帰路の途中で。
カクヨムコンの追い込み的な部分もあるので、明日も更新します。
もしよければ、カクヨム版ともども応援いただけますと幸いです。
宙で戦っていたはずのクリストフは驚愕していた。
「これは――――」
いったい、何がどうなっているのだ。
彼が驚くのも無理はない。
いつの間にか大時計台が崩壊しはじめているし、アンガルダを覆っていたはずの霧がすっかり消えていたからだ。
だがこうなると、気になることがある。
彼は理解が追い付かずとも冷静に、飛龍を倒し終えてから大時計台に忍び込んだ。
そこで、古い戦友が倒れている姿を見つけたのだ。
崩壊しつつある大時計台の中で、彼は一人。
胸元から血を流して、何やら楽しそうに笑っていた。
「よぉ、色男」
時堕・カールハイツ。
ケイオス王国が誇る魔法使いで、時間を飛ばす特別な空間を生み出せる固有魔法の使い手だ。
彼を止めるために動いていたクリストフは、その時堕が自分の与り知らぬ場所で、いつの間にか瀕死に陥っていた事実に目を見開く。
「カールハイツ。何があったのですか」
「――――どれのことだよ」
「すべてを。貴方ほどのお人であれば、言わずとも理解できているはずです」
倒れたままの時堕は依然として笑っていた。
クリストフが近づいて傷口を抑えようとすると、煩わしそうにその手を払って言う。
「こちとら全部覚えちゃいない。…………で、何度会った?」
「この町では、少なくとも四度ほど」
「ハァン……そうかよ……何日も繰り返したってことか。住民はどうだ? 俺の魔法で閉じ込められてたんだろ?」
「アンガルダの民も認識阻害の催眠か何かを仕掛けられているようでしたが……そんなことより、先に治療をしましょう」
いらねえよ、と時堕があしらう。
それを受けて、クリストフはこれ以上強く言わなかった。
すると、倒れた時堕の傍にあったものを視界に収める。
グレンに砕かれた、聖石の欠片だ。
「それは?」
「聖地の連中が俺を愛してるらしいってことだ。でっけぇ歯車があったろ、それもアイツらのもんだぜ、多分な」
「…………驚きました。カールハイツは聖地を毛嫌いしていたと思いましたが」
「そうでもないさ。便所に湧く羽虫と同じぐらいは好ましく思ってる」
ここにきて面倒な前置きはするべきではない。
ついでに、時堕の体力を鑑みれば特に。
「恨みを買うようなことでもしたのですか」
「どうだと思う? 色男」
「カールハイツ。茶化している場合ではないでしょう」
激昂とまではいかないが、クリストフが声を荒げた。
でも、どうあっても時堕は笑う。
顔色からも声色からも生気が薄まっているのが分かるが、飄々とした態度は変わらなかった。
「聞けよ」
しかし、不意にその声色が真面目なものに。
今までになく真摯にクリストフを見た。
「こちとら、与太話に思えたことを調べてただけでこうなったんだ。……気が付いたのも偶然だったが、聖地の奴らが苛立ったあたり、どうやら与太話じゃなかったらしい。お前も気が付いたら調べてみろよ。けどな、慎重にやっとけ。でないと、俺みたいに奴らから愛されることになるぜ」
このとき、クリストフは誤解してしまった。
時堕が捕まっていた理由も、強引に魔法を変貌させられた理由も、最後に彼の胸が貫かれてしまっている理由も。
先ほど口にしていた聖地の者がすべてしたことと、一括りにしてしまっていた。
与太話とやらは分からないものの、時堕が何かに気が付いてしまい、それがきっかけでこの状況に陥ったことは理解できる。
「はは……ハッ……ッハァ……ッ! けどよ……最期に面白いものが見れた。悪くねぇ、これは本当に悪くねぇ……!」
時堕はグレンのことを思い出して笑い、おびただしい量の血液を吹き出した。
服を、歯車を鮮血で濡らすと。
ほくそ笑んで、小ばかにするように話を変えてしまう。
「色男のことだ……何度も俺を止めようとしたんだろ」
「ええ。勿論です」
「なるほどな。ってことはお前――――」
そう言って、手招く時堕。
クリストフが隣に膝を付いたところで。
「手加減……しやがったな。お前の力がありゃ、俺が視認できない間に殺すことだってわけなかったろうが」
グレンも気が付いていた唯一無二の弱点だ。
時間を飛ばす魔法は常に使うことが出来るわけでなければ、自動で発動するものでもない。
また、使える空間も限定されている。すべては強力すぎる魔法のデメリットだが、それを抜きにしても、時堕の魔法は偏に強力。
だが、クリストフの魔法との相性は最悪だ。
「出来たとして、カールハイツを殺せるはずがありません」
「政治的にか?」
「…………」
「どうだかな。色男のことだ。……その腹の中で何を考えてるか分かったもんじゃねぇ」
探る言葉に対し。
「先ほど仰っていた、与太話とやらについて教えてください。どうやら与太話ではなかったらしいですし、是非とも聞いておきたい」
し返すようにして話題を変えてしまう。
「気になるのか? ああ……気になるんだろ!」
大時計台が悲鳴を上げる。壁が崩落していく。大きく揺れる。
これらに比例して、外から聞こえてくる悲鳴が増した。
「俺様の与太話が気になるってんなら、その耳を貸してみろよ」
「カールハイツにしては素直ですね」
「不満か? だったら遊んでやってもいいが…………くくっ…………そういや色男、何となく思い出したが、お前はあの女の顔を近くで直接見たことがなかったな。そりゃ、落ち着いていられるってもんだ」
「冗談ですよ。素直に教えてくれることに越したことはありません……しかし、あの女とは?」
「全部まるっと教えてやるよ。さっさと耳を貸せ。俺の気が変わる前にな」
クリストフは言われるがままに顔を近づけた。
鉄臭さ。目前に死が迫る時堕の喘ぎ交じりの吐息。
それらを前に、そっと耳を傾けると。
「教えるわけねえだろ――――色男」
彼はそう言って歯車を叩き、僅かに残されていた魔力を放つ。
「なっ――――!?」
「ハッハァ……ッ! いい顔だぜ……最高だァ……!」
きっと、身体強化を使ったのだ。
鈍い音を上げると、微妙なバランスの上で重なっていた歯車が落ちていく。
クリストフは時堕を助け、エルメルで逃れようとしたのだが。
彼は「じゃあな」と口にして、助けを望まなかった。
時堕はそう言ってから、最後に呟くのだ。
落下していき、遠ざかっているというのに。
彼の声は確かにクリストフの耳に届く。
「世界が荒れるぜ。ガルディア戦争の時以上にな」
――――と。
◇ ◇ ◇ ◇
グレンがアンガルダを発ってから二日後の夕方。
町でも村でもなく。
なんてことのない街道の脇に馬車を止め、野営の最中だった二人。
彼らは地べたに布を敷いて食事を終えたところだ。その後で、日課というにはまだ日が浅い、昨日からはじまったとある訓練をはじめていた。
「その感覚を忘れないように」
「…………難しいです」
不満そうに頬を歪めたグレンは指先に奔った静電気を見て、大きく大きくため息を漏らしていた。
「何を言いますか。まだ、はじめて二日目なのですよ」
「いやいやいや……こんなんですよ? 冬場に服を擦った方がよっぽどマシな静電気が――――痛いっ!?」
「馬鹿なことを言わずに努めなさい」
「はい……」
額を小突かれたグレンは頬をパンッ! と勢いよく叩く。
気持ちを入れ替え、うんうんと唸りながら両手をこすり合わせたり、指先を伸ばしてみたりして感覚を研ぎ澄ます。
すると、不意に立ち上がったクリストフ。
その視線の先には馬車が数台。
「行商のようです」
辺りでは他の馬車も野営をしており、共に協力し合って、不意に魔物が現れても大丈夫なよう協力していた。
そうした団体を狙い、商人の馬車が停まることがよくあると彼は言う。
「お互いに助かりますしね」
と、グレン。
「その通り。商人は儲かり我らは物資を購入できるというわけです」
「飲み水でも買ってきましょうか? 備蓄が足りなくなってますし」
「いえ、私が行ってきますから、グレン少年はそのまま鍛錬を」
グレンから離れて行くクリストフは夜空を見上げた。
こうしていると、つい先日までアンガルダに居たことを思い出す。
「――――それにしても、誰がカールハイツを」
あの男を倒したのがグレンである、とも予想した。
けれど、すぐに不可能であるという結論に至ってしまう。
どう考えても時堕カールハイツは格が違う実力者で、大陸全土を探したところで、匹敵する存在なんてそう居ない。
そのため、グレンには勝てないとしか思えなかったのだ。
いくら帝国式剣術を使えても、いくら飛龍を打ち倒せようとも。
……時堕はまったくの別次元なのだと。
「それに……」
また、宿に帰ってからグレンの様子を見たが、特に変わった点もなかった。
強いて言えば飛龍が一頭、町におりてきたらしく、アンガルダの騎士や魔法使いに混じってその討伐に協力したという。
ただ、グレンは少なからず負傷したと言った。
ブレスに焼かれた肌に加えて、クリストフが預けた宝石の障壁がなければ危なかった――――と。
普段であれば疑ってかかるクリストフだったものの、やはり、結局はグレンが時堕に勝てるはずがない、という考えが勝り、疑うまでほど遠かった。
「旅人さん、何かご入用では?」
「ええ。いくつか見繕わせていただきます」
考えても答えは出ない。
商人の馬車に到着したクリストフは気を取り直して、並べられた商品を見る。
「おや」
「それは近くの町に運ぶ新聞ですが、いかがです? 先日のアンガルダでの騒動など、最近の話題が詰まっておりますよ。……それにしても、不思議な事件でしたねぇ。何もない一日の夜に、急に大時計台が崩壊し、多くの飛龍が現れるなんて」
「……その通りですね」
「誰が多くの飛龍を討伐したのかも気になるところですが、まだ事件から日が浅い。いずれわかるでしょう」
耳を傾けながら、アンガルダを発つ前に確認したことを思い出す。
アンガルダの住民は同じ一日を繰り返していたことを覚えていなかった。それに、認識を阻害されていたことも。
彼らからしてみれば、時間は普通に過ぎて、唐突にあの騒動に陥ったということになるだろうか。
「色々いただきましょう」
「ありがとうございます! 朝までは居ますので、よければまた!」
クリストフはその新聞と飲み水。
いくつかの食料などを買い、料金を支払った。
そして歩き出し、新聞を見る。
日付はグレンとクリストフがアンガルダに到着してから数日後で、あの繰り返した分の時間は何処かへ消え去っていた。
あの後は、すべて元通りの時間がそのまま進んだだけだったのだ。
繰り返される二日目が終わったら、やっと普通の時間に戻れたという感覚だった気がする。
外ではアンガルダの中で繰り返された日数が過ぎていたわけでもない。
理屈も原理も分からない。
ただ、二人は確かに繰り返される二日目を過ごした。
残されたのは、この結果だけだったのだ。
「――――ふぅ」
…………それにしても、ふざけた騒動でした。
彼は戻る前にこう呟いて一度夜空を見上げると、喉を冷たい水で潤した。
それから、視線をグレンが待つ馬車に向けて、思い出す。
『逆に帝都に帰ったからって教えていいんですか? 自分で言うのもなんですが、俺って容疑者ですよ?』
『ん? ――――ああいえ、あれは大して重要な話ではありませんから』
同じ一日が繰り返す中で交わされた言葉だった。
この真意を知る者は二人しかいない。
一人はここにいるクリストフ、その本人であるが。
残された、もう一人の人物のことをクリストフは考えた。
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