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01 終わりと始まり


 『美しい王子様との結婚式』という、誰もが羨むこの場で一番幸せであるはずの花嫁ディアは、虚ろな表情をしていた。


 目の前に広がる神殿の荘厳な階段を上りきると、そこからはもう逃げられない。なぜなら、階段を上った先には、この国の王子アーノルド=ウィルステンホルムが待っている。そこに行けば、ディアはアーノルドと結婚しなければならない。


 階段の両脇には、花嫁を祝福するために、花かごを持った未婚の女性達が並んでいる。その顔触れは、ディアには見慣れたもので、これから夫になる王子アーノルドの愛人達だった。彼女たちは白い花嫁ドレスに身を包んだディアを見つめクスクスと笑っている。


 ディアは彼女達に『愛のない政略結婚、お飾りの婚約者』として、今まで散々馬鹿にされてきた。


(ようやく、あの冷たい家から出られると思ったのに……)


 ディアが育ったペイフォード公爵家は、『氷の一族』と呼ばれるくらい感情を表に出さない一族だった。それでも母が生きている頃はとても楽しかった。元伯爵令嬢だった母は、明るく笑顔が素敵な温かい女性だった。しかし、ディアが10歳の時に病死。それから、公爵家は変わってしまった。


 ディアの父であるペイフォード公爵は、ディアとは目すら合わせないし、もちろん会話は一つもない。兄であるべイルには、会うたびに睨みつけられる日々。いつしかディアは部屋に閉じこもり、本ばかり読むようになっていた。


 本の世界は楽しかった。勇者に魔法使いに王子様。特に王子様とお姫様が幸せになるお話が好きだった。それから、5年後。ディアが15歳になったときに縁談が持ち込まれた。お相手はこの国の第三王子で、アーノルド=ウィルステンホルムだった。


(私が王子様と結婚?)


 ディアは、『この冷たい家から外に出ると、物語のように、幸せな結末が待っているかもしれない』と心弾ませたが、待っていたのは地獄だった。麗しいアーノルド王子の周りには常に複数の女性がいて、アーノルドもそれを望んでいた。パーティの席では、ディアはいつもアーノルドが他の女性達と楽しそうに過ごす姿を、少し離れた場所から一人寂しく眺めていた。


 しかも、女性に優しいアーノルドは、なぜかディアには辛く当たった。アーノルドが他の女性に優しく微笑みかけるたびに、『私には微笑んでくださったこともないのに』と惨めな思いをしていた。


 そして、ディアが16歳になった今日、そのアーノルドとの結婚式が行われていた。


(嫌だわ……)


 ディアが一歩足を踏み出すたびに、心が切り裂かれるように痛む。


(私の人生って、いったいなんなのかしら……?)


 後、もう少しで神殿の階段を上り切ってしまう。その時、ディアの視界の端に、アーノルドの愛人の一人が、ディアの長いドレスの裾を踏む姿が映った。すぐに身体が引っ張られ、ディアは後ろに体勢を崩した。足を出せば踏みとどまることも出来たが、そうはしなかった。


 ゆっくりと視界が上に動き、雲一つない青い空が見えた。身体が浮遊したようになり、長いベールが風に揺れていた。


(お母様に会いたい)


 このまま階段から落ちたら、天国にいるお母様に会えるかもしれない。そう思ったディアはゆっくりと目を閉じた。大きな衝撃音と共に、周囲から悲鳴が上がり、ディアの意識は途切れた。


 こうして、公爵家の令嬢として生まれたクラウディア=ペイフォードは、結婚式の当日に16歳の若さで亡くなった。



*



 ディアは気が付けば大きな門の前で、眼鏡の男性から質問を受けていた。若く美しい男性は、司祭のような身なりをしていて、分厚い本をめくりながら、これまでのディアの人生を読み上げていた。


(私は死んでしまったのかしら? だったらここは天国?)


 司祭風の男に「相違はありませんか?」と尋ねられ、「ありません」とディアは答えた。


「クラウディアさん、大変言いにくいことなのですが、貴女は亡くなりました」


 そうでしょうね、とディアは思った。しかし、男性は予想外のことを口にした。


「貴女を天界で受け入れることは出来ません」

「どうしてですか? もしかして、私が死にたいと思っていたから?」


 ディアが慌てて男性を問い詰めると、ゆっくりと首を振る。


「実は、貴女の魂は反魂はんごんの儀式をかけられ、古代の邪悪な神によりその魂が鎖で現世に繋がれてしまっているのです」


「はんごん……?」


 ディアが聞きなれない言葉を繰り返すと、男性は「大量の血を生贄に捧げる代わりに、死者を蘇らせるいにしえの邪法です」と教えてくれた。


「うそ……誰が? なんのために?」


 生贄を捧げてまで、ディアを蘇らせたいと思う人なんているはずがない。しかし、男性に指を指され、自分の足元を見ると、黒く重い鎖がディアの足に巻き付いていた。


「これが、邪法? だったら、私はお母様に会えないの?」


 男性は沈痛な面持ちで頷いた。


「それどころか、その鎖を断ち切らないと、未来永劫、魂のまま彷徨い苦しみつづけることになります」


(死んでもまだ、楽になれないなんて……)


 ディアは両手で顔を覆うと可笑しくて笑えてきた。その時、神々しい光に包まれた。見ると、閉められた門の隙間から温かい光が漏れている。


 司祭風の男は「アルディフィア様」と呟いた。それは、ディアの国が崇める女神の名前だった。


 --ディア。


 光から漏れ聞こえる声は弱弱しく今にも消えてしまいそうだ。


 --私の最後の力で、貴女の時を戻します。

 --どうか、王国の未来を救ってください。



 ディアの身体が光に包まれた。司祭風の男が慌てて口を開く。


「他の神々からの祝福として、貴女の前世の記憶と、そして、貴女に好意を寄せている者の心の声が聞える能力を授けます。どうか、この天界をも巻き込む厄災を愛の力で見事払いのけてください」


「何を……?」


 言ってるの? と聞こうとした瞬間に、ディアの意識は途切れた。


*


 豪華なベッドの上で目が覚めたディアは「マジで?」と呟いた。


 前世の記憶を取り戻した今、分かることは、この世界は『アルディフィア戦記』と呼ばれる戦記ものの世界だということ。ディアの前世は、『三雲ユキ』というごくごく普通に働く社会人女性だった。そのユキの趣味が小説を読むこと。この『アルディフィア戦記』は、ユキの大好きな小説の一つだった。なぜなら、戦記とは名ばかりで、内容は戦乱の中、英雄と姫が恋に落ちるお話だったから。


 その『アルディフィア戦記』に出てくる物語の諸悪の根源が、大陸全土を戦火に巻き込んだ血に狂った王アーノルド=ウィルステンホルムだ。


(え? ちょっと待って、アーノルドは第三王子なのに、将来この国の王様になっているの?)


 それは、第一王子と第二王子をなんらかの方法でこの世から消し去らないと実現しないことな訳で。しかも、王になった後にアーノルドがやったことが戦争戦争また戦争。その残虐性とも重なり、狂乱の王の名に相応しい人生を辿ることになる。


(うわぁ……私の婚約者の将来、ヤバすぎる……。私に邪法をかけたの、絶対コイツでしょう!?)


 生きているうちから大人しいディアをあんなに苦しめたのに、死んでからも苦しめるなんてもう絶対に許せない。


(天界? 厄災から救う? そんなの知らない!)


 ディアはベッドから降りると、鏡に映る自分の姿を見た。見た所、13~15歳くらいには見える。


(女神様がどれだけ時間を巻き戻してくれたのかは、後からじっくり調べるとして……。私がやることはただ一つ)


 ディアは自分の手のひらに拳を叩きつけた。パンッと小気味よい音が室内に響く。


「アーノルドに、徹底的にざまぁしてやる!」



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