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1-③

 見造里市というのは県内の高校生から見た場合には近隣にある一番大きな町であって、東京の高校生から見た場合には世界の果てのような土地である。

 すなわち、発展しているのは駅周りだけでその他は精々ファミレスが点在する程度。駅から自転車で二十分、バスで十分を要する立地の見造里第一高等学校は一番近くのコンビニまで坂道を歩いて十五分という有様であって、校内にある購買部は信じられないほど強気の値段設定でうら若き少年少女の財布の中身を脅かしている。

 ついでに言うなら発展している駅周りというのも地元民の目から見ればという話であって、実際のところは商店街の七割以上にシャッターが下り、駅ビルの中だってテナントの入れ替わりが激しいために一年の内二、三ヶ月は利用不能になっている区画が平気である。平日の昼間に何も知らない都会人が訪れればゾンビ映画を想起することもまあまあ予想される静まりぶりで、駅のバスターミナルには大型ショッピングセンターとの往復シャトルバス専用の停留所がある。所要金額二百円。所要時間は二十分。

 知らない女の子と無言で歩いていて気まずくなるのには十分な静けさということだ。

「……あの」

「はいっ!?」

 見造里市の静かな夏の午後、目の前を歩く女の子の洗濯したばかりみたいに白いワイシャツの袖のあたりをぼんやり見ながら、今日も暑いなあとか何か話すことないかなあとか考えていた井原は、露骨に驚いた声を上げてしまった。

 女の子は不思議そうな顔で井原を見ている。

「行先、こっちの方なんですか?」

 ありがとう、という言葉までは言えたのだ。

 ありがとう、と井原は自らの救世主に、ちゃんとその場で、脅威が立ち去った後にすぐに伝えたのだ。そして救世主は頷いた。はい、と。それだけ言った。それだけ言って立ち去っていった。しかし井原はその後を追いかけた。理由はといえば、

「いや、その。市民センター」

「え?」

「ほら、さっき言ってたやつ。文芸展?とかいうの」

「行くんですか?」

「行っとかないと、後で内容聞かれたとき困るじゃん」

 井原としては当然のことを言ったつもりだった。

 何とかあの場は乗り切れた。この文芸部の女の子のおかげで。たまたま文芸部が今日課外活動に出る予定で、しかもこの女の子が優しくも困っていた自分をそのメンバーなのだと庇ってくれたおかげで。

 しかし、自分は文芸部ではない。後で確認を取られたら終わる。終わるにしても終わり方というものがあり、少なくともその課外活動に着いていったという事実さえあれば、後で何事か聞かれても上手く躱せるかもしれないし、あわよくば自分がその課外活動と本来関係ない生徒だったことすらも隠し通せるかもしれない。

 ゆえに、井原はこうして市民センターまで向かうのに着いてきているのだが、女の子は困ったな、というような顔をして、

「やってないですよ」

「え」

「嘘ですから、さっきの」

 ぽかん、と小さく口が開いた。馬鹿みたいに。女の子の視線がその口の中に注がれたような気がして、慌てて閉じて、それから開く。

「え、え?」

 無意味に。

「やってません。文芸展。何か困ってそうだったから口出ししただけで」

「んじゃ、文芸部の課外、」

「それも嘘です」

 呆気に取られた。なんて強心臓だ。

 信じられないことだった。どんな思考回路を持っていればあの実家は日焼けサロンで主食は闘牛、使ってるボディソープは高級ワセリンですみたいな体育教師を相手に平然と嘘を吐けるんだ。大きめの犬に突進されたらそのまま身体が真っ二つにへし折れそうな華奢な体格をしながら。

「あの、もしかしてさ」

 自分の理解が及ばない生き物。井原はそう思い、

「『嘘』の成績、めっちゃいい?」

 女の子はこっくり頷いて、

「百点です」



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