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終点

作者: さだはる
掲載日:2020/07/22



   終点






         

登場人物


中原 一雄 (中年男性)

立花 香織 (教師)

棗  道子 (妊婦)

高田 康弘 (ヤクザ)

長塚 佳苗 (高校生)

渡辺 千帆 (高校生)

乗務員












暗闇の中、電車の音が聞こえる。


乗務員 次は、終点、終点です。到着まで今しばらくお待ちください。


電車の音が聞こえる。


辺りは明るくなり、「人生を路線図に表した電車」に乗った6人の乗客の姿が

見えてくる。

佳苗はスマホを持っており、千帆はぬいぐるみを持っている。

しばらく誰も話さないで静かな空気が流れる。

そこへ、乗務員が歩いてくる。


乗務員 ご乗車ありがとうございます。ご用の方はお申し付けください。ご乗車ありが

とうございます。ご用の方はお申し付けください…。

一雄  あのう。…あのう。……いや、すみません。

乗務員 ……ご乗車ありがとうございます。ご用の方はお申し付けください。

(次の車両に行く)


車内には不穏な空気が漂う。

少しして、佳苗の貧乏ゆすりに気が障った高田が―――


高田 足。

佳苗 は?

高田 その足。

佳苗 なに。

高田 だからその音。

佳苗 ……。


高田を無視し、なお貧乏ゆすりをやめない佳苗。

またしばらく―――


高田 おい。

佳苗 ……。

高田 だからその音。

佳苗 …少しは黙れないの?

高田 ……は?


張り詰める空気。


一雄 まあまあ、いいじゃないですかそのぐらい。

高田 口をはさむな。

一雄 いや、別にどうこうするってわけではないんですけど。

高田 じゃあ話しかけんな。

   ……おら。

佳苗 なに。

高田 立て。

佳苗 ……。

高田 いいから!

佳苗 ちょっと、少しは黙れないの?

高田 …あ?(佳苗に近づく)

道子 あのう! …少し、落ち着いたらどうです?

高田 なに、なにあんた?

道子 私は静かにこの電車に乗っていたいのです。

高田 は? そんなの俺が知ったことじゃない。周りを巻き込むな。

佳苗 ブーメラン(笑)

高田 おい、お前も人のこと言える立場か?

佳苗 人のこと言う前に自分を見てみれば?

高田 …おい。

一雄 もう落ち着いてくださいよ! 

   あなたも、人を煽るようなことは言わないでください。

佳苗 いや、どう考えたって、この人が悪いでしょ。

一雄 そういうところが良くないんですよ。

   (高田に)ほら、座りましょう。

佳苗 なんで仕切ってんの?

一雄 そういうつもりはないんですけど…。

高田 とりあえず表行こうや。

道子 表なんてどこにもないけど。

高田 は?

佳苗 ただのバカじゃん。

高田 …ヤクザって知ってるか?

佳苗 なに、あんたヤクザなの?

別に今更怖いものなんてないし。あんただってそうでしょ。

高田 は?

一雄 もうとにかく、二人ともケンカはやめましょう。こんなところで争っても何の意

味もないんですから。

道子 そうよ。終点まで静かにしましょう。


一雄に促されてしぶしぶ座席に座る高田。


しばらく不穏な空気が再び車内に漂うが、ある時千帆が手に持っていたぬいぐ

るみを落としてしまう。


千帆 あっ、す、す、すみません……。(ぬいぐるみを拾い上げる)

佳苗 (しばらく間があった後)…それ何?

千帆 え、えええっと…。

佳苗 やっぱいいや。

千帆 ……。


再び不穏な空気。

またしばらくして―――


一雄 み、みなさん! 少しお話しませんか?

道子 はい?

一雄 少しお話しませんか?

道子 二回も言わなくてもわかるわよ。

一雄 それじゃあ少し…。

道子 いやよ。そんな気さらさらないわ。

佳苗 あたしもー。今そんな気分じゃないんだよねー。

高田 …俺は賛成だ。話したいことが山ほどある。

道子 それってただ文句付けたいだけでしょ?

高田 それの何が悪い?

道子 見え見えね。

高田 あのさ、さっきからなんなのあんた? 自分が正しいみたいな態度。

道子 そんなのあんたに言われる筋合いなんかないわよ。

高田 こっちだってあんたにどうこう言わ……。

一雄 はーーーい! わたくし、中原一雄、52歳です。趣味は川釣りでした。短い間

   ですが、よろしくおね……。

高田 おっさん、違う。そういうのを話したいわけじゃない。

道子 あら、そこは気が合うのね。


間。


立花 (突然立ち上がり)立花香織です。趣味は特にありませんでした。よろしくお願

   いします。(また座る)

一雄 …よ、よろしくお願いします!

道子 ……急になに? この話はもう終わったでしょ?

立花 ……。

一雄 い、いやあ、ありがとうございます。助かりました。

立花 いいえ。

一雄 あの…立花さんは…以前は何をされていたんですか?

佳苗 おじさーん。そういう質問は良くないと思うよー。

一雄 え…どうして。

佳苗 話したくないこともあるだろうし。ましてや死んだ人間に聞くのもねー。

一雄 あ…それは、すみません。

立花 い、いいえ。

道子 ああもう、ほんっと嫌になる。別の車両に行こう。初めからそうすればよかった

   んだわ。

高田 二度と戻ってくるんじゃないぞ。

道子 …言われなくても。


道子、別の車両に行こうとするが、ドアが開かない。


道子 ちょっと、どういうことよこれ。

高田 どうかしたのかおばさん?

道子 おばっ…どうもしてないわよ。

高田 じゃあさっさと行けよ。

道子 …ええ、行くわよ。今すぐにね!

高田 だから行けって。

道子 行くわよ!

高田 行けって。

道子 ……。

高田 黙り込みやがった。


一雄、道子の方に向かう。


一雄 …開きませんね。

道子 ……。

一雄 どうしてだろう。

高田 お前ら力あんの?(力を入れるが開かない)

道子 開かないでしょ。

高田 …壊れてんじゃないのかこれ?

道子 知らないわよ。

高田 あーあ。うるさいのが一匹減ると思ったんだがな。

道子 あんた一言多いのよ。

高田 あんたに言われる筋合いはない。

一雄 いつまでそんなこと続ける気ですか。目の前で言い争われているこっちの身にも

   なってくださいよ。

高田 おっさんには関係ないんだよ。関係ない奴が横から入ってくるな。

一雄 あのですね…。


各々席に戻る。遅れて一雄も席に戻る。

しばらくして―――


佳苗 はいはーい。わたし、長塚佳苗。JKやってましたー。

一雄 え…どうして急に。

佳苗 いやあなんていうか、気分? なんか話してもいいかなーって。

   それともなに? 言ってほしくなかった?

一雄 あのう…ちょっと驚いちゃって。

佳苗 あっそ。まあそういうわけだから。

一雄 長塚さんですね…よろしくお願いします。

佳苗 別に佳苗でいいよ。苗字、苦手なんだよね。

一雄 そ、そうですか…わかりました。

高田 へえ、お前佳苗っていうのか。冥土の土産に覚えといてやるよ。

   それにしてもあれだな、矛盾してるな。

佳苗 何が?

高田 さっきは話したくないーとか言いながら、結局するんだな。

佳苗 別にいいじゃん。

高田 で、気分? そんなすぐに変わるもんかよ。

佳苗 なに? まだ文句付ける気?

高田 いや別に。

一雄 そ、それで佳苗…さんは…まだ若いのにどうしてここにいるんですか?

佳苗 おじさんさー、さっきも言ったけどそういう質問はタブーなんだって。わたしに

   だって聞かれたくないことの一つや二つあるんだよ。

一雄 …ああ、すみません。

佳苗 (強く)デリカシーのない人って嫌いだわー。ほんっと、嫌い。

一雄 ……。

立花 そこまで言わなくたって…。

佳苗 なに?

立花 いや…そんなに言う必要ないんじゃないかな…って。

佳苗 なに、なんなの? ここには気が弱い奴とケンカっ早い人しかいないの?

立花 ……。

高田 なあ佳苗。

佳苗 呼び捨てにしないで。

高田 呼び捨てにしてほしいんだろ? ビッチさんよお?

佳苗 あんたからは呼び捨てにしてほしくないんだよ。というか呼んでほしくもない。

   それにあたしビッチじゃないし…。

高田 またまた佳苗ってば。オヤジども捕まえてお金もらってたんだろ?

佳苗 そんなことない。

高田 ビッチ。

佳苗 違う。

高田 ビッチ。

佳苗 違う。

高田 だから違うって。

高田 ビッチ。

道子 ちょっとあんた、やりすぎよ。可哀そうじゃない。

高田 あんたも「可哀そう」なんて思えるんだな。そう思うだろ? 

道子 いいえ。

高田 そういうふうにしか見えないけどね。

道子 …あんたって最低ね。あんたがどうしてここにいるのかわかった気がしたわ。

高田 へえ? 俺のことわかんの?

道子 どうせ人の恨みでも買ったんでしょ。しょうもない終わり方ね。ほんと、ろくで

   もない。

高田 …言葉は選べよ?

道子 妥当でしょ。

高田 …さっきから大概にしろよ?


高田、手を振り上げる。

道子、顔を伏せ、頭――ではなく、お腹を守ろうとする。


高田 あ? どこ守ってんだ?

一雄 ちょっと! いい加減にしてください!

高田 は? なんなの、正義にでもなった?

一雄 もうやめましょうよ。最期くらい穏やかにできないんですか?

高田 なに? 逆らうの? いいよ。きなよ?

一雄 あのですね…。

高田 来いよ? ほら。

一雄 ……。

高田 …来いよ。

千帆 やめましょうよ!

高田 ……何お前。

千帆 やめてくださいよ…。

高田 なに? お前、なにかできんの?

千帆 え、いや…その…。

高田 なにもできないんなら、話しかけないでもらえる?

千帆 ……すみません。

高田 …で? どうなの? こないの?

一雄 ……。

高田 反応なし、と。

   それで、お前のそれはなんだ?

道子 …なに。

高田 それ、お腹。

道子 …いや。

高田 あのさあ、もしかして子供いる?

道子 …いない。

高田 いるだろ。

道子 いない。

高田 嘘つけよ。じゃあさ、一発いい?

道子 …なにが。

高田 一発。

道子 …だめ。

高田 いいだろ? 子供がいなけりゃ痛いだけで済む。俺を侮辱した罰だ。

立花 高田さん! …高田さん、そんなことしたら、かずえちゃんが悲しみます。

高田 ……は? なに? なんで知ってんの?

立花 高田さん…ですよね。

高田 なんで知ってんのって。

立花 私、担任だったので…。

高田 誰の?

立花 …かずえちゃんの。

高田 ……かずえの?

立花 は、はい…。見覚えがあったので、そうなのかな…と。

高田 なに、なにそれ。

立花 …南小学校、一年二組、高田かずえちゃん。

高田 は?

立花 ですよね?

高田 かずえの担任?

立花 はい、かずえちゃんの。

高田 は…。


沈黙。


高田 …あのことも、知ってんの。

立花 …知ってます。

高田 なに、じゃあ、俺のことずっと可哀そうな目で見てたの?

立花 いえ、そんなことは…。

高田 見てたんだろ?

立花 見てません! でも、いつも見ていたあの高田さんじゃないな…って。

高田 どういうことだよ。

立花 …あんなにかずえちゃんに優しかったのに、今は…だって。

高田 だって?

立花 誰かを傷つけることしかできないじゃないですか。

高田 …あんたも……俺に歯向かうの?

立花 かずえちゃんは、そんなこと望んでないはずです。

高田 あのさあ、なんでも「かずえ」って言えばいいと思ってない?

立花 思ってないです。

高田 もうその名前を…口に出すな。

立花 でも、かずえちゃん、あんなに高田さんのこと大好きだったじゃないですか。そ

   れに、高田さんもかずえちゃんにあんなに優しくて…。

高田 もうその話をするな。人の過去を、そんなに…!

立花 …すみません。

高田 …もういいよ。なんか怒鳴る気もなくなったわ。

   (道子に)運が良かったと思えよ。


高田、座席に深く座る。


ほとぼりが冷めたころ、乗務員が別の車両からドアを開けてやってくる。


乗務員 ご乗車ありがとうございます。ご用の方はお申し付けください。ご乗車ありが

    とうございます。ご用の方はお申し付けください。


無言で手を挙げる道子。


道子  あのすみません。別の車両に行きたいのですが、そこのドアが開かなくって。

乗務員 申し訳ありません。それは仕様になっておりまして。

道子  仕様?

乗務員 はい。乗客の皆様は別の車両に移動できなくなっております。申し訳ございま

    せん。

道子  じゃあ、終点までここにいなくちゃいけないわけですか?

乗務員 はい。そうなります。

道子  ああ、そうですか。

乗務員 失礼します。

    ご乗車ありがとうございます。ご用の方はお申し付けください。


 無言で手を挙げる佳苗。


佳苗  あのー。ここって電波飛んでないんですか?

乗務員 申し訳ありません。ここにはもう電波は飛んでおりません。

佳苗  ああそうなんですね。

乗務員 申し訳ありません。失礼します。

    ご乗車ありがとうございます。ご用の方は…。


無言で手を挙げる一雄。


一雄  あのう…どうして別車両には行けないんですかね?

乗務員 申し訳ありません。それにはお答えできません。

一雄  どうして、ですか?

乗務員 お答えできません。

一雄  そう…ですか。

乗務員 申し訳ありません。

    ご乗車ありがとうございます。ご用…。


無言で手を挙げる千帆。


千帆  あ、あの…。

乗務員 どうされましたか?

千帆  い、いいつ頃着きますか?

乗務員 待つほどではありません。

千帆  わ、わかりました…。

乗務員 失礼します。

    ご乗車ありがとうござい…。


無言で手を挙げる立花。


立花  この電車って…片道だけですか?

乗務員 はい。この路線は片道だけの運行となります。

立花  そう…ですよね。ありがとうございます。

乗務員 失礼します。

    ご乗車…。


無言で手を挙げる高田。


高田  どうして別車両に行けないんだ。

乗務員 申し訳ありません。お答えできません。

高田  いいから答えろよ。どうして別車両に行けないようになってるんだ?

乗務員 そう言われましても…。


乗務員の方を見つめる乗客一同。


乗務員 わたしがお答できないのは、皆様のプライバシーの問題でして…。

高田  プライバシー? 別にドアが開かないようになってる理由にプライバシーもな

    にもないだろ。

乗務員 ですが皆様の…。

高田  その皆様がプライバシーなんかよりもそのことを知りたがってんだ。別に理由

    を言ったとしても誰もあんたを責めやしない。

乗務員 …。

高田  それでどうしてあそこは開かないようになってるんだ?

乗務員 …恨まないでくださいよ。

高田  誰も恨まねえよ。

乗務員 …この電車は、車両ごとに区切ってるんです。

高田  なにを?

乗務員 その…死因で。

高田  死因?

乗務員 例えば、交通事故で亡くなった人、殺されて亡くなった人、自然災害で亡く

    なった人、最近では過労死で亡くなった人など、死因に分けて乗車してもらっ

    てます。

高田  ここもそうなのか?

乗務員 はい。皆さん、同じ死因で亡くなった方です。


お互いを見つめあう一同。


乗務員 もう、いいですかね? 忙しいもので。

    …失礼します。終点までお待ちください。

    ご乗車ありがとうございます。ご用の方はお申し付けください…。


乗務員、別車両に行く。


再び訪れる間。


一雄 皆さん…。いえ、やっぱりなんでもないです。すみません…。

佳苗 いい判断だと思うよ。


間。


道子 意外でしょ。笑いたきゃ笑えばいいわ。

一雄 そんなことは…私も人のこと言えませんし。

道子 というか、意外だね。あんたがそういうことするような奴には見えないけどね、

   高田さん?

高田 …あ? 名前教えた覚えはないけど?

道子 さっきあの人が言ってたじゃない。


立花を睨む高田。


道子 さっきあんた、人として最低なことしてくれたわね。あたし、向こうに行っても

   忘れないでおくわ。

高田 勝手にしろよ。

道子 あたし、棗道子っていうの。あんたのこと忘れないでおくから、あんたもあんた

   を恨み続けてるやつのことを忘れないでおいてちょうだい。棗道子よ。あんたを

   恨み続けるから。

高田 そうかい。わかったよ。

道子 え、なに? さっきの威勢はどこに行ったの? 急に静かになっちゃって。あ

   あ、そっかー。はずかしいんだね? はずかしくてしょうがないんだね? まさ

   か車両が死因で区切られてるなんてね。そんなこと思わなかったわよね。

高田 …るせえよ。

道子 そしてあろうことか、この車両の死因が…。

高田 ……。

道子 ふふふ。

高田 …おい。

道子 まさか、あんたが「自殺」した人間だなんて、人に知られたらはずかしいわよ

   ね。

高田 やめろよ!

道子 大声で誤魔化そうとしているつもり? 無駄よ、今のあんたは強がってるように

   しか見えないわ。

高田 ……。

道子 あら、だいぶ堪えてるようね。

立花 棗さん! もうその辺に…。

道子 …立花さんとか言ったかしら? どうしてこの男を庇うのですか?

立花 高田さんは、そんなに悪い人じゃありません。

道子 赤ん坊がいる人のお腹を殴ろうとする人が?

立花 それは…。

道子 ほら見なさいよ。誰がどう見たってこの男は最低な奴よ。

   それに、立花さん。あなただって自殺されてるのでしょう? 何があったんです

   か? 

   もしかしてこの男に関係してるんじゃないですか?

立花 た、高田さんは関係ありません…。

道子 本当ですか? どうやらお知り合いみたいですけど、何かあったんじゃないです

   か?

高田 …この人とは何も関係ねえよ。

道子 かずえちゃん、でしたよね?

高田 やめろって! 大体あんただって自殺した人間だろうがよ。

道子 そうですけど、何か?

高田 開き直るのかよ…。

道子 いけません?

高田 …くそっ。

道子 それで、どうして自殺なんかしたんですか、高田さん。かずえちゃんと何か関係

   あるんですか?

高田 だから…その名前を軽々しく言うんじゃない!

道子 ……。

高田 ほっといてくれよ…。


しばらくの間。


佳苗 …そのぬいぐるみかわいい。

千帆 え、え…あ、ありがとう。

佳苗 ずっと持ってるの?

千帆 うん…。

佳苗 そうなんだ。


佳苗の気持ちが変わるまで、間。


佳苗 あたしね、いじめられていたの。

千帆 え?

佳苗 いじめられてたんだ。そんな風には見えないでしょ?

千帆 う、うん…。

佳苗 なんかね、急にはぶられちゃって。仲良しの子達が、いきなり、ね。

千帆 そう…なんだ。

佳苗 女子って怖いね。

千帆 うん…。

佳苗 それからずっと一人だった。助けてくれる奴もいないし、先生は見て見ぬふりす

   るし。

千帆 …。

佳苗 なんかさ、もうどうでもよくなっちゃたんだよね。どうせもう死んでるんだし、

   誰に聞かれてもいいやーってなっちゃた。

千帆 …あたしも…同じような感じ。

佳苗 なんだか似た者同士だね。

千帆 …うん。

佳苗 名前なんていうの?

千帆 千帆…。

佳苗 千帆ちゃんかあ。あと少しだけどよろしく。

千帆 …よ、よろしく。

立花 横からごめんね。佳苗ちゃんって、先生のこと…嫌い?

佳苗 別に嫌いじゃないよ。ただ、見て見ぬふりをする先生は嫌だな。真面目に向き

   合ってくれる先生もいるけど、根本は解決してくれないよなーって感じ。まあ、

   先生って立場だからこそ解決できないことがあるからしょうがないけど。

立花 そうなんだね…ありがとう。

佳苗 いえいえ。

立花 なんだか佳苗ちゃんって大人だね。

佳苗 そうかな?

立花 うん…強いよ。

佳苗 それは…どうも。でも結局この道を選んじゃったんだけどね。

立花 それは…わたしもだけど。

佳苗 先生だったんだっけ?

立花 …うん。

佳苗 やっぱりストレスかかっちゃう?

立花 それなりに…ね。

佳苗 そっか。大変だったね。

立花 …うん……大変だった…。


一雄の視線に気付く佳苗。


佳苗 どうしたのおじさん。

一雄 い、いや…さすがに傲慢か…。

佳苗 なに? どうせあと少しでバイバイなんだから、吐いとけば?

一雄 …いいんだろうか。

佳苗 別に咎める奴なんていないだろうよ。

一雄 …じゃあ、聞いてもらえるかな?

佳苗 どうぞ。

一雄 多分忘れてると思うからもう一度。…私、中原一雄って言います。知っての通り、私も自殺をした人間です。一人、息子がいました。

佳苗 嫁さんは?

一雄 息子が生まれたと同時に…。

佳苗 ああ…それは、大変だったね。

一雄 はい…。だから、頑張って息子を育てました。今じゃ、もう立派な大人です。ほ

   んとうに、立派な。

佳苗 苦労したんだ。

一雄 その分、寂しい思いもさせてしまいましたが。

佳苗 きっと感謝してると思うよ、息子さん。

一雄 ですかね…。

佳苗 …それで、どうして自殺なんかしたの?

一雄 そ、そのう……借金で。

佳苗 借金?

一雄 はい…パ、パチンコとか…煙草とかで。

佳苗 そうなんだ…。

一雄 …はい。

佳苗 息子さんは、残されたままなんだ。

一雄 ……。

佳苗 いや、別に深い意味はないよ。…でも、後悔しそう。

一雄 後悔?

佳苗 迷惑をかけながらも、一緒に生きていくって選択肢もあったんだろうなって。

   今更ごめんね。未練を残すようなこと言って。

一雄 いや、いいんです。


間。


高田 中原さん…とか言ったか。

一雄 は、はい。

高田 川釣り好きとか言ってたか。

一雄 は、はい。

高田 俺も好きだったよ、川釣り。

一雄 …。


間。


立花 高田さん。

高田 …なんだ?

立花 話されたらどうですか?

高田 …話したところでどうなる。

立花 この車両に乗ってる人って、人一倍誰かに認められたいんじゃないですか?

   だからせめて、最期にここで吐いちゃえばいいじゃないですか。

高田 …何を今更。誰も俺のことを知りたいだなんて思わないだろうよ。

立花 そんなことないですよ。わたし、皆さんに知ってほしいんです。高田さんの本当

   の顔。さっき高田さんが棗さんにしたことは拭っても拭い切れないないことです

   が、知ってほいんです、皆さんに。

高田 ……。

立花 お願いします。

高田 どうしてそう、おせっかいなんだ…。

立花 そういう人間ですから。

高田 ……。


間。


高田 …妹がいたんだよ、病気のな。両親はどっちも蒸発しちまって二人で生きてきた

   んだ。かずえは入院とかが多くてな、金が必要だった。だからアルバイトしま

   くった。でも足りなかった。金のために踏み込んじゃいけないところにも足を付

   けてみた。

   まあ、いわゆるヤクザってやつさ。

一雄 ヤクザ…。

高田 でも、意味無かったわ。かずえ、そのまま逝っちまった。それで生きる意味を

   失った俺はここにいる、それだけさ。

一同 ……。

高田 こんなこと話したところで、別に俺の印象は変わらないだろうよ。

立花 ……。

道子 あんたに対しての気持ちは変わらないわ。それは言っとく。

高田 別に何も求めてねえよ。

道子 あ、あたしだってね、苦労してきたわよ。それも血が滲むような。

立花 そうなんですか?

道子 そうじゃなかったらこんなところにいないわよ。

   …まあ、大体想像ついてるでしょ、このお腹見たら。

立花 …少し。

道子 望まない妊娠、逃げる場所もない、これだけ言えば十分でしょ。

立花 …大体理解はできます。

道子 そう。よかった。

高田 …あんたも、苦労してきたんだな。

道子 まあね。

一雄 それでも産むって選択……いえ……何でもありません。

道子 ……。


間。


と、乗務員の声がしてきて―――


乗務員 まもなく、命の終点、命の終点です。ご乗車ありがとうございました。お降り

    の際はお足元にご注意ください。


間。


佳苗 ねえ、足元に注意してください、ってどういう意味だと思う?

千帆 さ、さあ…。

高田 …先生、妹が、世話になった。

立花 い、いえ…こちらこそ。

道子 結局静かなままでいられなかったわ。

一雄 もう、いいじゃないですか…。

佳苗 降りなきゃいけないんだ、なんか、呆気なかったな。

一同 ……。


乗務員 終点、終点です。


電車のドアが開く。


佳苗 最期にあたしの過去聞いてくれてありがと。誰にも話せなくて辛かったんだよ

   ね。

千帆 こ、こっちこそ…初めて友達できたようで、嬉しかった…。

佳苗 じゃあ、先、行くね。もっと早く出会えてればよかった。


佳苗、電車から降りる。


千帆 わ、わたしも…。


千帆、皆に礼をしぬいぐるみを抱えて電車から降りる。


間。


道子 …降りなきゃ、いけないのよね。

   ……いろいろ、悪かったわね。…それじゃあ。


道子、電車から降りる。


間。


高田 おっさん、また会ったら、川釣り……いや、なんでもない。


高田、電車から降りる。


間。


立花 降りないんですか。

一雄 立花さんこそ、降りないのですか。

立花 わたしは最後に降りようと思っています。

一雄 奇遇ですね…私もです。

立花 いや、実は嘘なんです。足が動かないんです。

一雄 ……私もです。

立花 似た者同士ですね。

一雄 そうですね…。


間。


立花 教師をやってたんです。

一雄 …。

立花 でも、わたしには合わなかったみたいです。

一雄 …そう、ですか。

立花 …どうしましょう。わたし、ここにきて後悔してるみたいです。

一雄 …私もです。ここにきて、息子のことがどうしようもなく気になります。

立花 やっぱり、似た者同士ですね。


そこへ乗務員がやってきて―――


乗務員 終点です。お降りください。

一雄  ……降りないと、だめですか。

乗務員 それがあなた方の選択です。

一雄  …数駅前に、忘れ物をしてきたのですが、取りに帰ることって…できません

    か。

乗務員 この路線は一方通行です。戻ることはできません。

一雄  …そう、ですよね。

乗務員 お降りください。

立花  中原さん、わたし決めました。

    まだ、震えてますけど、これがわたしが選んだ選択だってこと、受け入れま

    す。

一雄  ……。

立花  短い間でしたけど、ありがとうございました。


立花、電車を降りる。


乗務員 ご乗車ありがとうございました。お足元にご注意ください。

一雄  …足元にご注意ください、ってどういう意味ですか。

乗務員 ……そのまんまの意味ですよ。

一雄  ……。

乗務員 …降りないのですか。

一雄  足が動かなくて。

乗務員 後悔、してるんですか。

一雄  …。

乗務員 じゃあなぜ、こんな選択を。

一雄  それは…。

乗務員 …いずれにせよ、降りなければなりません。終点です。

一雄  …はい。

乗務員 後悔を持って、お降りください。決して離さぬよう、しっかりと持って。


一雄、電車から降りようとするも中々降りれず、乗務員と目が合ったところ

で、やっと、電車を降りる。

あたりは暗くなってくる。乗務員だけに光が当たる。


乗務員 後悔はどこへでも付いていきます。それがたとえ命が終着した先の場所でも。

    ですからお客様、ここにはもう後悔は持ってこないでください。生きて。生き

    るために生きて。決して、足元をすくわれぬように。


電車が止まる音。


乗務員 おや、電車が来ましたね。嘘をついてしまったことがばれてしまいます。

    お客様、実はこの路線、一方通行じゃないんです。特別に向こうに戻る電車が

    運行することがあるんです。ですから、次は、後悔を持ってこなくていいよ

    う、生きるために、生きてください。


乗務員 ご乗車ありがとうございました。お足元にご注意ください。ご乗車ありがとう

    ございました。お足元にご注意ください…。


緞帳降りる。



(終)


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