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5-②

「……お前さ、」

 呆れ顔に、

「俺のこと万能ロボットかなんかだと思ってんのか?」

 なるのも仕方のないことだ。が、

「でもほら、お前以外に聞けそうなやついないし」

「いやそれ俺にも聞けねーことだから」

 高校生の一日は長い。

 だから、大事件が起こったその日の放課後にはすでに友達に相談している。

 誰でもよく知るハンバーガーチェーン店は、見造里市ではちょっと信じられないようなミスを犯したんじゃなかろうかというところに立地している。駅から高校を辿るあらゆる通学ルートから自転車で十分。ドライブスルーはいつ見ても交通渋滞を起こしているが、中に入ればガラガラで、キッズゾーンでゴムボールと戯れていてもおそらく何も文句は言われない。

 二階の喫煙席の奥となればなおさら。誰も二人の話を聞いている人間などいない。たとえそれが、高校生が死にたがる理由って何かな、なんて不穏な言葉から始まる会話であったとしても。

「でもさ、」

 井原は言う。片手では作り置きだったのだろう、すでに半分くらいしなびたフライドポテトをつまみながら、

「バンドやってる人ってなんかそういうタイプの人多そうだし。詳しいかなって」

「お前ぶん殴んぞ」

 平尾は言いながら、同じタイミングでポテトをつまむ。井原と少し違うのは、さっきカウンターで手慣れた口調で注文したトマトケチャップがトレーの上に乗っていることだ。

「よく知んねーけど、いじめとかじゃねーの」

「あんの? うちの学校」

「あるとこにはあんじゃね? 人が三人いれば派閥ができるとか言うし」

「へー」

 実体験?と聞けば、そういうわけじゃねーけど、と返ってくる。

「うーん、でもそんな感じではないかな」

 井原がその可能性を否定するのは、見造里一高の特性によるものだ。

 見造里一高には実力至上主義の風潮がある。そしてその実力は、文武のうち文の方にかなり偏っている。

 国語と噓が大得意。ずっと一位。たったそれだけのことでも、湊がいじめられたりするような理由は消えるような気がするのだ。他の学年の空気はもちろん知らないけれど、学年全体を覆っている空気が上や下に少しずれただけできれいさっぱり消え去っているということもあるまい。

「んじゃ家庭環境」

 平尾の第二案。ぽん、と出されたそれに井原は首を傾げ、

「そんな重要か? それ」

「いや、虐待とか。普通にあんだろ」

 ぎゃくたい。

 一度ひらがなで頭の中に入ってきて、それから漢字に変換された。縁のない言葉だ、と井原は思う。ニュースでしか見たことのない言葉だ。そして平尾の言う、普通に、が気にかかる。このへんの感覚の違いは、出身中学の違いというより、それぞれのアンテナの違いかもしれないな、と思いつつ、

「やー、それもなさそうかな」

 コーラを一口。

 第二案も、やっぱりなさそうに思えた。湊が大人しく殴られたり蹴られたりしている姿がさっぱり思い浮かばない。そもそも嘘を吐いたらそれが本当になるなんてとんでもない力を持っているのだ。シンデレラがされるような扱いに魔法使いが甘んじる理由がない。

「あ、」

 で、気付く。

 大抵のことは、湊が力でどうにかできてしまうのだ、ということに。

 いじめられたらいじめっ子全員を転校でもなんでもさせてしまえばいいし、虐待を受けたら親に人格改造でも施してしまえばいい。それをよしとするかは別として、少なくともそれに類する解決手段を持っているはずなのだ。

 だったら、そもそも原因は外圧じゃないのかもしれない。

 何か人との関わりを除いた場所で、死にたさが生まれているのかもしれない。

「なら失恋」

 ぼそっと、平尾が投げやりに言った。

「失恋?」

「まあ一番ありがちなんじゃねーの。大好きな人と別れた……つらい……死ぬ……みたいなやつ」

「あるか?」

「俺はよく見るけどな」

「えー」

「お前だって白波瀬先輩とかにフラれたら死にたいくらい言うんじゃねーの」

「言うかもしんないけど、」

 律儀に想像してから、

「それって言葉の綾だろ。人も自分も誰も本気で取らないやつ」

「いるんだよ。自分が本気で言ってると思い込んじまうようなやつ」

「えー」

「んでそういうのを真に受けるようなやつもいるもんだから、構ってほしくてすぐ死ぬ死ぬ言うやつもいる」

「……平尾、なんか詳しくね?」

「まあこれは実体験が混じってるからな」

 いつの間に、と尋ねると、いつの間にか、と返ってくる。友達だからと言って、友達のすべてを知っているわけではない。そういうことを、遅れあそばせながら井原は理解した。

「てかお前、そいつやめといた方がいいと思うぞ」

 理解しているうちに、全然理解できない忠告が来た。

「やめといた方がいいって?」

「いや、余計なお世話だろーけどさ。お前たぶんそういうやつ合わねーだろ。もっと普通の……普通っつったらあれか」

 平尾はナプキンで指先を拭きながら、

「ひとりでもしっかりしてそうなやつの方がいいと思うぞ。つか、白波瀬先輩はどしたの、お前」

「あ、や」

 そういう勘違いか、とわかって、

「違う違う。それ系の話じゃないから、これ」

「あ?」

「たまたま聞いちゃったみたいな感じ。でもまあ、ほっとくのもなんかアレだろ」

 しばらく、平尾はじっと井原を見つめていた。その視線に居心地の悪いものを感じて、食べる手も、飲む手も止めて、

「……なんだよ」

「いや、ぶっちゃけお前とこのまま友達やってていいもんかと思ってさ」

「は? なんで」

「お節介すぎる」

 そういうやつお前好きだろ、とか。

 似た者同士だろ、とか。

 そういう言葉を飲みこんでから繰り出した、友達でいてくれてありがとうございます、という台詞を、平尾は皮肉と受け止めて、しばらく笑った。


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