元・高校生活 夢の跡
肘川のメンバーたちと明乃さんの高校生活を見守っていただき、ありがとうございます。
今回で最終話…………あと+αです。
私が『おばあちゃん』として、病院に戻ってから一ヶ月が過ぎた。
今日は孫の『誠一』が、学校の帰りにお見舞いに来てくれている。
中学生の時は二日おきだったりと頻繁に来ていたけど、高校生ともなると忙しいらしく、ここに来られるのも一週間か十日に一度くらいになるとぼやいている。
私から見てもおばあちゃんっ子の誠一には、『祖母離れ』をする良い機会じゃないかしら。
まぁ、少し寂しい気もするけれど……
「おばあちゃん、起きてて大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。今日は熱もないし、先生から庭の散歩も勧められているわ」
季節は秋が深くなってきた。
お昼の暖かな時間の散歩は気持ちがいいでしょうね。しかも、今の私は車椅子を使わなくても歩けるから。
「……でも、明乃さん、本当に顔色も良くなりましたね?」
「ほんと。最新のリハビリってすごいんですね?」
病室には誠一の学校の友達も来ていた。
しかも、女の子が二人。
一人は歳の割には落ち着いていて、賢そうな表情のちょっと古風な女の子。長い黒髪と小柄のお人形さんみたいな可愛い『琴葉』ちゃん。誠一のクラスメートらしい。
もう一人、となりにいる娘は琴葉ちゃんの幼馴染みだという、中背で茶髪のショートボブ、明るい雰囲気の『紫』ちゃん。
女友達を連れてくるなんて……誠一は誠さんに似てイケメンだものねぇ。
思わずニヤニヤしてしまう。
紫ちゃんがこっそり教えてくれた情報では『誠一くんは琴葉ちゃんの方が本命』だそう。うふふ……もう隅に置けないわね。
「そういえば、この間の『ギモーヴ』をさっそくいただいたのだけど、とても柔らかくて美味しかったわ。二人ともありがとう」
二人は誠一と一緒に来てくれて、私の話し相手もしてくれる優しい子たち。
「いえいえ! あれは、ことはが明乃さんのために選んだんですよー!」
「え? ゆかりも一緒に選んだよ?」
「いーの! ことはがほとんど選んで、あたしは付き添いなの!」
そう言って、キャッキャッとじゃれあう二人はとても可愛い。
この子たち……二人で並んでいるのを見ていると、なんだか茉央ちゃんと美穂ちゃんを思い出すわね。
「何か二人にお礼をしなくちゃね。あ、そうだ……」
「あ、明乃さん、どうぞお構い無く。私たち、好きでお土産選んでいるので……」
「ううん、ちょうどもらってほしい物があるのよ。私が持っててもしょうがないし……ほら、コレ」
それは、私が茉央ちゃんたちと買ったキャラクターの文房具や、テスト勉強に使える便利道具だ。
「あ! コレ知ってる! バンキューの最新文房具って、前にテレビで紹介されてたやつ!」
「『メタボにゃんこ』シリーズ……? これ……かわいい……」
「二人にあげるわ。リハビリしている時にね、あっちで友達になった女子高生と一緒に買い物に行ったのよ。とても楽しかったわ」
「ありがとうございます!」
「大事にします」
良かった。あの時、勢いで買ってしまったけど、やっぱり若い子に使ってもらうのが一番ね。
「でも、その『肘川北高校』だっけ? 高校生がお年寄りのリハビリを受け入れるなんて……凄い取り組みだよね?」
「誠一、まだ研究段階だから極秘ね」
「大丈夫、分かってるよ」
私が肘川に行った理由は『若い子たちと過ごす、最新のリハビリ』ということになっている。
もちろん、若返っていたなんていうのは信じてはもらえないと思うし、それは梅先生たちとの秘密だ。
「そういえば、おばあちゃんのリハビリの時の話、あんまり聞いてなかったけど……?」
「うん、そうね。本当に楽しかったのよ。友達になった子たちが良い子でね。そうそう! 色々とおみやげももらっていたわね!」
誠一に頼んで、上の戸棚から物を出してもらう。
「一緒に授業も受けて……あとは、温泉にも行ったのよ。それとね、若い子たちは色々な趣味も教えてくれたの。エク…………なんだったかしら……? とにかく、何でも活発でねぇ」
「あ……! これ『トリトラ』だ!」
琴葉ちゃんが荷物の中から、美穂ちゃん……ぶるうちいず先生が描いたマンガ本を見付けた。
「わぁ、こんな大きな本あったんだ!」
ノートのような大きさで薄い本。
いつもは物静かな琴葉ちゃんが、本を手に目をキラキラさせている。
「え? 『トリトラ』にそんな本は…………んんっ!? ちょっ……ことは! ちょっと貸して!!」
「あっ、ゆかり~!」
琴葉ちゃんから取り上げた本をパラパラとめくった紫ちゃんは、眉間にシワを寄せて何とも言えない顔をした。
「これ、BLじゃないの! うちのお姉ちゃんの部屋にあった同人誌と似てる!」
「………同人誌? それに、BLって何?」
キョトンとする琴葉ちゃんの向かい側、紫ちゃんの後ろから誠一が本を覗き見て口の端をひきつらせている。
「僕の妹の部屋にも似たのあるよ……」
「弥生くん、妹さんいたのね」
「え、みんな読んでるの? ゆかり、私も読みたい!」
「だ……ダメぇっ!! 何か、ことはは読んじゃダメな気がする!!」
「何で? ゆかり、いつも『トリトラ』貸してくれるのに。私が読める、数少ないマンガだよ」
「これは大人の……全年齢だけど違うの! ことはは絶対ダメぇっ!!」
「柏木、やめておいた方がいい……」
「や、弥生くんまで……!?」
誠一と紫ちゃんに反対されても読みたい琴葉ちゃん。背の高い紫ちゃんから、必死に本を取ろうと頑張っている。
「あらまぁ、別に『耽美』ものなんてたいしたことないのに……」
「た……耽美って……いくら親しくなったからって、おばあちゃんにBL同人誌を渡す女子高生がいるなんて……」
「ふふ、甘いわね誠一。女っていうのは、何歳になっても“女の子”を残しておかなきゃ。若い子と仲良くなった時に、色々と通じるものが必ずあるものなんだから!」
「……………………」
誠一が何か言いたげに顔をしかめていたが、それを無視して琴葉ちゃんと紫ちゃんを眺めていた。
その時、ベッドの枕元からヴヴヴ……と音がする。
どうやら私の携帯電話の振動音のようだ。
「あ、“メッセ”が入ったわ。どれどれ……」
「おばあちゃん、すっかり携帯使えるようになったね?」
「そりゃあね? 暇さえあればいじっていたもの。一ヶ月もしたら覚えるわ」
実はこの携帯は、私が病院に戻ってすぐに息子が買ってくれたもの。
「おばあちゃんが急に『携帯が欲しい』って言ってきた時、父さんたちビックリしてたんだよ」
「ふふ、急にごめんね。やっぱり今の世の中、携帯くらいは持ちたくて……」
ここに戻ってきたあの日。
普津沢さんが帰った後、茉央ちゃんたちの連絡先を見た私は、真っ先に息子に携帯電話をお願いした。
私が茉央ちゃんたちに直接、電話をすることはできない。
直に話すことや会うことは、極秘にする約束を破ることだと契約書に書かれていた。
しかし、普津沢さんは言った。
“良い『便り』が送れると良いですね”……と。
つまり、携帯やパソコンからのメールは見逃してくれるということ。
携帯を手に入れてすぐに操作を勉強して、その日のうちに“メッセージ”を送った。
少しの間があったあと、そのメッセージに返信がきた時、私の目頭はとても熱くて、なかなかそれが読めなかった。
“待ってたよ。明乃ちゃん”
“おかえりなさい”
茉央ちゃんも美穂ちゃんも、元気でいてくれればそれでいい。
願いを込めて、もう一文を送る。
――――“ただいま”
………………………………
……………………
私は『弥生 明乃』。
女子高生ではなく、おばあちゃんとしてでもなく、ただの『弥生 明乃』として今日も言葉を送る。
「え~と……『今度、友達と一緒に地元で人気のチーズケーキを食べることになったよ!』…………と」
夕方、なにげない会話文を作っては送った。
『チーズケーキ! いいなぁ!』
『食べる前に画像求む!』
そして、なにげない会話文が返信ってくることに、毎回喜びを感じている。
なぜか、茉央ちゃんと美穂ちゃんは『明乃ちゃんの写真送って』とは言わない。
私が会話に出さないことに、勘の良い彼女たちが察してくれているのか。
まさか…………全部解っていたりして?
さすがに、それはないよね。
ふと、窓辺の花瓶に生けられた『紫苑』の花がゆれる。最近は窓から入る風が冷たくなってきた。
これから、学校ではまだまだ沢山のイベントがある。
自分が一緒に体験できないのは残念だけど、彼女たちの報告を楽しみに待っていよう。
「…………もっと長生きしなきゃね」
友達が幸せになっていく過程を、少しでも多く見届けたい。
温かくなった胸を冷やさないように、開いていた窓をそっと閉めた。
ゆる~いオマケ。
琴葉「ゆ~か~り~! 明乃さんも読んで良いって言ってくれてるよぉ! その本、貸して~!」
紫「ダメぇっ! ことは、あなたはそのままでいてー!! っていうか、いつものことはなら『ああ、そう。ならいいや』って引き下がるのに、何でこんなに必死なのー!?」
琴葉「読みたーい!」
誠一「二人とも、ここ病院だからね?」
明乃「あらあら、紫ちゃん大丈夫よ。きっと琴葉ちゃんも楽しめるから……仲間が増えるって良いことよ? うふふふ……」
誠一「…………(何でだろう? おばあちゃんの笑顔が黒く見える……)」
※こうして“腐界の住民”はゾンビ並に増えていく。
お読みいただき、ありがとうございます。
次の『+エピローグ』で最終話です。




