第六十六話 私の覚悟
俺は瞬間的に暗赤色の線が飛来した方向に氷霧で視界を遮った。
「蒼様!!」
「蒼君!!」
桜と茜さんが駆け寄る。
俺も攻撃を警戒しながら、蒼に近づく。近づくにつれ、血の匂いが濃くなっていく。
蒼の下には、もう血だまりができていた。
素人でもわかる。この量はもう…。
「蒼様、しっかりしてください!!」
「あか…ねえ…さん、やっと、恩返し、でき…た。」
「何をおっしゃっているのですかっ!」
蒼の声にはもう生気がなかった。
「ねえ…さん、幸せに、な…て…」
「蒼様!!」「蒼君!!」「蒼!!」
その言葉を最後に蒼はこと切れた。
だが、悲しんでいる余裕を与えてはくれなかった。氷霧を暗赤色の槍が切り裂いてくる。
俺は冷静に敵の方角を確かめる。さっきと同じ方角か。まずはこの攻撃をなんとかしないと。
「…茜さん、あなたの固有陰陽術式で蒼の流血を止めてください。」
「…無理です。私の術式は私以外を対象にできないのです。」
「なら、ここでやってください。できないと、蒼が死んでしまう。それに、蒼が信じている"お姉さん"はこんなところで諦めないです。」
「………。」
「そうですよ、茜さん。攻撃してきた大馬鹿野郎は、私とかなたでボコボコにしてあげますよ!!」
桜も死をまじかで経験したから、余裕がある。こういう時も明るくいてくれる。それでけで、俺や茜さんは救われる。
でも、なんで俺はこんなに冷静にいられるんだろ?
数ヶ月前なら、慌てていたはずなのに。
でも、今はどうでもいい。蒼をあんな目に合わせたクソ野郎はただではおかない。
茜さんが蒼を繋ぎ止めてくれる、絶対に。
僕—青龍寺 蒼は弱かった。小さい頃、全てのものを怖がっていた気がする。
そこらに生きている虫、大声で鳴いてくる犬、小さな妖怪。全てが恐ろしく、ずっと泣いていた。
でも、そんな恐怖の世界から救ってくれたのは他でもない、僕のお姉さん。
いつも僕の手を引いて、「大丈夫だよ、お姉ちゃんがついているもん。」と声をかけてくれる。
その声が、その言葉が、僕の救いで目標になった。
明るく、人を助けられる姉さんの様になること。これが、あかねえさんのとなりに立つための方法だったから。
だけど、ある日、あかねえさんは変わってしまった。
母が亡くなり、僕がずっと泣いていると、あかねえさんはずっと僕を慰めてくれた。
自分だって辛いのに、泣きたいのに。それを我慢して僕を慰めてくれた。
でも次の日には『姉』ではなくなっていた。青龍寺家の次期当主の従者としての青龍寺 茜がそこにいた。
何があったかも教えてくれず、何度、姉と呼んでも認めない。
僕はそれが嫌で、悔しくかった。
だからこそ、あかねえさんに自分を姉だと認めさせる。そして、恩返しするんだ。
…って息巻いていたのになー。認めさせることも恩返しすることもできなかったなぁ。
いやでも、恩返しはできたかな?
これって走馬灯ってやつなのかな?
『死にかけているにも関わらず、元気なやつだ。流石、やつの息子よの。』
ん?誰だよ、僕の走馬灯に割り込んでくるやつは?
『そんなことを言って良いのか?お前を助け、かつ従者を「姉」と認めさせる方法を持っているというのに。』
は?どなた様ですか?僕には心当たりがないのですが。
『青龍寺家は何をもってして十二家なのか、忘れたわけではあるまいな?』
それは、安倍晴明様の十二式神、青龍様をもってしてですが?
………ん?もしかしなくても、青龍様?
『いかにも。安倍晴明様が作りし十二式神が一柱、「青龍」じゃ。』
……、し、失礼しました!青龍様とはつゆ知らず、失礼な態度を!
『よいよい。その反応、初めてあやつにあった頃を思い出すな。お主の母、青龍寺 紫陽花をな。紫陽花はわしのことすら知らなかったぐらいじゃからな。』
そうか、青龍様の前所有者は母だったからか。知っていて当たり前か。
それにしても、青龍様、なぜ死にかけの私に話しかけてこられたのですか?
初めて会話ができていると記憶しているのですが?
『初めは見守るつもりだったのだがな。紫陽花にもそう言われておったしな。しかし、お主らは紫陽花の願いを無碍にするだけでなく、片方が死にかけておる。流石のわしも動かざるを得んかった。』
母の願い?なんですか、それは?そんなこと、一度たりとも聞いたことがないです。
『いや、お主ら姉弟はしっかりと聞いておるはずじゃ。「姉弟仲良くするのよ」とな。小さい頃から紫陽花は言ってあったはずじゃ。』
………。母はわかっていたんだ、自分が死んだ後のことを。あかねえさんが「姉」でなくなることを。そうじゃなきゃ、あの母がしつこく言うわけがない。
青龍様、教えてください。僕も助かり、あかねえさんが本当の「姉」に戻る方法を。
『まず、お主の明力を貰い受ける。死にかけているお主からもらうのじゃ。それは死に近づく行為じゃ。そこを踏ん張れ。次が1番の賭けじゃ。お主の姉にわしを使わせる。そうすれば格段に術式の効果を上げられる。』
なるほど。そうすれば、あかねえさんの術式が僕にも使える様になるかもしれない。
でも、どこが賭けになるのですか?
『まず、式神術式は固有陰陽術式ではあるが難易度が桁違いだ。そして、わしは十二式神。紫陽花の娘とはいえ、わしを使いこなせるかわからん。1番の問題は紫陽花の娘はいま悩んでおる。この様な状態で使えば反動で何が起こるかわからん。』
悩んでいる?あかねえさんが悩んでいるんですか?
『そうじゃ。どこかの誰かが庇ったからな。とはいえ、早くしないとお前の命が持たん。』
それなら、青龍様。僕が死ぬ前に、母のロケットペンダントは開けられないですか?
母は任務中、よく開けて笑っていたと聞いています。
しかし、あかねえさんのもとに来てから、一度もあけられていなかったんです。
正直なところ、僕も中身がすごく気になっていたんで、死ぬ前にそれを知っておきたいのです。
『主もよくわからんやつだな。死ぬ前にもう少し何かあるじゃろうて…。まぁ、紫陽花の息子ならあり得るか。……わかった、その望み聞き届けよう。それをしたらお主の命を維持している明力が尽きる。それでも良いのか?』
はい。僕がいなくても青龍寺家は成り立ちます。そして、あかねえさんに恩返しができるならそれだけで僕の誉になります。
『その心意気、確かに受け取った。ではお主の願いを叶えにいくとしよう。もう一度言っておくが、お主の明力を貰い受ける。死ぬなよ。』
僕を誰だと思っているのですか?僕は青龍寺家次期当主、青龍寺 蒼ですよ?
まだ、あかねえさんに認めてもらっていないんです。こんなところで死んでたまるものですか!
ここからが踏ん張りどころだ!
私—青龍寺 茜はいつもそうだ。蒼様と呼んでいながら、心のどこかで弟としてみてしまっていた。
従者は常に主人を守り、付き従うもの。それなのに私は主人である蒼に意見することが多かった。これは姉として、弟には間違った道を進んでほしくないと思っていたからだ。
私はそれに「青龍寺家の次期当主として自覚」という建前をつけて、従者の意見として正当化していた。
なんで、今になってこんなことに気がつくんだ。なんで、目の前で血を垂れ流した姿をみて気がつくんだっ!
『それはまだ、主の中に「姉」としての人格が残っているからじゃよ。』
「!誰ですか⁉︎」
その声は蒼の方から聞こえた。
『青龍といえばわかるじゃろ。今は時間がない。茜とやら、さっさとわしを使え。』
一枚の札が蒼の札のホルダーから飛んでくる。
それは見間違えるわけがない。青龍寺家に代々受け継がれてきた、安倍晴明様が作りし十二の式神が一つ。「青龍」の式神に他ならなかった。
「なぜ、私なんですか?自分にしか術式を発動できない、こんな役立たずの私にっ!」
これは私の本音だった。いつもならこんな風に感情的にならない。でも、もう無理なんだ。自分が従者なのか姉なのかなんてどうでもいい。
ただただ、目の前の命がなくなっていく姿を見ることしかできない。
『まだ、こやつは死んでおらん。お主がわしを使えば助けられる。お主が諦めなければ良いだけじゃ。』
「それは、本当ですか⁉︎どうすれば、この子を、弟を助けられるのですか⁉︎」
『だからさっきも言ったであろう?お主がわしを使うのじゃ。』
「本当に助けられるんですね?なら、やります。この命に変えても。」
この言葉に嘘はない。全身全霊でこの身を賭してでも、この子を助けてみせる。
『ならば、わしにつづいて詠唱せよ』
「はい。」
そこから流石に祝詞が響き出す。
『今は遠き、東の空』
「今は遠き、東の空』
これは母がよく歌っていた。忘れるわけがない。優しい声で、私と蒼に聞かせてくれていた。
『太陽は昇り、春の始まりを告げる。』
「太陽は昇り、春の始まりを告げる。」
必ずあなたたちの力になってくれるはずと、最後までゆっくりと微笑みながら聞かせてくれた。
「『生命はここに。命の燈を輝かせる。』」
祝詞が終わる。これは術式の完成を意味する。青龍様の式神が私に入ってくる。
『式神陰陽術式 『神纏』』
私の身体が変わっていく。腕や脚には鱗の鎧、頭には角、腰には尻尾が生えた。
しかし、おかしなことが一つ。青龍の術式のはずだが、私の鱗や尻尾は赫く輝いている。
「青龍様、これは一体?」
『今はどうでも良い。それより蒼に集中せんか。』
「はい!」
『安倍晴明様が作られた十二の式神の術式にはそれぞれ固有の能力が与えられておる。青龍は『拡張』だ。これは全ての事柄に使うことができる。例えば、術式対象などな。』
「それはつまり、私の術式対象を他人にまで『拡張』できると言うことですね。」
『その通りじゃ。なら、やってやれ。お主は紫陽花の娘なのじゃから、無茶をせんとな。』
私がまずやることは集中。術式対象を蒼の血にする。
陰陽術はイメージが大切。私が操作できるとイメージする。体外に出た蒼の血を操るイメージ。
あ、感覚的にわかる。私の術式が広がっている。まるで、前からそうであった様に自然にできる。
次の段階は体外に出た血から異物を除くこと。これは簡単。血以外は操作できないことを利用して、血のみを抽出。
そして、そのまま蒼の身体に戻し、体内を循環させる。心臓はまだギリギリ動いているが、血圧が足りていない。足りていない分を術式で補完。
そして最後は欠損した部位を塞ぐ。術式を解いた瞬間、血が体外に出てしまう。
これを防ぐために私ができることは、血に含まれている細胞を使い瘡蓋を作る容量で塞ぐ。まずは破損した血管。そして、鉄分を結合させて穴の空いた皮膚を塞ぐ。
とりあえず、応急処置でいい。紅蓮先生が来てから、急いで陰陽連に連れて行ってもらう。
あそこなら、ある程度の致命傷でも息があれば治る。
『お主、無茶をせんとなとは言ったがここまでするのか。わしの色を変えただけでも驚きじゃったが、『拡張』を一度にここまでやってのけるとは末恐ろしいのぉ。』
「青龍様が全ての事柄に『拡張』が使えるとおっしゃったのですよ。なら、使わないて手はないです。」
『流石、紫陽花の娘じゃな。さて、応急処置はできたことじゃし、あやつらの助太刀にでもいくか?』
「あやつらとは、かなた様と桜様のことですよね。いくのはいいのですが、離れても大丈夫なのですか?術式が解除されるのでは?」
『安心せい。『拡張』のおかげで術の規模も大きくなっておる。ので、お主がわしを解いても、お主自身の術式を解くまでは消えることはない。』
「では、私の術式が強制解除、もしくは解除しない限り大丈夫なのですね。」
『そういうことじゃ。それに、せっかく『神纏』の状態なのじゃから、戦わなくてはな。』
「わかりました。青龍様、初めてなのでご助言お願いしますね。」
私は、すぐさま地を蹴った。
やはり、と言うべきでしょう。身体能力が大幅に増えている。
おかげさまで、木に頭突きをする羽目になりました。ですが、今のではっきりしました。
この状態は操れる。
集中です。私にはこれは操れる。蒼をあんな姿にしたクソ野郎は殴らないと気が済まない。
私は爆音がする方へと駆け出す。木々をさけ、飛び越えながら近づく。
初めて尻尾をつかって飛んではみましたが、違和感がない。今まであったかの様に自然に使えるとは…。流石、安倍晴明様が作られた式神といったところでしょうか?
見つけた。この距離なら、十分加速できる。
私は一直線に奴を捉えた。かなた様や桜様がこちらに気付き、攻撃を中断する。
さぁ、見せてあげましょう。私の本気の拳を!
私は地面を蹴る。蹴る。蹴る。
音がなくなり、景色がものすごい速さで後ろへと流れていく。
『タイミングは合わせてやるぞ。好きに戦いなさい。』
「はい!」
そして次の瞬間には私の拳は奴の脳天を捉えていた。今の私は殴るタイミングと術式のタイミングを完璧に合わせられる。
拳には慣性ものり、威力がものすごいことになっていたのだろう。奴の姿は胴体を残して、頭だけ吹っ飛んでいた。
読んでくださってありがとうございました!
誤字や脱字などありましたら、教えていただけるとありがたいです。
今回はいつもと違った書き方をしてみたので、ご感想をいただけると幸いです!
これからもよろしくお願いします!




