高校生活8日(少しのズレ)
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ゆっくり更新ですが完結まで頑張ります!
「ふぁああ~…………むにゃ……」
月曜日。新たな週の始まりの日。
今朝も爽やかな朝。気持ち良く目覚めた私は大きく伸びをする。
その時、ベッドサイドの目覚まし時計が視界の端に入った。
元々、おばあちゃんである私は、いつも朝早く目覚めてしまう。決まって起きるのは四時半くらい。早い時は三時半かしら?
「う~ん、今日も天気が良さそう…………ん?」
しかし、今朝は違った。
「……え………………朝の“八時”…………?」
一瞬、鏡の中の時計を見たかと思った。
………………待って。八時? 四時ではなく?
チュンチュン…………チュンチュン…………
チチチ…………
そういえば、外が妙にハッキリと明るい。
………………………………ち…………
「――――ち、遅刻ぅうううっ!!!?」
私はベッドから文字通り『飛び起きた』のだった。
ずどどどどどどどどど!!!!
私は今、人生最高のスピードで道路を駆け抜けている。
きゃあああああああっっっっっ!!!!
ちぃぃぃこぉぉぉくぅぅぅっっっ!!!!
まさかこの歳になって、学生さんがよくやるという『口に食パンを咥えて学校まで走る』なんてことを、私が実行することになるとは思わなかった。
厳密に言うと、私が目覚めたのは『八時十分』。
幸いなことに私がいるマンションは、学校から徒歩十分の位置にあった。教室までいくなら十五分くらいかな?
十分で身なりを整えて、十分で教室まで走ればなんとかなるはず!! …………と、何とも情けない考えが一瞬で浮かんで、それを実行しようと猛ダッシュをしている。
キーンコーンカーン…………
走っている最中に『八時二十五分』の予鈴が鳴り響いた。
間に合えぇぇぇぇっっっ――――!!!!
結果。
「あ、明乃ちゃん、おはよー……?」
「おはよ……大丈夫……?」
「はぁ~……はぁ~……ごほっごほっ! ふぁ~……ま、間に合っ…………」
キーンコーンカーン……
本鈴が鳴る。何とか滑り込みね。
「つ、疲れた…………もぐもぐ……」
咥えてきた食パンを完食しペットボトルの水を飲み込んで、やっと息や動悸が落ち着いてきたところ。
こんなに走ったことなんて若い時もなかったわ。私、朝起きるのは得意なはずだったのに……。
いくら、昨日は旅行から帰ってきて疲れていたとはいえ、こんな醜態を晒してしまうなんて。
気付けば目の前で、茉央ちゃんと美穂ちゃんが苦笑いを浮かべている。
「明乃ちゃん、昔の少女マンガのヒロインみたいだったよ」
「朝から貴重な体験したわ……食パン咥えて『遅刻!』と走る女子高生……ふふ、明乃ちゃん面白い!」
「え? みんな、したことないの!?」
「「しないしない」」
なんてこと、娘が読んでいたマンガには、さも当たり前のように描いてあったのに…………もう、時代遅れだなんて。
「はっ! もしかして、キャロリーメイトの方が今風……!?」
「あははは。流行りじゃなくて、走りながら食べるのは危ないって話だよ」
「あ……そうよね……」
走りながら……は、危ないよね。はしたないし。
「は……恥ずかしい~……」
「あははは、可愛いなぁ!」
「ふふふ。明乃ちゃん、食パン一枚だけじゃ足りないんじゃない? 一時限目か終わったら、みんなで売店に何か買いに行こうよ」
「うん……実は、ちょっとお腹空いてるの……」
「そうだよねぇ。育ち盛りなんだから足りないよね!」
…………育ち盛り……か。
一瞬だけ、胸がチクリと痛む。
「よーし! 学徒諸君! 朝のホームルームを始めるぞ!!」
梅先生が教室に入ってきて、今日も高校生活が始まった。
私がこの学校へ来て一週間。
そして、残りがあと六日。実際は土曜日もあるから、学校へ来るのは今日も入れてあと五回。
梅先生の話では、土曜日の夕方くらいには薬の効き目が消えるので、その時に元のおばあちゃんの姿になる。
一応研究としては日曜日まで観察するらしいので、日曜日で梅先生や肘川に別れを告げることとなるみたいね。
土曜日……もしくは、金曜日には茉央ちゃんや美穂ちゃんとお別れかぁ。ちょっと寂しいわ……。
私はおばあちゃんなのだ。元の姿になれば、二人とも友達としてはいられないだろう。
別れるなら若い姿のうちに。
笑って見送ってもらおう。
「……さぁ、残りを楽しもう」
他に聞こえない呟きに、自分自身を奮い起たせた。
休み時間になって、小腹を充たすものを買いに売店へみんなで行く。
ちょうどいい小さなマフィンと、お昼用のお弁当を買ったのだけど、この高校の売店はとても充実している。まるでコンビニエンスストアのよう。
「わぁ、すごいわね、こんなに文房具の種類が!」
たくさんの種類の色ペンやノート、さらには機能性だけではないお洒落な付箋や、ツボ押しなどのマッサージグッズまで!
「すごいすごい! これ可愛い! あ、こんな消しゴム見たことない!」
わぁあああっ! 可愛いーっ!!
私の若い時は売店でこんなに多くの種類は売っていなかった。
しかも、お洒落だし可愛いし実用的だしっ!!
「あはは、最近の文房具は本当にすごいよね。一年もしないで新しいのが出てくるから、私もよく集めちゃうよ!」
「そうだ、今日の帰りにモールにでも寄ろうよ。私も新しいペンを見にいきたいし」
「お、いいねいいね! 明乃ちゃんも行く?」
「行く!」
可愛い文房具! 楽しみ!
――――放課後。
茉央ちゃんと美穂ちゃんに連れられて、文房具のショッピングへ。
まるで化粧品か宝石売り場のような並びに、私の気分は最高潮になってしまった。
まるで夢のような時間だったわ……こんなに文房具に興奮するなんて。
可愛いものを三人で見て、きゃあきゃあと言いながら選りすぐりのものを買って帰った。
マンションへ帰ると、ちょうど梅先生が身体のデータを取りに来ているところだった。
「ほぅ? 何だか楽しそうな顔をしているな?」
「え? 分かります?」
そうだ! 梅先生にも見てもらおう!
「見てください、これすごいんですよ!」
「ほうほう、どれ……」
先ほど買った文房具やコスメを広げて、二人と買い物をした場所や店の雰囲気を教える。自分で言っていても、再び楽しさが湧き出てきて笑顔が止まらない。
「明乃くん、これは良いものだな? テスト勉強にも使える」
「はい、明日から早速使ってみようと思います!」
「そうか……では、残り一週間を楽しむといい」
「へ……一週間………………あ……」
そうだわ……私、何をやっているのかしら……?
「私、今週で…………」
「………………」
浮かれてはしゃいで。
私は次の土曜日で、おばあちゃんに戻るというのに。
「ごめん……なさい……」
「何故、謝る必要が? 楽しかったのだろう?」
「…………はい。でも」
「さ、身体のデータを取る。用意してくれたまえ」
「はい……」
検査の上着に腕を通しながら、私の胸には冷たいものが去来している。
私は七十の老人だ。
なのに、さっきまでそれを『忘れて』いた。
今朝のことといい、私が『私』とズレていく感覚がある。
そこでふと、私は“いけないこと”を考えてしまった。
――――このまま、戻りたくない。…………と。
チャ~ラッチャ~チャ~ラッチャ~♪
茉央「本日はここ、バンキュー百貨店へやって参りましたー!ここは雑貨と文房具のコーナーです!!」
美穂「FOOOOOOOO!!」
明乃「………………っっっ!!」
茉央「見てください、このラインナップ!! 乙女心をくすぐるキュート雑貨やら面白グッズまで!!」
美穂「FOOOOOOOO!!」
明乃「~~~~っっっ!!」
茉央「やっぱり人気なのはこれ! 昔から定番の『ドズニーマウス』や『ハローギルティちゃん』かな!」
美穂「時代によってデザインも変化! あとは大人気アニメの『撃滅の巨刃』ですね!」
明乃「か~わ~い~い~っっっ!!」
茉央「おぉっと! どうやら明乃さんの心を鷲掴みにしたグッズが現れたもようです!!」
美穂「一体、どんなキャラグッズ…………ん?え?これ……」
明乃「すごく……かわいい……」
茉央・美穂「『メタボにゃんこ』……サラリーにゃん……?」
そこには太った、おっさんのような白猫。
七三に分けた黒髪がちょこんと乗り、眼鏡とネクタイを付けてふてぶてしく転がっているイラスト。
明乃「これ、買う……」
茉央「こういう売場で必ず一つは見掛ける、シュール系のゆるキャラだね。新発売だって」
美穂「明乃ちゃん、けっこう渋い趣味だね。でも…………」
明乃「かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……」
茉央・美穂「……………………」
思わず『メタボにゃんこ』のシリーズを手に取る二人。
茉央「なんか、だんだん可愛く思えてきたかも」
美穂「うん。愛嬌があるね」
明乃「かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……」
モブ女子高生A「え?何あれ、流行り?」
モブ女子高生B「やべ、可愛くない? 買ってる人いるし」
明乃「かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……」
モブ女子高生C「あたし、買ってこう」
モブ女子高生D「わ、私も!」
明乃「かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……かわいい……」
売場にどんどん集まる女子高生。
店員「あのコーナー、女子高生が群がってますが……」
雇われ店長「むっ!ヒットの予感だ!明日、売場を拡げるぞ!」
店員たち「「「はい!」」」
数日後。
チャ~ラッチャ~チャ~ラッチャ~♪
リポーター「こちら、人気雑貨のコーナーにきています!ご覧ください!!この女子高生の列を!!」
『メタボにゃんこ』シリーズはその後も空前のヒットを続け、シュールゆるキャラの地位を確立していった。
※ヒットの仕掛け人は女子高生である。一応。
明乃ちゃんは意外にシュール好き。
あとがき話、長っ!?Σ( ̄□ ̄;)




