心変わりと、楽しみと。
何でも、クリストフが席を外す数十分前までにあったことらしい。
グレンが鍛錬に勤しんでいる中、城内の大部屋で開かれていた会議の中で、あのラドラムが心変わりしたそうだ。
「実はエルタリア島の織物の件などを含めまして、周辺諸国から多数の問い合わせが届いているのですよ」
いつものように飄々とした態度のラドラム。
彼は円状のテーブルに着いた何十人もの貴族を前に、先手を打った。
貴族は皆、一様に出鼻をくじかれ頬を歪ませている。
「この忙しい時期に申し訳ありませんが…………ええ、分かっておりますとも。七国会談も重要なのですが、我がローゼンタール家は仕事つづきでして」
「しかし、法務大臣殿」
「ええ、なんです?」
「それならば、我らのような下々の者へ任せてもよろしいのでは?」
問い掛けた勇気ある貴族はまだ若い。
齢はまだ二十歳になって間もないほどで、こうした会議の場に足を運んだ経験も浅かった。
だからだろう。
他の貴族たちは興味を抱き、あるいは同情の眼差しを向けていた。
「侯は確か西方の生まれでしたね」
「は、はっ! それが何か?」
「なに。考えてみれば第五皇子の件は西方貴族の不始末でもありましたし、私がお任せするのも理に適っているなーって思いまして」
「…………その節は」
「いいえ、構いませんとも! すべての方が第五皇子のたくらみに加担していたわけではないことも分かっております! 失礼、私の言い方が悪かったのですね」
「とんでもない。すべては我ら西方の不始末です」
若輩の貴族は真摯に言いながら、話題が徐々に移り変わる事実に気が付いていた。
しかし、戻そうにも強引な方法はとりづらい。相手が相手だからだ。
「ところで――――」
それが命取りになることを、慣れた貴族はよく分かっている。
「候の領地もお忙しいのでは?」
「いえ、そのようなことはありませんが」
「さすがだ。足しげく領地に足を運ぶ商団の中に、ケイオス経由でキナ臭いことをしている方々がいらっしゃったと思いますが、もう調べ終えていたのですね」
「ッ…………それは、一体?」
「おや、ご存じでない?」
「法務大臣殿! 急に何を仰っておいでなのですか! こちらとしても、まったく理解が追い付かず…………ッ!」
「ではご協力致しますとも! なに、私の屋敷に資料がございますのでご安心を!」
この場における生贄に。
それとも、見せしめと言うべきか。
若き貴族はラドラムの怠惰を律することは叶わず、逆に自らも与り知らぬ不始末を知らされて恥をかいた。
こうなってしまえば、つづきの言葉はない。
きっかけはすべて有耶無耶に、椅子に深々と座り直して口を閉じた。
「いやー、会議は良い場所です。こうして皆様と協力できる機会を賜れますし、集まった甲斐があるというものですね」
なにをいけしゃあしゃあと。
そう思う貴族は多くも、やはり何も言わなかった。
さて。
こうなると、七国会談に参加する貴族の選定を急がねばならない。
しかし、誰でもいいというわけではない。家格はある程度必要だし、他国の重鎮が集まる場所で失礼がないよう、熟達した貴族がいい。さっきの貴族のように丸め込まれることもないように、口も回る方が良かった。
相手がラドラムだったから酷と言えば酷なのだが、それでも最低限のラインがある。
けれども、ラドラムが言うようにまだ国内が落ち着いていない。
大国シエスタの皇族が国家反逆を企んだ事実による揺れは、数か月たった今でも大きな余波を残していたからだ。
だから多くの貴族がまだまだ忙しかった。特に上位貴族になれば比例して。
それでもラドラムが推薦されたのは、彼は自分がするべき仕事を片手間にこなしていることに加え、先ほどのように貴族の周辺を調べ上げる余裕もあったからである。
そうはいっても、そのラドラムに参加する気持ちはない。
これに限って言えば、純粋に面倒くさかったからだ。
――――しかし。
「失礼致します」
一人の近衛騎士が文官を伴って部屋に足を運んだことにより、すべてが一変することとなる。
やってきた二人は議長を務める貴族の前へ行き、一通の手紙を渡した。
「こ、これは…………ッ」
その貴族は手紙を確認するや否や、驚いた。
近くで様子を眺めていたラドラムも興味を抱くほど、驚嘆した様子だったのだ。
「皆々。少し話が変わったようだ」
「どうされた?」
「随分と驚いていらっしゃったが…………」
継がれる言葉を待つ貴族へ、議長の貴族が言う。
「リバーヴェルから、ロータス家が参加されるという情報が届いた」
刹那、部屋の中がざわめきに包まれた。
隣り合った貴族同士で信じられぬと言わんばかりに声を交わし、顔を見合う。だが、彼らの顔はすぐにラドラムへ向けられた。
何故なら、彼が心底楽しそうに笑っていたから。
「ロータス家と言えば、中立国家リバーヴェルが王族と言っても過言で無かろう」
「そうとも。中立国家からあれほどの名門が参加するとは驚いた」
「確かにいくつかの国は王族も来るが、奴らは常に議長役の下級貴族ばかり送り込んできていたからな。しかし、どういった風の吹き回しなのだ」
困惑した声が漂う中でも、ラドラムは笑ったままに。
「候、よろしいでしょうか」
ラドラムは若輩の貴族に声を掛け、驚かせた。
「忘れておりました。今は亡き父上から、若人に仕事を任せなければ国が成長しないと教わっていたのですよ」
「それは…………素晴らしい御父君だったようで」
「どうかな。嫌いなところもあったけどね」
他の貴族たちは察して、胸を撫で下ろす。
予定に無かったが、こうなったら会議も終えられる。
「私の仕事を手伝ってもらえますか? お恥ずかしい話ですが、そうすれば私が七国会談に参加できると思いましてね。ああいえ、ご心配なく! 無理な量をお願いするつもりはございませんので!」
「も、問題ありません!」
「それはよかった! 実は最初から私が参加したかったんですよ! 此度は第三皇女殿下がご参加なさいますしね!」
「…………それは、何よりです」
若輩の貴族は胸を撫で下ろした。他の貴族たちと違って、藪蛇に対してのものだが。
「だが、法務大臣殿」
と、別の貴族が口を開く。
「はい?」
「貴殿が参加してくれるならば我らも喜ばしい。されど、妹君の伴を探さねばなるまい」
「おお! それなら当家の長男はいかがだろう?」
「我が家にも適任の嫡男がおりますが」
「ふむ、ではこの後は妹君の伴を決めるための議にしてはどうか」
「――――あ、大丈夫です。アルバート殿のご子息に頼むつもりですし」
ラドラムは仮面のような笑みを浮かべたまま答える。
柔らかい口調と裏腹に、有無を言わさぬ圧があった。
「ま、待ってくれ! 我らとて妹君がハミルトン子爵の下に居ることは知っている! しかし、それとこれは話しが別だろう!?」
「それに、件の少年は第三皇女殿下とも近しいと聞きますぞ」
「ええ。七国会談にご参加なさる第三皇女殿下の伴を務めることになったと聞き、我らとしても喜ばしく感じていたのですよ」
「第三皇女殿下から情熱的にお誘いなさったと聞きました」
どれぐらい情熱的だったのかは気になるところだ。
しかし、ラドラムが聞いたところで二人とも教えてくれないだろう。彼自身もそれを悟っていたから心の底から残念そうに苦笑するが、意見は変わらず。
噂を流したであろう給仕には灸を据えるべきと思わないでもなかったが、ミスティアの境遇を鑑みれば、給仕たちはそれはもう嬉しかったに違いない。
「そもそも、一人の女性に一人の男性というのが基本のはず!」
「別に規則があるわけじゃないですし、所詮、七国会談中の夜会でどうエスコートするかの違いですよ」
「規則はございませんが……慣例として……」
「それを言ったら、夜会への参加も義務ではありません。時折、夜会は遠慮する方もいらっしゃいますしね。七国会談にご参加したことのある方でしたら、よくご存じだと思いますが」
諸侯が集う夜会への参加を渋るのは、あまり利がある行動とは言えないが、どうしても参加できない者は毎回居るし、参加しなかったからと言って咎められる話でもなかった。
「第三皇女殿下とグレン君は仲が良いですし、アリスもよく懐いています。規則的に問題が無ければ、私としてもこのまま進めたいのですが」
いかがです? と。
貴族たちは口を噤み、異を唱えることを諦めた。
◇ ◇ ◇ ◇
夜になり、自室のバルコニーから町の夜景を眺めていた。
湯上りの身体に夏の風は少し暑いけど、ここは海沿いということもあり、夏場も朝と夜は割と涼しい。
冷たいお茶を汲んだグラスは若干結露していて、滴る水がバルコニーの手すりに落ちた。
「――――いいよって言ってたし、構わないけどさ」
というのは、自分が与り知らぬところで交わされていた会議の件。
実際、前にミスティから頼まれていたし、俺としては問題ない。
『わ…………私たちのパートナーになってほしいのっ!』
アンガルダから帰ってきて間もない頃、彼女からこう告げられたことを思い出す。あの時は私たち、この複数形の言葉に疑問を抱いていたが、我ながら、すぐに「分かった」と返したことはどうかしてると思った。
話を整理すると、この私たちと言うのはミスティとアリスのことだ。
ミスティは最初から七国会談に参加する予定であり、アリスはラドラム次第だったことが記憶に新しい。でも、それはあくまでも七国会談に参加するか否かの話であって、アリスが付いて来るかどうかは別問題。
聞くところによると、発端はミスティだ。
心細さを感じてか、アリスに一緒に来るよう頼んでいたそう。アリスは七国会談に参加せずといも、夜会に連れ添ってくれないかと依頼していたとのことだった。
給仕や騎士を連れて行くのと違うが、人を伴って参加することは問題ないらしい。考えていたよりもカジュアルな夜会で驚いた。
――――というわけで。
俺は最初から、夜会で二人の傍にいることを承諾している。
だがそれも、若干ではあるが話が変わった。それは今日の会議の場で、あのラドラムが七国会談への参加を急に承諾したからだ。
違いはアリスがローゼンタール家の者として正式に参加することになること。
俺の下へ、ラドラムから正式にアリスの伴を頼みたいと依頼が来たことか。
他にも色々違いはあると思うけど、どうせ俺に関係ないからあまり気にしていない。
「グレン君グレン君!」
ふと、部屋の中から届いたアリスの声。
いつの間に、とは言わない。
湯上りを見計らってやってきて、ちゃんとノックして入室していたからだ。
「はいはい?」
「白いワンピースって可愛いですよね!」
そう言って、今日買ったばかりの服を身体に合わせて笑っていた。凹凸に富んだ体躯と可憐ないで立ちのアンバランスさが、どことなく蠱惑的に見える。
「いいんじゃない?」
「…………」
「え、何でジト目で俺のこと見るのさ」
「微妙に不満だっただけです。他意はありません」
「他意しかないじゃん…………」
「気にしないでください。自分でも面倒な女だなって思ってるんで、たまに発作が起きたって眺めていてくれたら、今はそれで満足します」
すると、アリスはかぶりを振って表情を変えた。
これまでの冗談半分のジト目が鳴りを潜める。
「普段はあまり着ない服感じの服かな」
「よくお気づきになりましたね! そうなんですっ! ハミルトン領でお泊りするときの服も欲しいなーって思ってたので、今日はそれでお買い物に行ったんですっ!」
ああ、道理で。
確かにあの田舎で白いワンピースはよく似合いそうだ。……別にアリスなら都会でその姿でも大いに似合うだろうが。
「なるほどね」
「でもでも、こっちも可愛いし…………」
「ん」
「あーやっぱりこの服も――――っ!」
全部持って行けって言うと、それはそれで溜息を吐かれそうだから言わない。
それにしても、結構な服を買ったものだ。
帝都で買い物に付き合ったからどれぐらい買ったか分かっていたけど、こうして、全部持ってきて楽しそうに合わせているのを見たら、水を差すなんてとんでもない。
だけど――――個人的には――――。
「あのさ」
何となく、考えたこと。
幾度となく繰り広げられるファッションショーを傍から見ていて、思ったことがあった。
「あっ…………どうかしましたか?」
急に近づいた俺を見てきょとんとしたアリスへと。
「俺はこれを着てるとこを見てみたいかも」
「…………」
「アリス?」
結局、最初に戻って白いワンピースを。
ソファに掛けていたそれを手にして広げ、アリスの肩に沿わせてみた。
やっぱり、似合ってる。
アリスは鏡越しに俺を見て硬直し、よくよく自分の姿を見ていた。
「アリスってば」
「ふぇあぁあい!? アリスですがっ!? ローゼンタールのアリスちゃんですがぁっ!?」
「何その返事」
「と、ととと取りあえずですよ!? どうしてこの服がいいんです!?」
どうしてと聞かれても。
「着てたら可愛いだろうなって思ったから」
としか言えない。
あと、似合いそうだし。
「むぐぐぅ~!」
「えっと……」
「あのですね! そういうことは最初に言ってくれませんっ!? 似合ってないのかと思って心配だったんですよ!?」
分かった。さっき不満げだったのはそういうことか。
でも、照れられるとこっちも照れてしまうから遠慮してほしい。俺は「りょーかい」と軽めに返事をしてから、白いワンピースをアリスに預ける。背を向けて茶のお代わりを汲みに行くと、背後から楽しそうな鼻歌が聞こえてきた。
「にゅふふーん」
この後もアリスのショーはつづく。
終わったのは、日が変わった頃である。
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