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8-②

「あれってボランティア部じゃねえの?」

 と平尾が言うので、井原も窓の外を見た。

 駅ビルの中に入っているファミレスだった。カラオケ行かね?という呼び出しに応じた井原が平尾とともに入ったのは。席の横の窓はそのまま駅前のロータリーに面していて、そこで見造里一高のジャージを着た男女が腰を屈めては、大きなゴミ袋に煙草の吸殻やら空になった飲み物の缶やらを拾って入れているのが見える。

「あつそ」

 井原は素直にそう思って、素直にそう言った。

 今日の気温は三十七度にまで上がるという。実際午前中からものすごい熱波が太陽から発されていて、駅に辿り着くまで自転車を漕いでいたときは、いつの間にか火星の道路でも走らされているのかと思った。駅のトイレでデオドラントシートを使って、それから電車に乗って駅ビルの中で先に腹ごしらえをするつもりで、という行程を経て今のところは汗は完全に引いているが、ここから歩いて二分のカラオケ屋に行くまでの間に再び滝のような汗をかくことも容易に予想される。そんな陽気。

 そんな炎天下に、ゴミ拾い。

 暑いというか、地獄だろうなと思った。

「お前行かなくていーの。なんか罰則あんじゃなかったっけ。サボると」

「俺いまボラ部じゃないし」

「は?」

「辞めた」

「え、マジ? 帰宅部?」

「いや、文芸部」

 文芸部ぅ?と平尾が裏返ったような声を出す。食べ終わったドリアの皿の上にスプーンをかちゃりと置いて、

「お前そういうの好きだったっけ」

「いや、」

 一方で同じドリアを頼みながらもまだ食べかけの井原は、残りの三口くらいのうちの一口をスプーンですくって、

「これから好きになるところ」

「なんだそりゃ」

「なんだろな」

 ぱくり。何でもないような顔で。

 一方平尾は面白そうに、はぐらかすねえ、なんて言って、

「あ、あれか。こないだのテスト」

「え?」

「ほらあれ、〇点」

 あはは、と平尾は笑いながら言う。ああ、と井原は頷いて、

「あったなー、そんなの」

「……お前、大丈夫か?」

「何が?」

「いやだって……、お前の志望校、『嘘』必須科目だろ」

 言いながら、思い出したように、

「てかそうだよ。アレ。お前結局学祭もなんか急に行かねえとか言い出すしさ」

「あ、それはマジでごめん。急に用事入っちゃって」

「用事?」

「うん」

「何の」

「まあ、色々」

 平尾がじっと井原を見る。見つめ合う形には、別にならない。

「……なんか、隠してね?」

「まあ、隠してる」

「何を」

「平尾が隠してることぜんぶ話すなら答えてもいいけど。大好きな人と別れた……つらい……死ぬ……みたいなやつ」

 さらっ、と井原は言った。

 ぴきっ、と平尾は固まった。

「……誰から聞いた?」

「平尾から聞いた」

 しばらく平尾は記憶を探るような目付きで、店内の壁に掛かっている絵を睨んだ。釣られて井原もその絵を見た。あれなんだっけ、と言う。なんか世界史の資料集に載ってたよな、と言う。

 答えずに、

「……よし、ここは引き分けにしよう」

「何のだよ」

「痛み分けになる前に」

 なんでもいいけど、と井原は最後の一口分のうち、半分だけを口に運んだ。別にもう満腹だからとか、そういう理由からではない。外がめちゃくちゃ暑そうで、食べ終えて会計してカラオケ屋に向かうにはまだ心の準備が要りそうだったという、ただそれだけのこと。

 午後一時。ロータリーのアスファルトの上には陽炎が揺れているし、タクシー乗り場にはカブトムシみたいにギラギラ輝く自転車が群れを成しているし、白っぽい歩道橋はフラッシュみたいに激しく照っている。

 この窓から太陽は見えない。

 でもたぶん、ふたつはないんだろうな、と井原は思う。

「んで、話を戻して。やっぱあれか。こないだの『嘘』が〇点だったの気にして文芸部入ったのかよ」

「え? ……あー、確かに国語できるやつって『嘘』もできるしな」

「なんか違えっぽい反応だな」

「いや、でもそんな遠くない」

「距離自体はあんじゃねえか」

「あるけどまあ、誤差。三センチくらい」

 ふうん、と平尾は口では言うが、明らかに納得していない様子で水を口に含む。氷の溶けた分。これからカラオケに行ったらドリンクバーだのアイスクリームだの散々飲みまくるつもりなのだ。ここでたかだか冷や水ごときをおかわりしてまで飲むという選択肢はまったくない。

 井原も最後の一口を食べ終える。水を飲む。伝票に触れる。ふたりして、そろそろ行くか、と言って席を立つ。

 その道すがら、井原はこんなことを聞いた。

「十月だっけ?」

「ん?」

「平尾のとこのオープンキャンパス」

「あー……、あー、そう」

「それって文理同じ日程?」

「わかんね。何、文転すんの」

「いや、ちょっと考えてる進路があって」

 そのタイミングで、釣り銭を渡される。まとめて払った井原がども、と頭を下げて、ふたりは店の入り口を少し出たところで、レシートを突き合わせて精算する。

「なんの?」

 と、小銭入れを探りながら平尾が聞く。

「気象予報士とか、どうかなって」

 一瞬考え込んだ平尾に、

「嘘吐かなくて済むだろ」

 と言えば、

「は、」

 と理解して。

 しばらくふたりで笑った。

 それから、カラオケに行った。


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