時堕・カールハイツ
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この日の夜。
帝城における最上層に設けられたたった一つの部屋、皇帝レオハルトの私室を出たクリストフは、一つ下の階層へつづく両階段を降りる途中、壁に背を預け立っていた皇女を見て足を止めた。
「お父様と何を話していたの?」
そう口にしたのはシエスタ皇家が美玉、第三皇女ミスティアだ。
「グレン少年の件について、最終確認をと思いまして」
「…………議会でのことは聞いているわ。どういうつもり? 本当に時堕の傍に彼を連れて行くというの?」
「ご安心を。彼に万が一がないように私が居るのですよ」
それを聞いて、ミスティアは壁に預けていた背を放して足を進めた。
クリストフの面前に立ち、澄んだ双眸を磨き彼を見上げる。
「何が目的?」
尋ねられるもクリストフは目を細め、芳しい反応は返さない。
それどころか重苦しそうに口元を結び、踊り場に設けられた窓の外に目を向けた。
不敬。でも、言葉選びに苦慮しつつ言うのは。
「気になることがあるのです」
どこか、グレンを暗殺者と疑っての言葉ではなかった。
他に真意が隠れていそうだったが、決してミスティアに悟らせない。
「彼が暗殺者かどうか、かしら」
「…………」
「クリストフ?」
「失礼。少し考えごとを」
ミスティアが知るクリストフという男は、こうした場所で言葉選びに苦労する男ではない。
でも……今は……。
何故なのか見当もつかないが、ミスティアにとって重要なのは、面前のクリストフがグレンを拘束せしめようとした件に尽きた。
「もう一つ教えなさい」
彼女はクリストフと違い言葉選びに困らず、矢継ぎ早に。
「ケイオス王国が誇る英雄、時堕が使う魔法は本当に――――」
つづく言葉を聞き、クリストフは間髪置かず答えるのだ。
世界中を探しても特に稀有で、強力。歴史に名を残す大戦争での働きにより英雄と謳われ、大陸中に名を轟かすその強さを。
――――二人の傍にある窓の外で。
息を呑んだミスティアの視線の端で、ほうき星がふっと舞い降りた。
◇ ◇ ◇ ◇
港町フォリナーにある屋敷の俺の部屋で。
「あ! 流れ星ですよ流れ星っ!」
「流れ星っていうには大きすぎるけどね」
バルコニーに出た俺たちを迎えたのは、妙に大きな流れ星だった。
雰囲気的にはほうき星と表現するべきなのだろうが……俺がそれを口にしてみるも。
「はえ? どっちも一緒みたいなものじゃないですか?」
分かればいいだろと言わんばかりにアリスが言った。
まぁ、一緒な気がしなくもない。実際には違いがあるのかもしれないが、意味は伝わるし問題はない気がした。
「アリスちゃんにも元気な日と元気じゃない日がありますしねー……」
大問題じゃねえか。
アリスに元気がないと天変地異の前触れか何かに思えてならない。
言ったらうざい絡みをされそうだから言わないが。
「む、むむむ……!? その目はもしや、何か言いたい感じですね!?」
「気のせいじゃないかな」
勘の良さは相変わらずで、俺の隣にやってきてじとっとした瞳を向けてくる。
「ほんとですかー? 失礼なこと考えてたらしょっぴきますからね!」
「勘弁して。本当にしょっぴかれそうになったばっかりだし」
「あ! そういえば、よくお屋敷に帰れましたよね! 私、てっきり帝都に抑留されちゃうのかと思ってましたもん」
「ラドラム様のおかげで何とかなったって感じかな」
「にゅふふー、そういうお仕事に関しては他の追随を許しませんからねー」
アリスは茶化しながらも俺の帰還を喜んでくれているらしい。
夜風に靡く絹糸のような髪から届く甘い香りと、歩き出す前に触れあった肌から伝わった温かさと。何より、見惚れそうになる可憐で柔らかな笑みには、俺の心も一段と落ち着かされた。
「あれ?」
ふと、俺を見てまばたきを繰り返したアリス。
「調子でも悪いんです?」
「別にどうってことないけど、どうしたのさ」
「なーんか……肩のところがいつもより窮屈そうですよ?」
自分ではそんなつもりはなかったのだが、腕を回してみると強張りを感じた。
俺自身、気が付けていなかったのに良く分かったな、と驚かされる。
「ではでは、お部屋に戻りましょう」
「え、急になんで?」
「いいからいいから、はい戻りますよー!」
小さく笑ったアリスが俺の手を引いて歩き出す。
「あんまり遅くまでお邪魔しても明日に響きますしね。なので、アリスちゃんは今からちょちょっと頑張らせていただこうかなーと!」
疑問符を浮かべていた俺はあっという間にソファまで連れていかれ、抵抗せずにいるとソファに座らされてしまう。
我ながら、随分と無抵抗なものだった。
「私がほぐしてあげますね。こう見えて、ミスティには好評だったんですよ」
「だ、大丈夫だって!」
「ダメですよー。グレン君は明日から大変なんですから、遠慮は無用です」
「逆にアリスが疲れるし、俺もそんな凝ってるわけじゃ――――」
「私が良いって言ってるんだから良いんです! それともなんですか!? このアリスちゃんにほぐされるのが不満だって言うんですか!?」
いきなり逆切れしなくてもいいのに。
こう思いつつ、俺も最後には諦めて「お願いします」と言葉を返す。
いつもと違い遠慮がちな俺を見て楽しかったからか、ソファの背に回っていたアリスは普段より上機嫌に見えた。
「ではでは、私の勝ちということで」
「…………お、おう」
いつの間に競ってたのかだけ教えて欲しいが、そんな俺の考えはすぐに消え失せた。
その理由が悔しいのだが……。
「どうです? 痛くないですか?」
ああ、素直に言うのはやっぱり悔しいけど。
「…………寝ちゃいそう」
妙に上手くて、眠気を催したぐらいだ。
それからのことはあまりよく覚えていない。
覚えていることと言えば、アリスが別れ際まで楽しそうにしていたことと、眠気に抗って何とか自分でベッドに戻ったことぐらいだ。
――――そして、翌朝。
まだ日が昇って間もない頃だったが、俺はドアをノックする音で目を覚ましたのだ。
『グレン、来たようだ』
父上の声で目を覚ました俺はベッドから起きて着替え、軽く顔を洗ってから部屋を出る。父上と合流してからは真っすぐ下に向かい、屋敷を出る前に婆やが包んだ弁当を貰った。
そして、外に出ると屋敷の前に止まっていたのは、一つの簡素な馬車である。
「本当にいいのか?」
と、父上。
「はい?」
「グレンがクリストフと共にシエスタを離れることがだ。話は急だし、グレンの意思を聞く前に話が決まってしまったが……。や、やはり今からでもあの男に――――ッ」
「大丈夫ですって。俺は最初から断るつもりはなかったですし」
心配してくれるのは嬉しいし、そして申し訳ない気持ちになってしまう。
でも、俺はと言えば、すべて流されたつもりもないのだ。
「クリストフ様と一緒に行くだけで容疑が晴れるなら十分です。これまで父上やラドラム様にも迷惑をかけてますし、これぐらいで済むなら安いもんですよ」
「だ、だが…………ッ!」
たとえばシエスタ魔法学園が学園長、ジルヴェスター・エカテリウスに助力を乞うこともできたかもしれないが、俺としてはあまり本意ではない。知り合って間もない人に助けを乞うこともそうだが、乞ったところで本質的な解決にはならないからだ。
「一応聞いておきますけど、クリストフ様は強いんですよね?」
「それは――――ああ、勿論だとも」
「だったら大丈夫ですよ。ぱぱっと調査してすぐに帰ってきますから、ご安心を」
俺はこう父上に告げて歩き出した。
アリスには昨晩のうちに挨拶は済ませてあるし、ミスティにも同じような伝言を頼んである。ここまで来て、俺が躊躇している場合ではない。
意気揚々と進み、馬車の窓から顔を覗かせるクリストフを見て、より一層そう考えた。
「グレン! 無茶をするんじゃないぞ! それと、絶対にクリストフの傍を離れてはならんッ!」
「分かってます! 父上も俺がいない間に拘束されたりしないでくださいねッ!」
「はっはっはっはっ! おうとも! されるならグレンが帰ってからにしておこう!」
「…………不安だ」
最後の最後に一抹の不安を抱いたが、俺は振り向くことなく馬車に近づく。
そして、扉を自分の手で開けて中に入り、待っていたクリストフを見て口を開く。
「迎えに来ていただいて申し訳ありません」
「お気になさらず。帝都に来る方が遠回りですからね」
挨拶をしている間に馬車が動き出す。
「馬車があり触れたものなのは変装を兼ねてという感じでしょうか?」
「ええ。私はただでさえ目立ちますから。当然、後でグレン少年にも用意した服に着替えていただきます」
そう言ったクリストフの服は先日の豪奢さが鳴りを潜めた、質素なローブ姿である。
……それにしても、話がつづかない。
だというのに、目の前に座るクリストフは俺を見ているしで落ち着かない。
茶を濁すためにも婆やから貰った弁当を開き朝食を取り出すと、ここでようやく俺に向けられていた視線が外された。
……やがて、馬車が港町フォリナーを出る。
朝食を終えても、最初の頃のようにろのように見られることはなかった。
けれど、俺は不意に思い出した疑問を口にする。
「聞きたいことがあります」
と。
少し前から目を伏せていたクリストフが目を開けて、男性にしては婀娜っぽい流し目を俺に向ける。
「どうしました?」
「時堕という人について教えてください。昨日のうちに父上に聞いておくべきだったんですが、失念していました。ですからクリストフ様にご教示いただければと」
「そのことでしたか。確かに、グレン少年は彼について良く知っておくべきでしょう」
すると、クリストフは懐から一枚の羊皮紙を取り出して俺に渡す。
そこには、一人の男が描かれていた。
きざったらしいジャケットに身を包んだ、一見すると貴族に見える男で、目元を包帯で覆った奇特な姿をしていた。
加えて、袖口から覗く両腕には、複雑な文様が刻まれていた。
「彼が時堕です。名をカールハイツと言い、ガルディア戦争において稀有な働きをしたケイオスの英雄です」
「…………個性的な外見をしていますね」
「ええ、そうですね」
クリストフは俺の前ではじめて笑い、でもすぐに表情を硬くした。
「あの男が現れた時には、絶対に私の傍を離れてはなりませんよ」
此の程、しばしば耳にするガルディア戦争。
大陸全土を巻き込んだ、歴史に名を刻んだ大戦争において目立つ活躍をした男――――時堕・カールハイツ。
つづけて語られる彼の力を聞き、俺は唖然とすることになる。
何故なら。
――――彼の固有魔法というのは。
「時堕・カールハイツ。あの男は自らが作り出した空間内において、時間を飛ばすことが出来るのです」
俺が想像したこともない、反則的な固有魔法であったからだ。
今日もアクセありがとうございました。




