主人公。幼馴染を寝取られた(?)挙げ句、クビになる
「ガッツ。今日限りでテメェはこのパーティーを抜けろっ! その面…二度と俺の前に見せんなっ!」
冒険者ギルド【蒼い方舟】の二階。
その奥に、ここのギルマスに認められた者だけが利用する事が許されている空間がある。
通称 “王者の間”。
そこに置かれている超高級素材で作られたソファーに、横柄な態度で深く腰掛けている体格の良い人物が、先程の言葉を自分の目の前で佇む長髪の青年に向けて発したのである。
青年は暫くの沈黙の後、静かに返す。
「理由を聞いても良いかゴルド。何で俺が外されるんだ?」
「そんなの決まってンだろうがっ! テメェが気に食わねからだよッ!!」
声を荒げ、然もそれが当たり前の様に返答する『ゴルド』と呼ばれた大男。
青年は軽く溜め息を吐き、周囲を見回す。
ゴルドを中心として、他のメンバーも『これがみんなの総意だ!』とでも言いたげな表情をしていた。
青年は肩を落としながら分かってはいるけど、ダメ元で他の奴らにも訊いてみる。
「一応聞かせてくれ。皆もゴルドと同じ意見なのか?」
すると堰を切ったかの様に、数々の不満や暴言を浴びせられる。
「アンタ、前々からウザかったのよ!」
「そうだ! 弱ぇークセに指図なんかしやがって!」
「無駄に声もデケェーしなっ!」
「独りだけ無駄にヤル気を出さないでほしいですっ!」
「いつも暑苦しいんだよ、キミ…」
「実に迷惑だったでゴンスッ!!」
「この能無しがッ!」
「ウザッ。ダル。キモッ。死ねば…?」
散々な言われようである。
まさかここまで嫌われていたとは…。
覚悟はしていたが、流石に滅入る。
縋る想いで…最後の希望に全てを託す気持ちで、目の前に座る同郷の者達──。
幼馴染たちにも訊いてみる。
「お前達は──お前達も俺が邪魔なのか?」
「それは……」
「えっと…あの…そのっ……」
「ううっ……」
三者三様。
異なる反応をとるが、どれも自分を拒絶する感じの対応だった。
昔幼い頃「大好き」や「将来お嫁さんにして」や「ずっと一緒に居ようね」って言った手前か、三人共申し訳ないっといった表情をしている。
そんな顔するなら、ちょっとで良いから擁護ぐらいして欲しい…。
いや、彼女達にそれを求めるのは酷な話だ。
しっかり者で頼りになるけど、素直になれない黒魔導師──
“レレーネ”
とても心優しいが、引っ込み思案の白魔導師──
“コロン”
甘え上手で気配り上手なのだが、場の空気に流されやすい盾騎士──
“フィー”
三人とも此処まで上り詰めるのに、努力と苦労を重ねた。
今更その立場を悪くする様な発言をしたくないのだろう。
仕方ない、彼女達は悪くない…。
分かっている。
悪いのは“力”の無い自分自身なのだと。
けど…それでも、此処まで一緒に頑張ってきた竹馬の友の筈なのに──。
ガッツが半ば諦め掛けていると、不適な笑みを浮かべたゴルドが、トドメと言わんばかりに追い討ちを掛ける。
「おっと。コイツらに期待しても無駄だぜ。コイツらはもう俺様の“女ども”なんだからよっ!」
そう言って彼女達を抱き寄せるゴルド。
「ちょっと! ガッツの前では止めてよっ…」
「そうだよぉ…。それにみんな見てるしぃ…」
「はっ、恥ずかしいですぅ…」
「ガハハハ! 別に良いじゃねぇか。お前ら三人とも、昨日もあんなに俺様の立派な“逸物”を心底嬉しそうに受け入れて、ヨガってたんだからよ!」
品の無い笑い声をあげて、更に抱き寄せるゴルド。
レレーネの肩から腕を回し、形の整った美しい胸を鷲掴みにする。
もう片方の腕で、コロンの脇からその豊満な胸を揉みしだく。
三人の中で一番小柄なフィーは、自分の膝の上に深く座らせる。
「あんっ! もう…ほんとスケベなんだから…♡」
「らめぇっ…! もっと優しくしてぇ…♡」
「はうぅ…。お尻に当たってるですぅ…♡」
三人とも軽い抵抗をみせるが満更でもない顔をし、無理矢理な感じはない。
寧ろ恍惚な表情を浮かべて甘い吐息混じりに、愛おしい者でも見るかの様にゴルドを見詰める。
それだけでガッツは瞬時に悟る。
『ああ…なるほど。そう言う事か…。自分は本当に邪魔者なんだな……』──と。
「へへっ。羨ましいだろう? 悔しいだろう? テメェに惚れてた女どもの初めては、とっくの昔にこの俺様が頂いていたんだからヨオ!!」
下卑た笑みを浮かべ、鼻息を荒くして勝ち誇るゴルド。
ゴルドに為すがままにその魅力的な肉体を弄ばれている幼馴染達を、どこか冷めた目で見るガッツ。
そんのガッツの視線に気付いた三人は顔を伏せ、申し訳なさそうに呟く。
「ごめんガッツ。こう言う事だから…」
「ガッツ君を嫌いになったんじゃないの! ただ…あのっ…えっと……ごめんなさい……」
「ガッツお兄ちゃん、許してぇ…」
三人の懺悔にも似た弁解を聞きながらガッツは思う。
いや、謝られても困る。
寧ろ今迄気付かなかった此方こそ済まない。
なんなら今更だけど、お祝いの一言でも贈った方が良いのか?
正直、羨ましいか羨ましいくないかで言ったら羨ましいが、別に悔しいとは思わない。
そりゃあ三人とも実に魅力的な容姿をしているが、だからと言って彼女達が誰と付き合おうが、ナニをしようが文句は無い。
彼女達だって一人の人間で女性だ。
情欲だってあるだろう。
【冒険者】と言う職業は常に『命の危険』と隣り合わせ。
とても簡単な依頼ですら、予想外の緊急事態に遭遇して、命を落とす事なんて粗にある。
だからそういった“欲”が人一倍強くなる者もいるし、女性なら頼りになる強い男に惹かれるのも仕方ない。
幼き日に「好き」と言った初恋の相手なんかより、有能な今の男に靡くのはごく自然な事。
それに昔「好き」とは言われたが、彼女達と自分は“恋人関係”にあったわけではない。
あくまでも好意を持たれてただけなのである。
なので、別に『浮気された!』とか『寝取られた…』とかも思わない。
ただガッツが思い・考え、言いたい事は
(そう言う事はもっと早く言って欲しかった…。そしたら自分だって──)
浅く溜め息を吐き、三人を見やりながら言葉を返す。
「別に怒ってないし、謝る必要なんてないさ。こっちこそ悪かったな、気付かなくて…。成る程、俺が居ちゃあ確かに気まずいもんな…。分かった、俺はこのパーティーを抜ける。話はそれだけかゴルド? それならもう行くぞ。俺なんかを入れてくれるパーティーを、新しく探さないといけなくなったからな…。それじゃあな…」
その場を去ろうとするガッツ。
けれど、ゴルドのダミ声で静止させられる。
「待てよ。話はまだ終わってねぇーぞっ。おい、ギルマス!」
ゴルドのその一言で奥の方からゴルドより巨体で、大柄な人物が出てくる。
この【蒼い方舟】のギルドマスター
“アヴェイン”だ。
アヴェインは思わず身を縮まらせてしまう程の威圧感を放ちながら、ガッツに近付いて正面に対峙する。
その姿はまさに超巨大熊。
ガッツも高い方だが、ゴルドや…況してや目の前に居る怪物と比べたら、可愛い方だ。
普通サイズに見える。
アヴェインは顔や、女性の胴周りぐらいある豪腕に無数に付けられている傷から、只者ではない事が直ぐに分かる。
傍に居るだけで…対峙しているだけで息が苦しい。
それだけの威圧感・存在感の人物である。
そんな人にガッツは臆する事なく、気軽に話し掛ける。
「どうしたマスター。マスターも俺に何かあるのか? まさか……」
「相変わらず察しが良いな。済まないガッツ、このギルドを辞めてくれ…」
強面だけど何処か優しさを感じる表情を崩し、本当に申し訳なさそうに言ってくるアヴェイン。
それに対して黙ってアヴェインの瞳を見つめ、事の発端を…こんな事を企てた人物の憎たらし顔を頭に浮かべながら、物思いに耽るガッツ。
(そんなに俺の事が嫌いだったのか、ゴルド…。俺はお前の事を気が知れた幼馴染で、なんだかんだで分かり合えてた悪友だと想っていたんだがな…)
本日三度目の溜め息を吐いて、アヴェインに問う。
「大体予想が付くが……一応聞かせてもらって良いか? 何で俺がギルドを辞めないといけないんだ?」
「ゴルドのヤツがお前を辞めさせないと、自分が辞めると聞かなくてな。アイツは今じゃあギルドの稼ぎ頭だ。頼む、分かってくれ…」
深々と頭を下げるアヴェイン。
ギルドの長である彼が、一冒険者でしかないガッツに頭を下げるとゆうのは余程の事。
でもいくら物分かりが良いガッツだって、ここは簡単に納得出来ない。
このギルドをクビになってしまったら、文字通り無職になってしまう。
ここ以外に無能な自分を受け入れてくれるギルドなんて、この王都には存在しない。
少なからず、ガッツは記憶しない。
だからガッツも食い下がる。
「俺は俺なりにこのギルドに貢献してきたつもりだ。皆が嫌がる仕事や拒む案件。面倒臭がる依頼や雑務や雑用だって沢山熟してきた。それでも……駄目か?」
「ああ…。お前にはとても感謝している。本当に良くやってくれた。何度も助けられた、ありがとう…」
「だったら──」
「だが所詮、雑用だ。悪いが代わりは幾らでも居る。本当に勝手で申し訳ないとも思う。しかしどうか頼む、分かってくれ! この通りだ…」
再び頭を深く下げるアヴェイン。
此処までされたら流石にガッツも退くしかない。
第一、これ以上粘っても無駄だろう。
一度彼が決めた事は絶対なのが、
蒼い方舟の掟だ。
自分が追放なのは覆らない。
それに彼には色々と借りがある。
これ以上駄々を捏ねて困らせたくない。
なので溜め息混じりに肩を落としながら、諦めがちの口調で顔を上げるようアヴェインに促す。
「顔を上げてくれマスター…。分かったよ、アンタには駆け出しの頃から面倒を見てもらってる恩があるからな…。これ以上迷惑を掛ける訳にはいかないな。仕方ない、残念だけど俺はこのギルドを辞めるよ…。これまで色々と世話になったな。ありがとう…」
そう言って、王者の間を去ろうとするガッツ。
出口付近まで来ると一度だけ振り返り、恨めしそうに幼馴染達を見やる。
その瞳からは僅かにだが、ガッツには珍しく負の感情が…黒い感情が溢れ出てるのが読み取れる。
『お前達までも俺を裏切るのか?』
『あの人や彼女の様に…!!』──と。
しかしそれはほんの一瞬で、直ぐさま頭を振り、無理矢理感情を抑え込んで、いつもの優しい…“仲間”に向ける視線へと戻す。
そうだ。
彼女達は何も悪くない…。
彼女達はただ“最善の選択”をしただけだ。
裏切られたなんて烏滸がましいし、全くの御門違いだ。
仮にこれが裏切りだったとしても、裏切られる“力”の無い自分が悪い。
それに、あの人や彼女の場合だってそうだ。
あの人も、何か理由が…事情があったかもしれないし、彼女に到ってはどうしても仕方なかった。
寧ろ、一番悔しい想いをしているのは彼女の方だろう。
【冒険者】という職業に誰よりも夢や希望、憧れを抱いていたのは彼女自身だ。
それを諦めてまで彼女は───。
先ほどのガッツの怖い視線を敏感に感じていた三人は身震いし、身を縮ませて無意識に自らゴルドに身を寄せる。
それに気付かないゴルドは何かを勘違いして、ゲスな笑い声をあげ、ガッツを睨み見る。
「おっ! ゲヘヘ、よしよし。後で三人共まとめてたっぷりと可愛がってヤるからヨオ! おい、いつまでそこに居る気だあ! さっさと出てけよ、この女々しい負け犬があッ!! そうだ。お前らからも最後にあの負け犬に何か言ってやれよ!」
オシャレでも何でもない、汚い無精髭を生やした顎を使って三人を促すゴルド。
暫く黙っていた三人だったが、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出す。
「ガッツ…。私…やっぱり貴方の事が……」
「ガッツ君…。さよならじゃないよね? また逢えるよね? 私達…幼馴染だもんね…? だから…」
「お願いガッツお兄ちゃん…。私を嫌いにならないで…」
菫色の美女と、亜麻色の乙女と、斑色の少女が、
揃って辛そうに言い淀む。
再び冷えきった目で三人を見詰めたガッツは、寒気がするぐらいの乾いた微笑みを返すだけで何も言わず、前を向いて歩きだす。
(今更どんな言葉もいらない…。ソイツが言う通り、負け犬はただ去るのみ。お前達は幸せになれよ…。──サヨウナラ…)
哀愁で溢れる、寂しくて悲しい敗北者の背中を嘗ての友たちに見せながら、ガッツはギルドを後にする…。
そんなガッツを最後の最後までコケにする、人物の不快な雑音がギルド内に木霊する。
「ガハハハ! じゃあな、惨めな負け犬野郎ッ!! ああ、最後に伝言を頼むぜ。もし故郷に帰るんならよぉ、アイツに伝えといてくれヨオ。お前だったら、俺様はいつでも大歓迎だってなあっ! お前は俺様の一番のお気に入りだったからよっ。直ぐにでも良い思いをさせてやるってなあっ! ガハハハハッ!!」
こうしてガッツは長年連れ添った仲間たちに唐突に…一方的に別れを告げられ、身を粉にしてまで働いていた職場を有無も言わせず追われる事になって、全てを失った……。
──だが、まだ彼・彼女たちは知らない…。
後にガッツが『世界最高の冒険者』と呼ばれ、世に名を馳せることを。
数々の偉業を成し遂げて『伝説の大英雄』と褒め称えられることを。
数多の命を救い・助けて『異端の救世主様』や『無敵の巨神様』と崇められる様になる事を。
様々な国の王や主。
支配者等から絶賛・賞賛されて『最強の勇者』の称号を与えられる事を──。
──そして彼女達は後悔する…。
この時ガッツを庇うか、
追いかけなかった事を…。
幼い頃からの想い人で、本当に大好きだった幼馴染の彼を裏切ってしまったことを…。
こんな男を選んでしまったことを…。
力に溺れて己の能力を過信し、
相手の力量も測れない未熟者。
その癖プライドだけは無駄に高く、
出来もしない大口だけは叩く木偶の坊。
何の鍛練も修練も積まないで研鑽も努力もしないのに、上手くいかない事があれば直ぐに周りの所為にする、救い様のないクズ。
そんな男に人生たった一度きっりの大切な純潔を、無残無惨と捧げてしまったことを…。
あの娘が身を引いてまでくれたチャンスを、
見す見すドブ川に捨ててしまったことを──。
パーティーとギルドの面々もそうだ。
今までガッツがどれだけこのパーティーとギルドに貢献し、今では必要不可欠な存在になっていたのかを…。
馬鹿なんかのワガママを聞いて、未来の英雄を切り捨ててしまったことを…。
追放していなければ、その恩恵を受けて今迄以上の贅沢が出来たのかを…。
『最強の勇者』が所属する世界一有名なギルドとして注目を浴びて、周囲に自慢・誇れたのかを…。
【“異世界の超技術”】を利用して、この世界で生きていたら決して味わう事の出来なかった未知の経験・体験を独占出来たのかを…。
何より追放した本人自身が思い知る。
自分が如何に馬鹿で身勝手で、
度しがたい愚か者だったのかを。
ガッツのお陰で今の自分があるのかを。
ガッツが居たから、
今まで好き勝手やってこれた事を。
最後の最後になって、
そのことに漸く気付かされる…。
──しかし、もう遅い。
ガッツを裏切り、追放した彼・彼女達の“運命”はこの時既に決まってしまっていた…。
後はただ、ゆっくりと衰退…破滅への坂道を転げ落ちるのみ───。