高校生活0日~1日
「レディ、貴方はもう一度、若さを手にしたくはないか?」
「……はい?」
あらあら……美容整形の先生かしら?
「私の名は『峰岸 梅』という。見ての通りの天才科学者だ。白衣を着たものが全て医者とは限らないのだよ!」
「まぁ……お医者さまではなく、科学者さんでしたか……」
ますます分からない展開になったけど、この人の眼の奥が笑っていないことに気付いた。この女性が本気であり、人を騙そうとしていないことに少し興味が湧いてきてしまう。
聞いてみようかしら……健康になれるのは良いことだものね。
「若さとおっしゃいましたが、お肌の手入れとか骨粗鬆症の予防などでしょうか?」
「その若さとは、その辺のアンチエイジングなんかではない。本当に『若返る』ということだ! レディには私のこの薬の実験台として…………」
「……っ!? こんなところに居らしたのですか!? 峰岸さん!!」
そこへ慌てたように病室に入って来たのは、私の担当医の『咲間先生』だった。
「む、私は今、こちらのレディに治験の申し出をしていたところだ。邪魔をしないでもらおう!!」
「治験の検体はこちらで探しますので、患者さんに直接頼むのは止めていただきたいっ!」
咲間先生はかなり慌てている。確かに、自分の患者さんに何かあれば責任は先生だものね。
「フフ……咲間先生……そんなこと、貴方とこのレディが許してくださるなら問題はないのですよ。医院長も許可をくれましたし……フッフッフッ……」
「なっ……医院長が!? そんな馬鹿な!!」
「『コレ』を見ても、許可はいただけませんかね?」
そういうと、峯岸さんは再び胸の間から何かを取り出した。どうやら、写真みたいなのだけど……?
「そ……それは!?」
「医院長と内科の椎丈先生、そして、咲間先生の三人が写っている。ここが何処だか……分かりますよねぇ?」
「や、やめろ!!」
「確か店名は【リリーのおさそい♪】で、コンセプトが秘密のメイド姉妹のお茶会という“百合系メイド喫茶”だったはずですが?」
「ぎゃあああああっ!! 患者さんの前で言わないでぇぇぇっ!!」
可愛い女の子たちと写っている写真を前に、咲間先生が叫んで膝から崩れ落ちる。
喫茶店? 文化祭か何かかしら。
楽しそうな写真だけど……?
「これを今度の医学学会のスライドショーに紛れさせたら……フフフ……あなた方はどうなりますかねぇ?」
「うううっ……これがバレたら椎丈先生共々、妻にどんな目に遇わされるか…………」
あら? 何かいかがわしい所でしたの?
それじゃ、奥様は怒りますね。
ふと、誠さんが女の子たちと楽しそうにしている光景が浮かんでしまい、ちょっとだけムッとしてしまった。
「…………では、許可はいただけますかな?」
「分かりました。しかし、これは上層部だけの極秘にしていただきたい。こんな実験が知られたら、世間の科学への批判は止まりませんので……」
「もとより。極秘の上、患者さんの身体に負担は掛けないと約束しましょう。さぁ、レディ!」
峯岸さんが白衣をなびかせ、こちらを振り向く。
「貴方の身体を一番に考えて、医療の完全バックアップの上で行動することを誓います。私の研究を助けていただけますかな?」
大袈裟に手の振りを加えて、片膝をついて礼をしてくる。まるで、演劇の王子様みたいで素敵じゃない?
「こんな、おばあちゃんがお役に立てるなら……」
殊勝なことを言ってみたけど、ほとんどは自分の意志。だって何だか愉しそうだもの。
きっと、家族に言ったら反対されると思うから、これは私ひとりの判断だ。
ふふ、悪巧みをする気分だわ。
「よし! すぐに準備を! 人類科学の土手っ腹に風穴を空けてやるぞ!! フッハハハハハ!!」
それから、峯岸さん率いる病院側の行動は素早かった。
土曜日に私の身体を隅から隅まで調べ尽くし、日曜日に薬品との相性を診て、実行に移す準備を整える。
家族には私と病院側から『新しいリハビリ施設へのモニター』ということで、一時的な転院をするが安心してと伝え、二週間は見舞いをする必要はないことを言い含めた。
そして、月曜日。
実験の本番の日の朝が訪れた。
「準備は良いかね? なに、堂々としていれば貴女は完璧だ。完璧な私が言うのだからな」
「そ、そうですね。私、がんばります! 見ていてくださいね、梅先生!」
…………あぁ緊張する。
今の私は私ではないようだ。
ガラガラガラガラ!!
遠慮なく引かれた戸に、私はドキリとしながらも興奮を抑えきれなかった。
「おはよう!! 今日は転校生を紹介するぞ! 喜べ男子ども、転校生は美少女だ!!」
梅先生……大袈裟な紹介はやめてくださいな。
倒れそうな気分になりながら先生の隣に立つ。
「こ……こんにちは。私は『弥生 明乃』です。よろしくお願いいたします」
たった二週間。
今の私の年齢は“16歳”。
私はこの【肘川北高校】で“女子高生”になった。