第六十一話 『死』の圧
「本当に数日寝るとは思ってなかったよ。心配した。」
「あぁ、悪いとは思っているぞ。まさか、あれを使うだけで、こんなに疲弊するとはな。」
全く、何も考えずに術なんて使うから。俺でも術を使う時はそれなりに気を付けているのに。
本当に、あの術はどれほどの威力なのやら…。体内から炎が噴き出していたし、中々にエグい。
「それにしても、あの術ってなに?昔、ぬらが使っていたって言っていたよね?」
「ああ、あれは『黒炎の華』っていってな。見ての通り、体内から焼く技だ。面白いところが相手の生命力を吸収して炎を大きくすることだ。鬼でいうと『鬼力』だな。」
え、なにそれ怖い。生命力って死ぬまで生まれるものだよ。それを使うってことは死ぬまで焼き続けるってこと?
「それはそうと、お前、俺が寝てる間に赤髪のやつにキツく言われてたな。」
「え、寝ていてもわかるものなの?」
「なんとなくな。それより、言われていたところを重点的にやってみないか?」
ぬらは素早く構える。やる気満々みたいだな。
数日ぶりだし、成長を見せてやる。そこまで変わっていないかもしれないけど。
「それじゃあ、お手柔らかに頼むよ、ぬら。」
「それはお前次第だな。」
ふーー、よし!
俺は大きく踏み込み、一気にぬらの懐に入りこむ。
茜さんから言われたことは主に二つ。
一つ目は隙をみつけても冷静に考えること。俺は、隙を見つけるとそれに合わせて単純に動いてしまう。だからこそ、冷静に罠である可能性を頭の隅に置いておくこと。
二つ目は攻撃のパターンを増やすこと。今まで格闘技なんてまともに触れてこなかったから、攻撃パターンが限られてきている。相手が手だれであればあるほど、読みと勘は凄まじい。
今すぐには直せないけど、少しでも読みづらくすることを意識する。
それとは別に問題点がまだある。人を攻撃するのってまだ慣れてないことだ。罪悪感が残るんだよな。
すると、急にぬらの動きが止まる。
「かなた、本気でこないと痛いぞ。夢でも痛いものは痛い。傷ができないだけでな。」
「わかってるよ。鬼なら気にせず攻撃できるんだけど、ぬらみたいに人間味があるとどうしても罪悪感が残ってさ…。」
対人戦っていっても模擬が多いし、人を攻撃することなんて、人生にそうないと思う。
慣れることなんてできる気がしない。
「妖怪や陰陽師と戦うということは、下手をすればこっちが死にかねない。人間味があるからといって殺しに来ないとは言い切れないぞ。」
「わかってはいるんだけど、どうしてもね。」
『死ぬ』と言われても、どうにもピンとこない。鬼人と戦えたのは『死』を考える暇がなかったからだ。
組み手も訓練だから死ぬことはない。
一般人が『死』という圧を感じる時なんてない。それに『死』というものを知らないからなんともなぁ。
「かなた、試しに『死』を体感してみるか?夢の中だから死ぬことはない。死を経験していれば、『死』の圧を身近なものにできるだろうからな。だが、とてつもなく痛いぞ。」
「それって簡単に提案していいものなの?実際、『死』を経験して大丈夫なの?病んだらしない?」
「それはわからないが、『死』を知っているものは周りよりも動きに隙がなくなる。経験していてもいいとは思うぞ。」
そんなに言うなら、やってみてもいいかも。夢の中だし死なないってのが大きいし。
それに、ぬらは優しいし痛くないようにしてくれるだろう。
「わかった。その代わり、痛くしないでよ。」
「死ぬ時点で痛いのは確定しているから我慢しろよ。とりあえず、そこから動かないよ。動くと狙いがずれて痛みが増すからな。」
そういってぬらは構える。
『死』って言われても、よくわからない。どう頑張っても『死』を経験できるのは一度きり、かつ死んでしまえばそこで終わり。
夢の中でも経験はしたくないけどなぁ。強くなるには必要なのかな。
「———ッ!」
ぬらの圧が一気に変わる。圧だけで体が動かなくなる。
そして、刹那———
俺の視線が回転しながら下に落ちる。
次の瞬間には元に戻っていた。
く、首は?俺の首ちゃんとある?一瞬すぎてわからなかったけど、確かに一度首から顔が離れた。
何度も何度も首のあたりを触り、繋がっていることを確認する。
やばい、動悸が止まらない。息も荒い。
「今のが、『死ぬ』と言うことだ。どうだ?」
「ちょ、ちょっと待ってね。息が、うまく、できなくて…。すーーー、はぁーーー、すーーー、はぁーーー、うん、大丈夫。」
「やっぱり、きついか?」
「そんな言葉で片付けられないよ。今でも、生きた心地がしない。夢の中といったも二度と味わいたくないよ。」
「なら、その『死』を常に意識し続けろ。それだけでも動きが変わる。」
『死』を常に意識し続ける。すぐ隣にあると思うこと。
常にあの怖さ、痛さ、寒気が隣にある。自分だけでなく、親しい人たちにあの感覚を感じさせない。
「そのまま組み手をするぞ。かなた、かかってこい。」
「……行くよ。」
俺は一気に踏み込む。ぬらの懐に入り攻撃を行う。ぬらはそれを容易く捌き、反撃してくる。
俺はそれを避けまた反撃。これを繰り返す。
なんだろう、体が攻撃に敏感になっている?ぬらの攻撃やフェイントがなんとなくわかる。
なんだ、これ?
ぬらは俺の攻撃を受け止め、その勢いを使い後方へ飛ぶ。
「かなた、どうだ。死を意識するだけで、動きが変わるだろ?」
「すごいね。今まで感じたことのない感覚だよ。常に集中力が切れないし、攻撃にもいつもより威力がのっている。」
「それが『火事場の馬鹿力』ってやつだ。それが続けられるように、これから毎日夢の中でも特訓だ。」
「おう!しっかりとモノにしてぬらに一撃ぐらいは当ててやるからな!」
「その意気だ。さぁ、続けるぞ。」
そうして俺たちは目が覚めるギリギリまで組み手を続けた。
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