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異世界貴族の暗躍無双~生まれ変わった史上最強の暗殺者、スローライフを諦める~  作者: 俺2号/結城 涼
四章―隣国ケイオスにて―

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大時計台の光

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 ◇ ◇ ◇ ◇




「いい時期に来たね! 大時計台の中にはでかい歯車が一つあるんだけどよ! 実は昨晩入れ替えられたばっかりなんだ! いい音を出してるだろ?」



 翌日、という言葉が相応しいか分からないが、もう一日過ぎた次の日の朝、作業員らしき男が俺たちの目の間に現れてまた同じ言葉を口にした。

 しかも、宿に張られていた新聞の日付も変わらず。

 クリストフが口にしていた、一日を繰り返しているという言葉の裏付けのようだった。



「どうも」



 作業員の男に会釈をして返した俺は、道の脇で待っていたクリストフの傍に戻る。



「グレン少年、彼の言葉はどうでしたか」


「予想通りです。本当に同じ日を繰り返しているみたいですね」


「やれやれ……また一つ、裏付けられてしまいましたか」


「これからどうしましょう」


「勿論、アンガルダを離れることが最優先です。――――問題は、」


「外に出られないことに尽きますね」



 頷いたクリストフの表情は決して暗くないが、明るくもなかった。

 少しずつ分かって来たが、彼はよく目を伏せて考え込む癖があるらしく、その時は特に、自慢の杖を手にしていることが多かった。

 が、今は外だし、あの目立つ杖はローブの内側に隠されている。



「グレン少年」


「はい?」


「当初の目的通り、我々は時堕について調べねばならないようです」



 確かにそうなるだろうが、分からない。

 俺が小首を傾げていると。



「疑問に思うのも分かります」



 クリストフが俺の顔を見てすぐに悟った。



「え?」


「私がグレン少年に伝えていた時堕の力と、このアンガルダ全体を覆っている力は別物です。気になっていたのはこのことでは?」


「……よくお分かりになられましたね」


「意外と人の機微には敏いもので。――――話を戻します。確かに時堕の固有魔法と少し違った効果ではありますが、あの男の影響下にあることは間違いないでしょう」



 時堕の固有魔法は特定の空間においてのみ発揮することは今と同じだ。でも、彼の魔法は時を遡れるようなものではない。

 だというのに、クリストフは彼の魔法で間違いないと言い放つ。



「固有魔法は変異することもあります。歴史上でも稀有な現象ではありますが、元の力が更に増す場合に加え、似た系統の効果を発揮するように進化する場合もあるのです」



 俺は今はじめて知った情報に天を仰いだ。

 まさか本当に――――。

 この状況が時堕の空間であるとしたら面倒なことこの上ない。



「いずれにせよ、この事も含めて確かめる必要があります」


「……でなければ、俺たちの国にも影響がありそうですからね」


「その通り。これほどの魔法を使えるとなれば、場合によっては、ここであの男の首を落としておくことも考えねばなりません」



 予定より話が大きくなってきたことで、微妙な気分に陥ってしまう。

 面倒というよりは、予定にない危険を前に警戒して心に疲れが生じたと言ったところだ。

 幸いなのは、前世の俺も同じような場面に何度も遭遇したことがあるということで、クリストフが驚くおど、今の俺も冷静でいられたことだ。



「怖気づくことすらないとは」


「泣いて帰りたいと言うとでも思いましたか?」


「いえ、そこまでは。この状況下で不思議なぐらい落ち着いているのが、見ていて驚かされただけですよ」


「俺は鈍感なだけですよ。父上と同じで」


「ふむ……仰る通り、グレン少年はアルバート殿とよく似ている節があります」


「――――え?」



 待ってくれ。冗談なんだ。

 俺は父上ほど鈍感ではないぞ。



「探しましょう。まずは昨日と同じく、聞き込みからはじめます」



 俺が力なく伸ばした腕に振り向くことはなく、クリストフは前を歩きだす。

 ……まぁ、別にいいさ。何にせよ早く時堕を見つけて、さっさと港町フォリナーに帰りたい。

 この一心でクリストフの後について歩き出した俺は、一刻も早い解決を願ったのだった。





 ――――夕暮れまで行動しても有益な情報は得られなかった。

 大通りの一角に設けられたレストランのテラス席に座っていた俺は、届いたばかりの暖かなステーキを頬張りながら、主に精神的な疲れによる気だるさを感じていた。

 面前の席に腰を下ろしたクリストフも同じで、警戒をつづけているせいで気疲れしているように見えた。



「ここに何十年も居たとして、俺たちって歳を取ることはあるんでしょうか」


「確かに気になります。時堕を見つけ次第、そうした事実もついでに尋ねてみると致しましょう」


「…………それがいいですね」



 取り留めのない、緊張感のないやり取りを重ねながら。

 やがて、店員が運んできた茶を嗜みつつ、午後からどうしようかと考えた。



(俺たちを狙った罠……とも思えないし)



 仮に情報が漏れていたとしよう。

 俺とクリストフが――――いいや、クリストフが足を運ぶと知ったケイオス王国がクリストフを殺そうと試みている。

 これを考えなかったわけでもないが、いつになっても手を出してこないあたり違う気がしていた。

 もしも食べ物が無くなるのなら分からないでもない。その場合は、俺たちがアンガルダの住民と共に餓死することになるだろう。

 けど、時間が遡っているのならそれも違うはずだ。



 だから、俺とクリストフが狙われている線は薄い気がしていた。



「外から助けが来るとかは期待できませんかね」


「期待しないでおきなさい。時堕の魔法を行使された空間は外から見たところで、ほんの一瞬の出来事でしかありません」


「ということは、俺たちが数十日過ごしたところで、数分に満たない短い時間ってことですか」


「恐らくは。時堕がこれほど長い間魔法を行使しているのを私は見たことがありませんが、私が知る情報通りだとすれば、ですがね」



 不思議な空間っぷりが限界突破してきた。

 魔法の概念が不思議の塊だが、ここまで来ると言葉が見つからない。

 …………わけが分からん。

 力が抜けてテーブルに突っ伏すと、近くにそびえ立つ大時計台に目を向けた。



(でかいなー)



 本当にいつ見ても大きい。

 あれほどの建築物の歯車を入れ替えるのは一苦労だろう――――。



「ふと気になったんですが、昨日という一日が繰り返されているのに、俺たちが宿に泊まっていることがどうして宿の店主に咎められなかったんですかね」


「我々が宿に入る前の時間に戻っているはずなのに、ということですか?」


「はい。だって俺たちが部屋を借りる前の話だったじゃないですか」


「それに関しては特に不思議な話ではありません。私たちが到着する数日前からあの宿をとっていただけなのです。受付も、今私が着ているのと同じローブを着た部下が済ませておいたからにすぎません」


「…………道理で」


「だから同じ一日を繰り返したところで、宿に戻ったら我々の荷物が捨てられているなんてことはありませんよ」



 疑問が解決したところで、昨晩のことを思い出す。

 寝る前の俺とクリストフは何時になったら時間が遡るのかを確かめたのだ。



 結論から言うと、0時になるとアンガルダに異変が訪れる。

 アンガルダを覆う霧が極彩色に煌きだして、町中を歩く者たちの動きそのものが巻き戻されるのだ。

 その光景は怪奇的だったが、時間が遡っている光景としては分かりやすかった。

 ちなみに、時間は丸一日分遡り、俺たちが来たはずの時間より前まで遡ってしまう。



「あの大時計台も――――」



 俺は依然として大時計台を見上げたまま口を開いた。



「何か言いましたか?」


「いえ……大したことじゃありません」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 夜、クリストフに許可を取った俺は宿の屋上に出て空を見ていた。

 もうすぐ、0時になるという頃。

 昼間に気になっていたことを目にしてみたくて、ただの興味本位で足を運んでいたというのが本音だった。



 …………そろそろか。



 大時計台の鐘の音が響き渡ると同時に、大きな文字盤に目を向けた。

 一秒、また一秒と時間が過ぎるにつれて時計の針が0時を差さんと動き出す。

 すると――――。



「ッ――――へぇ…………」



 俺は心の底で予感していたらしい。

 広がる光景を前に抱いた感情は「やっぱりか」というもので、意外にも驚きより納得感の方が強かったことに気が付く。



「グレン少年」



 いつの間にか屋上に来ていたクリストフが俺の背後から声を掛けてきた。

 正直、少しも気配を感じられなかったことがそれなりに悔しい。



「私も部屋から大時計台を見ていましたが、グレン少年が急に気にしていた理由が分かりました」


「俺が気になったのは偶然ですよ」


「良い着眼点であることは誇りなさい。それどころか、すぐに気が付けなかった私はグレン少年を連れてきた者として謝らねばなりません」



 こうしている間にも、時計台の文字盤に現れだした異変は留まることを知らない。

 時計の針が逆回転することは勿論のこと、針から漏れだしたオーロラに似た煌きがアンガルダを取り囲む霧に向かって宙を泳ぐ。



「針から出てきたオーラには覚えがあります」



 すると、クリストフは唇の端を綻ばせた。

 若干、眉に浮かんでいた緊張感も緩和したように見える。



「あれは、時堕が自身の空間を生み出す際に現れる魔力の奔流です」


「――――ってことは」


「はい。グレン少年のおかげで見つけることが出来ましたね。――――探していた時

堕はあの大時計台にいるようです」


「ついでに、大時計台が重要な装置である、と考えるのが筋ですね」



 クリストフも頷いた。

 だって、つい最近歯車を入れ替えたばかりなんだ。それに加えてこの異変を鑑みれば、無関係と考える方が無理な話である。



「詳しくは本人に聞けばよろしいでしょう」


「では、早速行きますか」


「…………グレン少年には驚かされてばかりですよ。まさか、今から行くというのですか?」


「勿論です。これ以上ゆっくりして手遅れなんて勘弁願いたいですし」


「ふふっ……その通りです」



 微笑んだクリストフはローブの内側から自慢の杖を取り出した。



「問題は行き方が分からないこととですかね」


「ご心配なく。忍び込む必要も、考えるだけで億劫になる階段を上る必要すらありません。グレン少年は何も考えず、私に委ねるだけで構いません」


「は、はい……?」


「さぁ、手を」



 急に握手するようにされても訳が分からない。

 早くしろと目で訴えかけられるが、もう少しぐらい説明してくれてもいいじゃないか。



「雷帝の力をお見せします」



 尚更心配になることを言わないでくれ。

 ご心配なく。さっきこう口にしていたことは覚えているが……。



「安全ですか?」


「当然です。怪我をすることはないので安心なさい」


「……りょーかいです」


「ですがご注意を。私が良いと言う前に手を放してはなりませんよ」


「念のために聞きたいのですが、仮に離したらどうなりますか?」



 クリストフは答えることなく、挑戦的な視線を向けて来る。

 どうやら、俺が想像できる中でも最悪の結果になり得そうだ。

 あのミスティが特記戦力に数えるほどの存在なのだから、俺が思う以上の魔法の使い手であることは容易に想像つくが、さて。



「できればお手柔らかにお願いしますね」



 興味が勝った俺は彼の手に自分の手を重ねた。

 すると、ぐいっと持ち上げられて肩に乗せられる。父上ほどではないが、背の高いクリストフは俺のことを容易に肩に担いでしまう。



「古代の言葉で雷をエル。歩くことをメルと言います」


「…………はぁ」



 担がれた俺は何の抵抗もなく耳を傾ける。

 この情けない姿は他の誰にも見られたくない。



「固有名詞がないのも分かりづらい。故に私は、古い言葉を借りてこの魔法に『エルメル』と名を付けました」



 ふと――――。

 クリストフの、そして俺の身体が。

 黄金の雷光に包み込まれた。

 けど、感電する様子は欠片も感じられない。



 手元を見ると驚いた。

 自分の体まで雷光と化したかのように光っていたから。



「舌を噛み千切らないように気を付けなさい。ここから先は刹那に宙を掛け、あの文字盤へと参ります」



 そして、次の刹那。

 雷の速さで動くことを経験するなんて、俺は思いもしなかった。




今日もアクセスありがとうございました。

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