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歌うたいの彼女は

作者: 河衣小牧



“ もう、唄えない。”



夜更けに聴いた君の声は、どんなセレナーデよりも僕を惑わせた。


電話越しに聞こえる息遣い。

「どうしたの。」とは聞けなかった。



唄えない。

その理由を知っていたから。



思い出す、遡る時間の中で、初めて声を聴いた日があった。

名前もないような公園で、名前のない歌唄い《うたうたい》がいると聞いて、真夜中にそこへ訪れた。


君は、いた。













痛かった。






楽器も観客もいない公園で、自分の為だけに響かせるメロディ。



それは、哀しみとも寂しさとも違うのに、




千切れそうな痛みが、

柔らかく、優しい声に絡んでいた。






「ねえ、聞こえるでしょう?」

「願いが還る《もどる》時の言葉。」”






『何処までもずっと独り《ひとり》で歌う。』




そう唄っている気がした。










その夜が、僕等の始まり。







互いが言葉を交わしてからも、僕等は『独り』だった。

僕は気が向けば公園へ赴き、君は誰が居てもいなくても独り言みたいに唄い続けた。




どんなもの為でも無い。


ただぽつぽつと自分の言葉だけを紡ぐ。



そんな人の言の葉に、僕は惹かれていた。







孤独も悩みも意味を持たない。



そこにあるのは、




ただ闇夜に澄み渡り、


月夜に冷たさを増した、




















君の声だけだった。












『もう、唄えない。』






初めて君から発した言葉は、酷く不安げで、それでも決然としていた。







“そう。”






僕が たったそれだけ呟くと、君はこう言った。






もう、自分の為に唄えないの。






“うん。”







他人ひとの為に歌いたいと思ったの。







“うん。”







他人の為に歌うことが、自分の思っていることを伝えられるって分かったから。










“うん。”



















しばらくの沈黙。そして、次に口を開いたのは僕。




“ねえ、

今から逢いたいんだ。”




どうしてだろう。

どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。




夜更け前の公園。君が来るにはまだ明るい時間。

僕は、ぼんやりと考えていた。




何故君に







“逢いたい”






なんて言ったのか、どうして逢いたくなったのか。


それだけを、ずっと、ずっと。




そして、西の空に青白い光が射した頃、君はやって来た。




僕の姿を認めると、君は何も言わずに僕の隣に座った。




呼び出したのは僕なのに、何を言ったら良いのか分からなくて。










“唄って。”






ただ、それだけを告げると、君は不思議そうにこく、と頷いた。


そして、君は唄い出す。






月の無い、星だけが瞬く空。




ベンチに座る僕等。









冷たい澄んだ空気に響いた君の歌は、今までに聴いたことのないもの。


僕が見たことのない色を含んで、晩秋の夜空へ溶けていった。








僕に分かったことは胸に残るあの日の君と、隣に響く声と。






ほんの僅かに見た横顔。






ちら、と覗いた君の表情かおは。











“綺麗だ。”







ひとつの歌を歌い終わり、君はふう、と息をついた。

そんな君に、僕はそれしか言えなかった。







“綺麗だ。”







もう一度告げれば、恥ずかしげにはにかんで、そして。












『ありがとう。』












驚いた。




そんな君、




今まで、なにをしていても見たことがなかったのに。




ただでさえ、はにかんだってだけでも、僕は驚いていたのに。










君は


いつから


そんな風に笑えるようになったの?










初めて見た笑顔。



ありがとうの言葉。



ただただ驚く僕。






君は、少しだけ、そんな僕の側に近寄った。






そして、言ってくれたんだ。

僕の顔を、眼の奥までじいっと見つめて。













『多分、』


『ずっと、こうしたかった。』







君の手が頬に触れる。歌っていた所為か、じんわりと伝わる熱。










『このまま、




夜が明けるまで、一緒にいたいと思っていた。』










ああ、それ以上言わないで。

それ以上囁かれたなら、




きっと戻れないから。









僕は、ずっと聞きたかったことを尋ねた。







“ねえ、”




“君が歌を歌いたい『誰か』って、……”




『あなた。』









分かり切っていた言葉が、幻想まぼろし現実うつつにする。










『少し前から、

「誰か」の為にって思っていたけど、


その誰かが分からなかったの。』



『でも、』












『でも、今日分かったから。』







“……、”







『ここに来て、あなたに逢って、


“歌って”


と言われて気付いたの。』










『“歌って”と言われるより先に歌おうとしてた。』







“うん。”







『そうじゃなかったら、


「誰か」の為になんか、歌えないのよ。』










言葉と共に頬に触れた、指先とは違う君の体温。










分かったよ。



君は、女になったんだ。



何も望まない幼子から、


求める心を知った、










女になったんだ。










唄えないのは

明日への恐れ




歌いたいのは

焦がれる先に待つ人へ












途切れない唄より、終わりのある歌を歌おう。

そして、







“歌ってよ。”












終わりと始まりが同じであることを、




全てが、

始まりと終わりを持っていることを、







君が歌うとき、










僕も歌うから。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、面白くないし、よくある話ですね。 風景描写がないし、日記ですか? これは。 改行が多すぎる。そうでないとうまく表現できないという自信のなさの表れでしょうか。 状況がわからん。内容もしょ…
[一言] 行間がいい感じの間になっていて、読んでいて飽きが来ませんでした。 話の感じはいいけど、内容のよさまではわかりませんでした。不服な私も、もう少し精進したいと思います。それでは。 …
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