5-④
『お前もうちょっと自分を大切にした方がいいぜ』
とは、どんな気持ちで打たれたメッセージだったのか。
わからないが、結構見透かされるものだな、と苦笑を通り越して感心が先に来る。大学の文化祭を見に行くのをやめる、と平尾に言って返ってきた反応がこれ。付き合いで言ったら平尾よりずっと長い友達もいるが、付き合いの長さばかりがお互いの理解度の高さの要因なのかといえば、きっとそんなこともなかったのだろう。そう思わされた。
「先輩」
「ん?」
「着きますよ」
顔を上げる間に、花束を抱えた湊はもう立ち上がっている。意外に気が早いんだな、なんて思いながら、その後に付いていくようにして、井原も腰を上げる。
電車のアナウンスが、駅への到着を告げる。
ドアをくぐると、とびっきりの夏がある。
遠い駅まで来た。
三両編成の小さな電車を抜け出して、地下駐輪場みたいな古臭いたたずまいの駅構内を歩いていく。経年劣化ですっかり青くなって、一体もとは何を広めようとしてたんだかさっぱりわからないポスターの前を横切って歩く。自動改札だとかICカードをタッチだとか、そんな気の利いた準備のされていない場所を、出口に立っている駅員に切符を見せて通り過ぎる。
湊の足に迷いはなく、井原はその後をついていく。
駅から出ると、急に視界が開けた。
青すぎる空、白すぎる雲、背の高い木、ほとんどガラガラの駅前ロータリー。潮の匂いなんて生まれも育ちも内陸側の井原にはさっぱりわかりようもなかったが、なんとなく、肌にはいつもと違う、べたついた空気が触れている気がする。
「こっちです」
と湊が指さす方向に、ふたりで歩く。バスがあるはずなので、と言いながら、確かにバス停の方向に歩いていく。
が、バス停はあっても、バスが来る予定はなかった。
「……消されてるな」
「…………」
さすがの湊も、困り果てた顔をしている。現在時刻は十一時二十分。そしてバス停の時刻表には、おそらく湊が見込んでいたとおり十一時二十五分の便が記載されている。ただし、二重線を引かれた状態で。
次の便は、十二時四十五分。
「結構ここ、海で儲けてると思ったんだけどな。そうでもないのか」
海と、それに伴う観光しか産業のないようなところだと思っていた。だから、いくら田舎の自治体なんてどこもかしこも財政難だなんて知識があっても、まさかバスの本数が減らされるとは思っていなかった。
代わりにというわけなのだろうが、駅前のロータリーには、そこそこの数のタクシーが止まっている。井原は自分の財布の中身と、帰りにかかる交通費を想像し、
「どっかで飯食って時間潰すか?」
「……歩けますけど、一応」
マジかよ、と思った。
このクソ暑い中をかよ、と思った。
思っている間に、
「今日、涼しいですし」
と湊が口にすると、なるほど、むしろ歩かなくちゃ損だと言いたくなるような、気持ちのいい風が吹いて、あたりの木々をさらりと揺らした。
「便利だな、これ」
なんて、何の捻りもない感想を漏らすと、
「行きましょう」
とだけ言って、先に歩いて行ってしまう。
一瞬だけ、バスが来ると言ってしまえばいいんじゃないか、と井原は考えた。考えて、この世にバスを運転するためだけの人間が生まれてしまう可能性が頭を過って、丸ごと考えを捨てる。
「おう」
少し遅れて返事して、井原は湊の後を追った。