やっと地面に下ろしてくれたかと思うと、ベイルは目元を少し赤くしてディアを睨みつける。


 --馬車に乗っただけでこんなにもディアが疲れるなんて……。ディアの身体が心配だ。


(疲れているのは、お前のせいだよ)


 つい心の中で悪態をついてしまう。ベイルはラルフに「ディアを頼んだぞ」と伝えると、どこかへ歩き去った。ベイルの後ろ姿が見えなくなると、ラルフは「ふぅ」とため息をつく。


 --クラウディア様、大丈夫かな?


 ディアは、『大丈夫じゃないわよ、この裏切り者!』と思ったが、わざわざここまで来た目的を忘れてはいけない。何度か深呼吸をすると、ディアはラルフになんとか微笑みかけた。


「神殿に来るのは初めてなので、案内してもらえますか?」

「喜んで!」


 ラルフは人懐こい笑みを浮かべる。それを見たディアは『こっちが私のお兄様だったら良かったのに』と本気で思った。


 ラルフに案内されて、神殿の中をあちらこちら見まわったが、アーノルドの姿はどこにも見当たらない。


 仕方がないので、ディアは大広間の女神アルディフィアの像の前で祈る振りをしながら考えた。


(そういえば、ステンドグラスがないわね)


 小説の中で、狂王アーノルドに色とりどりの光を振りまいた印象的なステンドグラスが見当たらない。


 祈りを終えたディアは、側に控えていたラルフに聞いてみた。


「ステンドグラス、ですか?」


 うーんと少し悩んだラルフは、通りすがりの神官に聞いてくれた。


「ステンドグラスなら、瞑想室にありますよ」

「クラウディア様、行ってみますか?」


 ディアが頷くと、神官は快く瞑想室まで案内してくれた。瞑想室の扉が開かれたとたんに、神殿の壁一面に広がる光の芸術に目を奪われた。ステンドグラスの中央には、女神アルディフィアの姿が、そして、その足元にはたくさんの信者が描かれている。


(きれい……)


 しばらく荘厳なステンドグラスに目を奪われていたが、我に返って瞑想室を見回した。すると、瞑想室の一番後ろの隅っこに赤い髪の人物を見つけた。ディアが近づくと頼りなさげな背中を少し丸めて、アーノルドが本を読んでいた。


(大当たり!)


 ディアが静かにアーノルドの隣の席に座ると人の気配に気が付いたのか、本から顔を上げたアーノルドの瞳が大きく見開いた。


「こんにちは」


 声をかけると、アーノルドの心の声が聞こえて来た。


 --天使様?


(それ、ベイルお兄様も言ってたわね。白いワンピースがそういうイメージなのかな?)


 心の声は気にせず、ディアはアーノルドが持っている本を覗き込んだ。


「今日は何を読んでいるの?」

「ディ、ディア!? えっ? あっ!」


 アーノルドは慌てて本を背中に隠したが、本の題名が見えてしまった。


(私がこの前、好きって言った本だ)


 ディアは、胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。過去の金髪碧眼で理想の王子様に変身したアーノルドをあんなにも憎んでいたのに、今、目の前にいる痩せていてどこか影を背負っているアーノルドを見ていると憎しみが消えてしまう。


(私は今のアーノルドのほうが好きだわ)


「ディアは、どうしてここに?」


 アーノルドが不思議そうに首を傾げた。


「お祈りに来たの」

「そう」


 そこでアーノルドは俯き、会話は終わってしまう。


「アーノルドはいつもここにいるの?」

「うん、ここには僕以外、余り人が来ないから……」


 辺りを見回すと確かにアーノルドとディアしかいない。ラルフは気を利かせているのか瞑想室の入り口で待機していた。


(話すなら今ね)


 ディアはアーノルドに向きなおった。


「あのね、アーノルドは南部地域の本を持っていない?」


 アーノルドは少し首を左に傾ける。


「南部の?」

「うん、今、ちょっとそういう本が読みたくて……」


「どうして?」


 隠しても仕方がないので、ディアは素直に答えた。


「あなたのことが、もっと知りたいの」


 ポカンとアーノルドの口が開き、首から頬までみるみると赤く染まっていく。アーノルドは恥ずかしそうに視線を逸らすと「さ、探してみる」と言ってくれた。


「ありがとう!」


 --ディアが僕なんかに笑いかけてくれた。……もっと、笑ってほしいな。


 アーノルドの心の声を聞いて、ディアは少し慌てた。


(あの危ない神様に、アーノルドが何かお願いしないようにしておかないと。確か、前はパンツの力に助けられたのよね……)


 だからといって、今ここでアーノルドにいきなりパンツを見せるのは絶対に間違っているとディアは思った。


(それじゃあ、ただの痴女だし、私も恥ずかしくてできないわ。それに、そんなことをされたら、さすがにアーノルドも引くって。うーん、もう一度、大げさにありがとうって言って、抱きついてみる?)


 純粋な少年を騙すようで心苦しいが、危ない神様と契約してしまうと、アーノルドが狂王になってしまう可能性が高い。それだけはなんとか阻止しなければ。


(アーノルドが狂王にならなければ、私も死ぬことはないし、反魂の儀式にもかけられない。きっとアーノルドも狂王にならないほうが幸せだよね?)


 かといって、今の状態のアーノルドが幸せかと聞かれたらそれも違うとディアは思った。ディアは、赤くなって俯いているアーノルドの顔を下から覗き込んだ。


 アーノルドが「わっ!?」と驚いて顔を上げる。


「ねぇねぇ、アーノルドは何が欲しい?」

「え?」


 あえて危ない神様と一緒のことを聞いてみた。戸惑うアーノルドにディアは言う。


「アーノルドは初めて私と友達になってくれた人だから、アーノルドのお願いはなんでも聞いてあげる」

「な、なんでも……?」


 ディアは頷き、アーノルドの手を握った。


「だから、アーノルドは私以外にお願いしたらダメよ?」

「……う、うん、うん!」


 アーノルドが首を大きく何度も縦に振った。


(ひとまず、これでしばらくは大丈夫かな?)


 ラルフを見ると、心の中で『長いな。団長が戻ってきたら困るし、もうそろそろクラウディア様に声をかけるべきか?』と悩みながらこちらを見ていた。ディアは真剣な顔でアーノルドを見つめた。


「10日後にまたここに来るから、また私と会ってくれる?」

「うん、その時に南部の本を渡すね」

「なかったらいいからね。あったらでいいから。無理しないでね」


 そう言ってディアが立ち上がろうとすると、椅子の下の陰から長い爪を持った異形の手が出てきた。驚いて避けようとしたら、体勢を崩してしまう。


「危ない!」


 アーノルドの声が聞こえた。慌ただしい足音がしてラルフの声も聞こえる。


「クラウディア様!? ……あ」


(何が起こったの?)


 ディアが疑問に思ったとたんに、ラルフの心の声が響いた。


 --これは……。クラウディア様がこけて、それを支えようとしたアーノルド殿下も支えきれず、一緒に倒れてしまい、偶然にもアーノルド殿下の頬に、クラウディア様の唇が当たってしまっているという……いわゆる、事故チュー的な状況!


 言われてみれば、ディアの唇がアーノルドの左頬に当たっていた。


「ごめんなさい!」


 ディアが慌てて起き上がると、ラルフがアーノルドを起こしてあげながら、心の中で叫んでいた。


 --いや、これ、アーノルド殿下、無理だろ!? クラウディア様にこんなことされたら、絶対にもう無理だろ!


(何が無理なの!?)


 ラルフにそう聞きたかったが、聞けるような状況ではなかった。呆然としたアーノルドは、恐る恐る自分の左頬に触れ、急に顔を真っ赤に染めた。


「あの、ごめんなさい」


 ディアがもう一度謝ると、アーノルドは熱に浮かされたような顔でこちらを見た。


「ディア、10日後にまた会えるんだよね?」

「うん、お兄様にお願いしてみる」


 アーノルドはこくんと頷くと、立ち上がりフラフラとした足取りで瞑想室から出ていった。さっきまで読んでいた本を忘れてしまっていたので、ディアは本を拾った。


(今度会った時に返せばいいよね?)


 気が付けば、ラルフが何か言いたそうな顔でディアを見つめている。


 --アーノルド殿下、あれは、絶対にクラウディア様に惚れたぞ。無意識とはいえ、クラウディア様は罪つくりなお方だ……。この方は、あんまり外を出歩かないほうがいいんじゃないのか?


(ラルフまでお兄様のようなことを言い出した!?)


 ディアは焦った。


「わざとじゃないんです。このことはお兄様には……」

「言いません」


 --というか、口が裂けても言えません……。


 ラルフは重いため息をついた。


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