10 ごめんなさい
ディアが重いまぶたを開くと、目の前に父の顔があった。父の冷たそうな瞳が大きく見開かれる。
(……お父様?)
声を出そうとしたが、喉がカラカラでむせてしまった。父が後ろを振り返り、「水を!」と叫ぶと、兄のベイルが水を持ってきた。父がディアの背中に手を回し、兄がコップで水を飲ませてくれた。父は険しい表情でディアを見つめている。
--ディアが気が付いて良かった。3日も高熱でうなされて……。私は……クレアのようにまた大切な人を失ったら、どうしようかと……。
父は顔を背けた。兄がディアを睨みつけている。
--やはりパーティになど出席させるべきではなかった。ディアもきっと母上のように体が弱いんだ。俺が守らなければ。もう俺は何も大切なものを失いたくない!
ディアの頭の中に響く温かい声に、思わず涙が溢れてきた。それに気が付いた父と兄が慌てている。
「お父様、お兄様……ごめんなさい」
母が亡くなって悲しかったのはディアだけではない。もう一度、母に笑いかけてもらい愛してるよって言って欲しかったのもディアだけではなかった。父も兄も辛くて苦しんでいたはずなのに、過去のディアは二人には寄り添いもせず向き合いもせず、本と共に一人、部屋に閉じこもった。今まで一体、父と兄にどれほどの心配をかけてしまったのだろう。
「今までごめんなさい……愛しています」
父がディアの手を握った。
「何も謝ることはない。私も愛しているよ、ディア」
兄も大きく頷いている。ディアは微笑むと、先ほどまでとは違い穏やかで心地よい眠りについた。今度はアーノルドの夢は見なかった。
次に目を覚ますとエイダがいた。エイダはすぐに気が付き、水を持ってきてくれた。ディアはベッドから起き上がった。
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
「うん、ありがとう」
気分はいいし、身体も軽かった。カーテンの隙間から部屋に光が差し込んでいる。
「エイダ。今は、朝?」
「はい、お嬢様が寝込んでから4日目の朝です! すぐに温かいスープをお持ちしますね!」
エイダが部屋から出ていくのを見届けてから、ディアは自分の足首のアザを確認した。確かにはっきりと付いていた手形のアザは、なぜか綺麗に消えていた。




