12 過保護すぎる
兄のベイルは忙しい人なので、ディアは『夕方か、明日の朝にでも会えたらいいな』と思っていた。それなのに、エイダにお願いしてから数分後、ベイルはディアの部屋に現れた。
訓練中だったのか、動きやすそうな黒いズボンの上に、白いシャツを一枚着た姿で額には汗が滲んでいた。
「何があった!? 大丈夫か!?」
ディアは『しまった、また心配をかけてしまった』と慌ててソファから立ち上がった。
「お兄様、お忙しい所をすみません」
ベイルに向かいのソファに座るように勧めたが、ベイルは座らず、ディアの額に手を当てた。額に当てられた手は、剣を握る者らしい節くれだった指で、手のひらは大きく固かった。ベイルの心の声が聞こえてきた。
--また熱が出たのだろうか?
鋭い瞳がディアを睨みつけているが、よく見るとその目元は少し赤くなっている。
(お兄様は、心配な時や嬉しいとき、目元が少しだけ赤くなるのよね)
そして、怒っている時は、鋭い目がさらに細くなる。
「お兄様、ディアは元気です」
ディアが微笑みかけると、ベイルは額に当てた手を離し、目元を赤くしたまま睨みつけてきた。
--ぐっ、かわいい!
ベイルが怯んだ隙に、ディアは素早く用件を伝えた。
「実は、神殿に行きたいのです」
「ダメだ」
ベイルの鋭い瞳が細くなり、一段と鋭さを増している。
「そうですか……」
ディアはわざと一度引いた。そして、悲しそうな顔をして「神殿に行って、私の病気が治ったことのお礼を言いたかったのですが……」と呟いた後に、ディアはベイルの手を取った。
「ディアは、大好きなお兄様の指示に従います」
ベイルは目元を赤くしたまま固まった。心の声も静かなので、頭が真っ白になっているのだろう。しばらくすると、ベイルから『つぁ!? はぁ、はぁ』と息をすることを一時忘れ、思い出したような声が聞こえてきた。
「そ、うだな。もうお前が病気にならないように、一度、女神アルディフィア様に祈るのも良いかもしれんな」
「本当ですか!?」
(よし! だったら、護衛はまたラルフに頼んで……)
ディアの考えをベイルが遮った。
「分かった。明日、俺と一緒に神殿に行こう」
(……え?)
とっさにディアは「わぁ、嬉しいです!」と答えたものの、心の中では『それは困る!』と叫んでいた。
(お兄様が一緒だと、もしアーノルドに会えても話すことすらできないじゃない!?)
しかも、ベイルと長時間二人きりというのは、なかなかしんどそうだ。
「あの、メイドのエイダも一緒に……」
ベイルの瞳が細くなったので、不満だということが分かった。
「えっと、エイダには明日お休みを出すので、お兄様と二人でお出かけしたいなぁ……」
ベイルの目元が赤くなった。
--俺の妹はなんてかわいいんだ!
(お兄様、ものすごく喜んでる……)
ひとしきり妹のかわいさを噛みしめたベイルは、軽く咳払いをした。
「いや、二人っきりは無理だ。俺は少し神殿に用事があるからな。護衛にラルフを付けるから、俺が戻るまで二人で待っていてくれ」
「はい」
ディアがホッと胸を撫で下ろした時に、ベイルの心の声が聞こえてきた。
--いつもは馬で移動しているが、ディアがいるなら一緒に馬車に乗っていこう。しかし、馬車は揺れるからディアが危ないか? ああ、そうか、ずっと俺の膝の上に乗せて支えておけば安全だな。
(やめてー!?)
いつも通り無表情なベイルだったが、「明日が楽しみだ」と言い残し去っていった。




