2-①
意外と交通の便はいい。
だから志望大の文化祭の日にオープンキャンパスを兼ねて遊びに行く日なんかも、わざわざ前入りしてビジネスホテルなんかに泊まる必要なんかない。
こうしてだらだらと在来線で一時間くらい尻を痛めただけで、夢の東京に辿り着く。次は日暮里。山手線にお乗り換えの方はこちらでお降りください。
「おい、お前聞いてる?」
聞いてなかった。
何もかも。
次が日暮里で、山手線に乗り換えるのにはここの駅で降りなくちゃいけないことも、隣の席に座っている平尾が今回はお前の志望大のに付き合うんだから今度は俺の方にも一緒についてこいよな具体的に言うと関西の方なんだけど当然前泊するしもったいないからついでに観光にも行くぞお前神社仏閣とか好きなタイプかと尋ねてきているのも、まったく聞いていなかった。
というか、ここ一週間くらい何も聞いていなかったのだ。
上の空だったから。
他に考えることがたくさんあったから。
そしてその考えるべきことをひとつも考えることができなくて、途方に暮れ続けていたから。
「お、ここか」
話し続けていた平尾も、電車が速度を緩めるとようやく目的の駅がすぐ目の前に来たことに気付いたらしく、ひょいと腰を上げる。
休日昼間の電車の中はすかすかで、座席だって埋まり切っていないくらいだから、電車が止まり切る前にドアの前までも進めてしまう。思考停止中の井原も、平尾の後に続く。
「うおっ」
扉の開いた先に夏が垂れこめていた。
ホームでは強烈な夏の陽が強烈なコントラストを作り出している。向かいの線路には目も眩むような日光が降り注いでいるのに、屋根のあるホームはそれと対照的に雨でも降っているみたいに暗い。
気温は朝の予報の通り、現在時点で三十三度。正午を過ぎれば三十七度まで上がるらしいが、すでに空調の外にちょっと出ただけでも汗が噴き出して感じるような湿度がもうもうと立ち込めている。熱された線路の上空には蜃気楼がゆらゆらと漂う。
うおっ、と驚いて声を上げたのは平尾で、それからうんざりしたように肩を落として、
「マジであちいな、今日」
「そうか?」
淡白に答えたのは井原で、
「風が涼しくて気持ちいいよ」
言った途端、びゅう、と特急の電車でも過ぎ去ったみたいな風がホームをさらっていった。
お、ほんとだ、と平尾は生気を取り戻したように嬉しそうな顔をしたが、井原は足首をひねったジャンガリアンハムスターみたいに浮かない表情をしていた。
超能力者になってしまった。