名家の令嬢
数日後の昼過ぎに、馬車の中で。
「中立都市リベリナ。ここは地図で言うとシエスタとケイオスの上らへんで、大陸を横に抜ける中立都市の中でも最西端に位置する場所さ」
と、合流したばかりのラドラムが言った。
窓の外からは人が賑わう様子が伝わってくる。町並みは石造りの建物が所狭しと並んでいて、ケイオスのアンガルダと比べてもあまりそん色のない大きな都市だった。
「ここは古き時代から、三国を繋ぐ経由地として栄えた歴史がある。特にこの辺りは山脈も多いせいもあって、移動することに苦労していたからね」
「……ラドラム様」
「なんだい?」
「この都市の説明も助かりますが、早朝に俺が話していた件はどうなったんですか?」
それは、数日前の夜の話だ。
ミスティの様子を見に行った俺が出会い、そして手を貸した女性とのことに加え、あれらの魔物たちについて話のことだ。
「というと、僕がグレン君の屋敷に着いてすぐに聞いた話だね!」
この男は今朝方、予定通り数日遅れで合流していた。
それからというもの、事前に話していた通りに七国会談の舞台へ出発したというわけだ。
「はい。相違ありません」
「えーっと確か……そうそう! 変な魔物と、それを目的として足を運んでいたであろう女性……しかも、法衣を着た艶めかしいお人だったとか!」
わざわざ言い直すあたりに、この男のいやらしさがある。
すぐに本題に移らないところがにくい。
「だけど考えてほしい」
また茶を濁すのかと思っていると。
「そんな色っぽい女性が夜に一人で出歩いてて、普通ではない魔物の下に来てたって言われても……。さすがの僕も、困惑しちゃって当然じゃないかな、って」
その顔は本心を述べているように見える。この男は俺が腹芸で勝てない存在とあって、本当に本心かは分からない。
だからこそ、素直に納得することは避ける方が無難だ。
「一理ありますね」
ただ、ぐうの音もでない正論には頷かざるを得ない。
「いくら僕でも、隠せることと誤魔化せることには限度があるよ。だってグレン君が言った人って、どう考えても目立つじゃないか」
「…………ですねー」
「仮にその女性が、他の場所でも似たようなことをしていたとしよう。身体付きから男の目を引くような者なら、この時点で目立ってしまう。ついでに見惚れる暗殺技術を披露するような人なら特にそうだ」
「つまり、こう言いたいってことですか」
俺はこれまで窓の外に向けていた目をラドラムに向けた。
「そもそも目立つ人なら隠しようがないし、隠す必要がないと」
「ついでにもう一つだ。僕が知りえない条件として、その女性の仕事が完ぺきだった場合があるだろ?」
「ああ……現実問題、姿を見た者が全員死んでいたら誰にもわかりませんしね」
「そういうことさ! というわけで、残念なことに僕もしらないわけだよ! ――――って、なんだいその顔は!? 全然信じてくれてない感じじゃないか!」
隠すことなく疑念の目を向けていると、ラドラムは愉悦に浸りながら肩をすくめる。
そういう仕草をするから信用されないのだが……どうせ、分かってやってるだろうから、これについては諦めるしかない。
「ま、キナ臭い動きに心当たりがないわけじゃないよ」
素直に教えてくれるかを考える気はない。
少なくとも、俺と二人だけの馬車に乗った時点で、何か考えがあって行動していることは分かっていた。
それが、あの夜のことを話した後なら当たり前と言っていい。
「はぁ。だったら、なんでここまで引っ張ったんですかね」
「趣味に決まってるじゃないか!」
「分かりました。では、忘れることにします」
「…………ん?」
「だから、あの女性の素性などは気になりますけど、忘れます」
「…………気になったことは調べた方がいいよ? ほら、本を読んで分からない言葉があったら調べた方がいいって言うじゃないか」
「それは思いますが、あの女性のことを知れなくても問題ないですし」
「…………いやいやいやいや。後で後悔するかもしれないよ。あー、あの時聞いておけばよかったなってね」
「するでしょうね。だけど我慢できなくないですから」
たまに意地の悪い返しをしても構わないはずだ。だってこの男は以前、俺たちは同格なのだと言っていたことがあるぐらいだ。
恩はあるが、それはもう依頼をこなすことで返却しているから問題なかろう。
「答えにたどり着いたら、それはもう素敵な女性かもしれないよ? 男として、気になる存在になるかもしれないじゃないか」
「間に合ってます」
「ま、間に合ってます……だって?」
言ってから失言に気が付いた。
こんなやり取りをしてるんだから流してほしかったが……。
「僕は嬉しい! グレン君が素直にあの二人のことを――――ッ!」
「わ、忘れてください!」
「いーや無理だね! 僕はアリスは勿論のこと、第三皇女殿下だって幼いころから見守って来たんだ! 嬉しい言葉を聞けたから、つい二人にも話してしまいそうだよ!」
藪蛇だったか……ああいや、やっぱりただの失言だろうか。
いずれにせよなんでもいいから、二人に告げるのはやめてほしいところだ。
「まぁまぁ。ってわけだから話だけでも聞いておいてよ」
「ッ…………あ、あれ?」
「そんな顔をしないでくれよ! 安心してくれたまえ! さっきの失言を黙ることと引き換えに仕事を頼むなんて言わないからさ! ほら、僕とグレン君の仲じゃないか!」
やっぱり仕事か。言われると思った。
「話を聞いた後で拒否した場合、ラドラムの口が滑ることになるわけですね」
「別にそんな意地悪はしないって。頼みたいことはあっても、それがグレン君に直接する話じゃないから、正直なところ、頼めたら嬉しいってぐらいなんだよ」
ラドラムにしては珍しく低姿勢だ。
「接触できる機会があったら、なんでもいい。とある女性と話したことを僕にすべて伝えてくれないかな」
「どういうことです? ラドラム様にしては狙いが見えませんが」
「僕もまだ手探り状態ってことさ。今回の七国会談の場を利用して、ちょっと調べておきたいなって思うことがあってね」
「まぁ……あまりにも面倒なことでなければ構いませんよ」
「助かるよ。じゃあキナ臭い話ってやつと併せて、誰と接触してほしいか教えよう」
ラドラム曰く、話はアンガルダでの騒動が関わるという。
あの時堕に何かした連中についてと、彼の身体に埋め込まれた石の件について、少し進展があったそうだ。
「グレン君と魔法師団長殿が見たという者たちだが、リバーヴェルを経由してケイオスに入ったことが分かった」
「それは――――興味深いです」
「そう言ってくれると思ったよ。しかし、リバーヴェルは知っての通り特別な場所でね、僕らも簡単に手を出すことはできない。だが幸いにも、七国会談が開かれるだろう?」
ただ開かれたわけじゃないよ、とラドラムがつづけた。
「今回の会談には、リバーヴェルで一番力があると言ってもいいロータス家が参加することが決まっている。だから僕はここに来たんだ。――――グレン君には、そのロータス家の者に接触してほしい。もっとも、可能であればでいいけどね」
「さすがに難しそうですが……」
「僕もロータス家の当主に接触してくれとは言わないさ。というのも、彼には妹が居てね、その令嬢と接触してくれたら有難いと思ってる」
「あまり難易度が変わってませんね。うちはただの子爵家ですよ」
「ま、あくまでも可能な限りでいいさ。僕も色々と図り損ねているから、できる限りの協力をしてくれたらそれでいいんだ」
本当に低姿勢だ。いつものラドラムならもっと俺を追い詰めるように頼むというのに、これでは手探り状態であることが真意に思えてくる。
「分かりました。俺はその妹君と接触すればいいんですね」
俺が尋ねると、ラドラムは待ってくれと言って懐を漁る。
そして折りたたまれた紙を取り出し、俺に手渡した。
「彼女がその妹君だ」
開くと、アリスとミスティに劣らぬ美玉が描かれていた。
年の頃も俺たちと同じように見える。
「名はオヴェリア・ロータス。グレン君と同い年だというのに、既に各国との折衝や会談をこなすほどの令嬢さ」
そう言ったラドラムはニヤリと笑って、俺の返事を待つ。
俺はと言えば、何も答えずに紙を折りたたんで懐に入れた。
ふぅ、と息を吐いてからラドラムから顔を反らすと、窓の外に広がる、中立都市リベリナの景色に意識を向けた。
「例の女性については僕に任せてくれよ。アルバート殿へは、僕からそれとなく言っておくから。こういう女性が暗躍していたらしい、ってね」
「助かります。なら、俺も出来る限りあの令嬢に接触できるようにしますね」
「こちらこそ助かるよ」
「…………けど、考えてみたらさっきの令嬢があの女性だった、って可能性はありませんかね?」
俺は視界の端でラドラムが腕を組んだのを見た。
うんうん唸り、迷っている。
「可能性は捨てきれないけどさ、普通に考えたらあり得ないと思うな」
「そりゃ、大貴族の令嬢があんな汚れ仕事をするとは思えませんよね」
アリスと言う前例はあるけど、俺とラドラムはあまり現実的に思えなかった。
「警戒だけはしときます」
「さすがグレン君。話が早い」
静かな会談で済めばいいと思っていたが、そうはならなそうである。
どうしていつもこうなるんだろう。
今日、何度目か分からない溜息を吐いた俺は、幼い頃に夢に描いた平穏な暮らしを想い、もう一度溜息を漏らしたのだった。
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