11 神話のお話
ディアが熱を出して寝込んでから、父のディアを讃える脳内ポエムと、兄の過保護がさらにひどくなった。
(熱が下がってから一週間。もう元気なのに部屋から出してもらえない……)
仕方がないので、ディアは父に「本が読みたい」とおねだりした。今までのような子ども向けの本ではなく、この世界の神話や神様についての本が読みたかった。
(アーノルドに付きまとっている、危ない神様について調べなきゃ)
父はすぐに取り寄せてくれた。大量の本がディアの部屋に運び込まれている最中、父の脳内ポエムは絶好調だった。
--ああ、ディアは妖精のように愛らしいだけでなく、こんなに難しい書物が読みたいだなんて。美貌と知力を兼ね備えた君のその姿は、女神アルディフィアより神々しい。
「お父様」
声をかけると父が無表情にディアを見た。ただ、普段より少しだけ眉毛が下がっている。
(お父様って、よく見ると嬉しいときに、少しだけ眉毛が下がるのよね)
一見、冷徹に見える父もよく観察すると、感情の動きが見えるようになってきた。
「ありがとうございます。お父様、大好き」
ディアがぎゅっと父の腕に抱きつくと、父の冷たい瞳はそのままで、眉毛がさらに少し下がった。父が部屋から去ったあと、山と積み上げられた本を一冊手に取り、パラパラめくってサッと目を通す。14歳のディアには難しすぎる本だったが、前世の本好き社会人からすれば理解ができる内容だった。
(まぁね、前世の記憶から、だいたいアーノルドに憑いている危ない神様の正体は予想ができてるんだけど……)
アーノルドの側にいるのは、おそらくアーノルドの母の故郷で祭られている異教徒の神だ。そして、その神のことを天界では『古代の邪悪な神』と呼んでいたような気がする。
(『古代』ということは、天界の神々がこの土地に来る前から、この土地にいた原始の神ってことでしょ?)
元からその土地にいた神に戦を仕掛け、その土地から追い出してしまうという話は、実は神話では良くある。そして、戦に負けて追い出された神々は、後に邪悪なものとして語られることが多い。
ディアの予想通り、この世界の神話の中に、『巨大な力で人々を苦しめる邪神を南に追いやり、新たな神々によってその土地に平和が訪れた』と書かれていた。
(ここまでは私の予想通りね)
あとは、その古代の神が、元はどんな名前でなんの神だったのかを知りたかったが、どの本にもそれは載っていなかった。
(この国の本ではダメね。たぶん、南部地域まで行かないと分からないかも……)
部屋から出してもらえないディアが、本を探しに南部地域まで行くのは不可能だった。
(うーん、アーノルドなら、何か知っているかな?)
ディアは分厚い本を閉じると、アーノルドに会う方法を考え始めた。目を閉じて、小説の『アルディフィア戦記』の内容を思い出す。小説では、王になってからのアーノルドしか出てこないので、子どものアーノルドがどこにいるのかは分からない。ただ、狂王アーノルドは、なぜか神殿にいるシーンが多かった。神殿の美しいステンドグラスを背景に、その場にふさわしくない血生臭い会話を良くしていたので、ディアの印象にも残っている。
(神殿か……。神殿ならお願いしたら、連れて行ってもらえるかも?)
ディアは部屋にお茶を運んできてくれたエイダに「ベイルお兄様に会いたいの。お兄様がお暇なときに、私の部屋に来てくれるようにお伝えして」とお願いした。