同じ頃のアルバートたち。
同じ頃、中立都市リベリアが中心部。
純白の壁に覆われた、コロッセオに似た巨大な建築物にて。
この建物内は中央に向かうように道が作られており、中央にあるのは円状の議席である。それは誰もが平等であることを示すとともに、不正をできぬよう誰の目に留まるよう作られていて、平和の象徴として知られている。
その席へ向かう途中にある、談話に使われる長椅子が並ぶ場所の中に、アルバートたちシエスタの一行が居た。
「今日は挨拶だけですが、会談がはじまってからは、だいたいのことは僕に任せてください」
ラドラムがこう口にして、同行した皆を頷かせる。
「同意はするが、珍しいな」
「珍しい? 僕がです?」
「ああ。どうせ面倒だと言うと思っていた。第三皇女殿下とそれを予想し、打開すべく説得の用意をしていたのだが、不要だったらしい」
「ひどいなぁ。僕だってやるときはやりますって。――――でも気になるので、その説得の用意ってのをお聞かせくださいよ」
「それは――――」
告げようとしたアルバートを制し、ミスティが口を挟む。
「半年ぐらいグレンと会えないようにしてやろうと思ってたわ」
「…………え、本当にするんですか?」
「いいえ。素直に仕事をしてくれるならしないわ」
「よかったー……そんなこと言われたら、用意していたクーデターを実行に移さなきゃいけなかったですよ!」
一瞬、空気が凍った。
妹たるアリスだって口を閉じ、神妙な面持ちで兄を見ていた。
彼女にも、兄の言葉を嘘と言い切れる自信がなかったのだ。
「おや? 皆さんそんな顔をしてどうされたのです? 嫌ですねー、本気なわけないじゃないですか。本気だったら口にしませんって」
「う、うむ……さすがのお主も、本気でそのようなことは口にせんだろうな」
「当たり前じゃないですか! そもそも、本気だったら言いませんって! 気が付いたら玉座に僕が座ってることになるでしょうしね! うん! だから違いますよ!」
笑えない冗談なのだが、ラドラムは楽しそうに笑っている。
これはもう真面目に相手をしてはいけない。
一行が遊ばれていることに気が付いたのは間もなくだ。
ラドラムは皆が真面目に心配していたから遊んだだけなのだ。
「はぁ……。もういいわ」
ミスティがため息をついて言うと、彼女の手は隣にいたアリスの手を取った。
「ミスティ?」
「貴女のお兄様は謀反を企てるので忙しいみたいだから、私たちは別の場所で休憩しましょう。ほら、行くわよ」
「あ、ちょ……ミスティってば! お、お兄様! アルバート様! 失礼致します!」
連れられて行くアリスは令嬢然とした態度で別れの言葉を述べ、手を引くミスティを見て不満げな面持ちを浮かべていた。
それを見たラドラムはまた笑う。
「どうです、あの様子」
「言葉が少なすぎる」
「ああ失礼失礼。アリスの姿ですよ。僕の前で頑張って令嬢っぽく振舞う姿が可愛らしくて。あれ、素の姿がバレてないとでも思ってるんでしょうね。正直、可愛くてたまりません」
「……逆に考えてもみろ。ラドラム殿の前では自然体でいたくないのかもしれんぞ?」
「参ったなぁ。その可能性の方が高そうじゃないですか。ちなみにどうです? アリス、アルバート殿の前では普段、どういう振る舞いを?」
「初日どころか、数時間で猫かぶりが終わったな」
「なんか不満ですね、それ」
「私もいいわけではないが、日ごろの行いだろうな」
「ふむ、耳が痛い話です」
アルバートは仕方なそうに肩をすくませ、ラドラムが座るソファの面前に腰を下ろした。それを見たラドラムはきょとんとする。アルバートが自分の傍に座ることを是とするとは思ってもみなかったのだ。
「僕のこと嫌いじゃなかったですっけ」
「ああ。好きではない」
どうやら前と比べて態度が軟化しているらしい。
素直に喜んだラドラム。
彼はアリスに似た――――いいや、むしろアリスがラドラムに似たのかもしれないが、これから悪戯をしそうな、締まりのない表情をしている。
一方で、アルバートは違った。
「気になることでも?」
「見てみろ。あっちの方だ」
ラドラムは顎で方向を示したアルバートに従い、その先を見た。
各国の重鎮やその護衛などで賑わう周囲の景色を見ると、どれが気になるそれなのか曖昧だ。しかしラドラムはすぐに分かった。
彼をもってしても、強い興味が惹かれる者たちが居た。
「悪い顔をしてるぞ」
「つられたのかもしれません。あちらに悪いことを話していたそうな方々が居ますし」
「……ラドラム殿はそうでなくとも悪い顔をするだろうに」
「ま、いいじゃないですか。気になることは気になる、ということで」
二人の視線の先に居るのは、二か国の代表たちの姿だ。
片方はケイオス王国の文官と思われる。
そしてもう一方は――――。
「あの服装、グレスデンの者か」
「でしょうね。焼けた肌を見ても間違いありません」
グレスデンは海洋国家だ。
正式名称を群島国家グレスデンと言う、大陸の南方から海に出て、しばらく進んだ先に位置する国である。
七国階段に参加できるのだから大国に違いはないが、その実態はひどく不安定だ。
彼らグレスデンはその名の通り、数多くの島々で構成される国だが、穀物の多くをケイオスに依存し、更には布や革に至る素材の多くもケイオスから輸入している。
他にも七国会談に参加する国々と交易が盛んだ。
当然、シエスタ帝国とも盛んである。
エルタリア島で作られる特産品と言えば、名門シエスタ魔法学園でも使われる布であるが、それらもグレスデンの民に人気がある品物だ。
「それにしても背が高いですね、あの人たち」
ラドラムがグレスデン人を見て感嘆した。
彼らの背は2メイル後半もあるだろう。
「グレスデンの者らは平均的に背が高いからな。偏に精霊様の思し召しといったところだろう」
「なんでしたっけ。城代わりだって言う、グレスデン国王が住まう大樹のことでしたか」
アルバートはすぐに頷いた。
その大樹と言うのは、ラドラムが言ったようにグレスデン王が住まう大樹のことだ。その大樹は群島の中でもひときわ大きな、王都がある島の中央に生えている。
「おォ! アルバートではないかッ!」
アルバートにふと、背にドンッ! と大きな手がぶつけられた感触が奔った。
振り向くと、一人の獣人がアルバートを見下ろしていた。
「白獅子かッ! 久しいなッ!」
立ち上がったアルバートはその獣人と熱い抱擁を交わした。
相手の獣人は巨漢に数えられるアルバートよりも二回り以上も背が高く、体格は他の獣人よりも更に筋骨隆々。
白いたてがみを悠々と揺らす姿が堂に入っていた。
「隠居したと聞いて心配していたぞ! アルバートほどの男が怪我でもしたのかと思い、面を拝みに行くか何年も迷ってしまった!」
「馬鹿を言うな! お主も今では君主であろう!」
「それこそ馬鹿なことよッ! 戦友の顔を見れずして何が君主か!」
二人の横でラドラムが困惑していた。アルバートに見せたことがないぐらい、言葉に詰まっている様子だった。
「む?」
すると、その様子に気が付いた白獅子が尋ねる。
「その方は?」
「ああ、紹介が遅れていたな。この者はラドラム・ローゼンタールという」
「ローゼンタール……察しがついた。かのローゼンタール公爵が亡くなったと聞いていたが、この方が次期当主であったか」
ラドラムも歴戦の貴族。
傍にいたアルバートがいきなり現れた他国の君主と、いきなり親しく会話をはじめたことに驚いていたが、その驚きをあっという間に隠した。
彼はすぐに立ち上がると、白獅子の前で膝を折った。
「ラドラム・ローゼンタールと申します。亡き父に代わり法務大臣の席を預かっております。以後、お見知りおきを」
「うむ! そのぐらいでよいぞ! 友と語らう私のことはあまり気にするな!」
「しかし白獅子よ。我々がはじめて肩を並べて戦ってから、もうすぐ十五年になるか」
二人の仲の良さを見て、ラドラムは思い出した。
この二人は種族の垣根を超え、身分も関係なく友誼を交わした戦友同士だ。きっかけはまさにガルディア戦争で、アルバートが白獅子を助けたからと聞いている。
「うむ。それにしても懐かしいな。知り合った際はアルバートからも幼名で呼ばれていたというのに、もう十五年か」
これはレギルタス同盟における文化の一つで、特に獣人に限った話だ。
獣人は他の種族と同じく生まれてすぐに名付けられるが、部族の長や貴族の当主となれば、渾名で呼ばれるようになる。
それは君主でも同じだった。
「我が子らも道理で大きくなったものだ。最近では、宝物庫に忍び込むぐらいやんちゃなのだ」
「元気で良いではないか。白獅子のことだ。忍び込んだことを称えたのだろう?」
それを聞いた白獅子の頬が軽く歪んだ。
「最初は称えたこともあったが……聖石に手を出されては俺も叱責せざるを得んかったな。あれは聖地が終戦祝いに配った秘宝。おいそれと触らせるわけにいかん」
「……聖石、か」
「そういえば、シエスタは受け取ってなかったな」
「皇帝陛下が聖地嫌いなものでな」
「不信心なことよ。かの御仁らの行いは素晴らしいの一言なのだが――――っと、すまない。このような言い草は無礼であったな」
「ああ……聞かなかったことにしておこう」
「助かる。――――では、俺はそろそろ同胞の下へ戻るとしよう。また、七国会談中に話せるだろうさ」
白獅子はそう言って二人の下を立ち去った。
すると、アルバートは白獅子の背が見えなくなったところでラドラムに声を掛ける。
「友として、警告すべきであっただろうか」
聖石のことについて、アンガルダで時堕の身に起きた事件についてだ。
「止めておいた方が無難ですね。レギルタス同盟は聖地に傾倒しております。理由は知っての通り、聖地が異人への差別撤廃に協力的だった歴史によるものです」
「……ああ」
「加えて、まだ証拠がない。時堕が聖地に嵌められたと言えるだけの証拠がないんですよ。大時計台に居たのが、本当に聖地の関係者なのか裏もとれてませんしね」
「クリストフが耳にしたというだけでは駄目なのか?」
「駄目ですね。客観的な証拠でなければ、聖地に敵対的な行為をしたと思われても不思議ではありません。ですので、アンガルダで発生した件は、まだ我らの胸に秘めておくべきです」
「あい分かった。……聖地を敵に回すのは面倒そうだからな」
「でしょう? あいつら大陸中に神殿を作ってるぐらいですし、信者全員を敵に回すのは勘弁願いたいですよね」
ラドラムはソファに座り直して「それに」と口にする。
「聖地がシエスタに手を出したわけでもありません。僕が知らぬ間にケイオスが喧嘩を吹っ掛けただけかもしれませんし。だから僕としても、現段階では積極的に動きたくないってのが本音ですよ。極論、自分たちの身を守れるなら、これ以上に上等なことってないですし」
アルバートとて同じだ。白獅子が友人でなければ気にかけることすらなかったはず。
すべては、自分たちに火の粉が降りかからなければ――――の話だが。
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