議事堂と、凄い人の手紙と
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翌朝、大議事堂へ向かう馬車の中は静かだった。
今日までに事実確認は終えているし、相談も終えているからの静寂だが、父上だけはどうにも落ち着かない様子だ。
――――そんな父上も、大議事堂の門に馬車が停まると、いつもと違い自ら馬車を下りて門番の下へ歩いていってしまった。
「グレン君。そういえば、第三皇女殿下にはアリスを見張ってもらってるんだ」
「……はい?」
「ほら、アリスは港町フォリナーの方にいるじゃないか。なんでも、グレン君が留守番をしてと頼んだそうだけど、我が妹ながら、グレン君のこととなると何をするか分からなくてね」
ラドラムはそう言って肩をすくめた。
「第三皇女殿下も不満そうにしてたけど、ここで下手に口を挟まれると面倒だってご理解くださったんだ。というわけで、二人には大人しくしてもらってるわけさ!」
「感謝します。あの二人を巻き込むわけにもいきませんしね」
「うんうん。グレン君は優しいね」
「そんなんじゃないですが――――っと、父上が帰ってきましたね」
すると、馬車の扉が開かれて父上が俺たちを手招いた。
父上の表情は硬く、門番を務める騎士が緊張に汗を浮かべている。
あまり圧を与えないであげてくれ、こう考えさせられた。
「戦場へ参るとしよう」
「父上。議会です」
「常在戦場という言葉がある。それが特に、我が子が容疑者と吊るしあげられようとしているのならば殊更だ」
「剣、預けてから中に入りましょうね」
「残念だが、グレン君が思うよりアルバート殿は膂力があるよ。剣がなくとも十分凶器だと思うな。雷帝以外は一人で掃討できるはずさ」
「腕を縛るべきか…………」
「お、おい! 私とて良識ぐらい弁えておるぞ!」
門番を務めていた騎士は頬を引き攣らせるが、口を慎むようにと注意する様子はない。
それに、ここに来て気が付いたが、既に多くの貴族たちが周辺に姿を見せている。大議事堂内に足を踏み入れる者に限らず、外で親しい者同士で語らう者たちの姿があった。
皆、俺たちの登場によりこちらを気にしているようだ。
一様に遠巻きに、様子を伺うようにして。
だが――――。
その中から一歩踏み出した、二人の男。
父上のように甲冑に身を包んではいなかったものの、一目見て分かる、高価な生地を用いた騎士服に身を包む、体格の良い堂々としたいで立ちの男たちだ。
…………噂は本当だったのか?
…………くだらん。あの男の保身のためだろう?
…………そうはいっても、かの家格は――――。
驚きと、僅かに入り乱れた蔑みの声の中。
歩く二人は気にする様子もなく、毅然とした足取りで俺たちの前で立ち止った。
「我々が先導を」
そう口にしたのは、アシュレイ伯爵その人だ。
彼は俺たち三人に深く頭を下げ、隣にいた息子のクライトと共に前を歩く。まるで、俺たちの騎士のように。
それから。
少し進んで、大議事堂内に足を踏み入れる直前のことだ。
「まったく……キミは何をしたんだ」
クライトが俺の傍に来て、密かに語り掛けたのだ。
「何も?」
「馬鹿をいうな。だとすれば、あの魔法師団長がキミを断罪するための場を設けるはずがない」
「…………なんでだろうね」
「だからそれを――――はぁ……どちらにせよ、我々がハミルトン家に付くことは変わらないさ」
「色々言われてるけど、嫌じゃないの?」
無遠慮に尋ねると、クライトは小さく笑った。
「父上も葛藤されていたが、今は気にしておられない。第五皇子殿下――――いや、第五皇子の一件でアシュレイ家へのあたりは強くなったが、法務大臣閣下のおかげで何とかなったこともある。恩義に報いるべきとお考えのようだ」
あの騒動の後の取引のことだ。
俺も父上も事後になってから報告されたが、今のアシュレイ家は特定の皇族には付いておらず、俺たちに協力的な立場にある。
父上も頭を抱えていたが、今ではハミルトン派というそうだ。
二つの家だけで派閥というには寂しいと思う者が普通だ。
けど、何故か三つ目にローゼンタール公爵家が居るとあって、その規模は他の派閥に比べてもそう見劣らない。
知らない間に派閥ができていて、俺だって頭を抱えたのを覚えている。
「私も……今は晴れやかな自分がいるんだ」
「晴れやか?」
「ああ。確かに第五皇子派として私は育ったが、根底にあるのはシエスタへの、シエスタ皇家への忠誠だ。だが、第五皇子との最期は、私を裏切り者として断罪する言葉だった。……だからだろうさ」
確か、クライトが夜の帝都を逃げていたときのことだ。
後から聞いたが、あの日、アシュレイ伯爵邸は相当面倒な状況だったらしく、彼が主君と仰ぐ第五皇子と言葉を交わした際は、トカゲのしっぽ切りのように扱う言葉だったという。
「悔やむべきは、最後まで第五皇子を止められなかったことだ」
「ああ、学園で喧嘩してたこととかね」
「そうだ。――――私は計画を知りながら黙っていた。最後はそれを止めようと屋敷を飛び出してみたものの、結果はあのざまさ」
「個人的には頑張ってたと思うよ。……なんか偉そうな言い方だけど」
「そう言ってくれると助か」「――――クライト、何をしている」「し、失礼いたしました」
彼は最後に「悪いな」と言って俺の傍を離れた。
(第五皇子に裏切られたより、ラドラムに恩がある方が同情するよ)
クライトだって国家反逆罪に問われておかしくなかったが、すべては有耶無耶になっている。それはあの男が裏から手を回したからだ。
……こちらに協力的な立場になるように、という取引をするための。
◇ ◇ ◇ ◇
議会がはじまったのは、馬車から降りて二時間後のことだった。
容疑を掛けられた俺は議事堂の中央に立たされ、そのすぐ傍に魔法師団長、雷帝・クリストフが立っている。
けど、開始早々のことである。
「――――議長。私からいいですか?」
ラドラムが緩い表情を浮かべたままに立ち上がった。
「ローゼンタール殿。先日も同じことを申し伝えた気がしますが、聡明な貴方は議会をよくご存じのはずだ」
「ええ勿論! 他の誰よりも議会法が書かれた分厚い本を読んでいると自負しております! 当然、偉大なる帝国法も!」
「であれば、着席するのが筋と理解しているはずです。何故なら最初の発言が認められているのは申立人であり、次に発言が許されるのは申し立てられた張本人です」
「分かりましたとも! では私は着席致しましょう!」
何がしたかったのか、彼は素直に着席した。
その態度に議長は眉をひそめ、でも俺が対するクリストフは最初から変わらずじっと目を伏せている。
「…………議会への侮辱は退席処分となります」
「いやですね、侮辱する意図なんて毛頭ございません。ただ、私が議会法をど忘れしていただけにすぎませんよ」
明らかな矛盾を孕んだ言葉に、議会に集まった貴族たちも呆気にとられた。
だって彼は、今さっき「誰よりも議会法が書かれた分厚い本を読んでいる」と口にしたばかりなのだから。
「私の件は後で構いませんよ」
そう言ったラドラムは、意味深に一通の手紙を指に挟んだ。
「――――では、改めて」
議長が咳払いをして居住まいを正し、静かに立っていたクリストフを見下ろした。
「クリストフ殿においては、グレン・ハミルトン殿に対して、故バルバトス将軍暗殺に関する重要な関与の疑いがある、とのことでしたが」
「ええ。まずはそれをご説明致しましょうか」
すると、俺を見た。
真っすぐ向けられた双眸は研ぎ澄まされた刃のようで、俺が感じたことのないプレッシャーを与えて止まない。
更に言うと、肌がひりつく緊張感があった。
「昨年のバルバトス暗殺の一件に加え、此の程、帝都を騒がせた第五皇子の一件。また、あの日同時に発生した第三皇女殿下誘拐の件について、これらの実行犯がここにいる、グレン・ハミルトンであると私は考えております」
議事堂内が一斉にざわついた。
事前の手紙にも書かれていたが、彼が実際に口にしたことで現実味を帯びたようである。
「ハミルトン家が利用した宿にも確認しております。いずれにせよ、事件の際にはハミルトン家が帝都にいらっしゃった事実は変わりません」
それを聞いて、父上がいらだった様子で口を開く。
「議長、よいか?」
饒舌な議長もこの時に限っては、父上に気圧されて素直に頷いた。
「――――アルバート殿」
「悪いが、戦友と語らう場ではないことをご理解いただこう」
「勿論…………私とて同じ考えです」
「よろしい。では、議会法の特例により、保護者の私からも発言させてもらう。クリストフ、お主まさか、先ほどの情報だけでグレンを容疑者たらしめようと考えておるのではなかろうな?」
俺の横にやってきて、鋭い眼光を向けた父上。
でも、クリストフは気圧されずに見返した。
「彼しか考えられないのです」
「…………何が言いたい」
「例の異常発達した飛竜が帝都を襲撃した際、私は城壁付近におりた個体を処理しました。残る一頭が舞い降りたのはこの大議事堂前です。私が気になっているのは、その際、暗殺者が見せた剣術に他なりません」
「だから、それがどうしたと――――」「旧式帝国剣術、ですよ」「――――ッ!?」
その言葉が議事堂内に響き渡ると同時に、どよめいた。
「あのガルディア戦争を生き残った騎士であろうと、アルバート殿が使用を提唱しつづけた、旧式帝国剣術は易々と扱えません」
「ば、馬鹿を申すな! 私はグレンにあの剣術を教えてなどおらんッ!」
「では、お近くにいて覚えたのでしょう。嘘偽りなくお答えいただきたいのですが、アルバート殿はグレン少年の前で剣を使ったことはございますか?」
「…………あるとも。しかしッ!」
「どうやら、旧式帝国剣術の冴えは衰えていないようですね」
俺はそれらの言葉の意味が分からず、二人のやり取りに静かに耳を傾けていた。
内容は分からないとしても、俺の剣が父上の剣筋と似ているのは想像がつく。というか、生まれて間もないころから見つづけて来たのだから、似て当然だった。
「およそ百年前に生まれた旧式帝国剣術ですが、これも時代の変化と使い手の減少により過去の遺産となっています」
俺の疑問に答えるようにクリストフが言う。
「問題なのは身体強化と、純粋に剣の冴えにある。特に前者が重要で、剣筋に与える影響が大きかった。――――技量が足りていようとも、身体強化が伴わない。こうなると、旧式帝国剣術における最大の魅力、剣閃が見せる絶対的な破壊力が見る影もないのです」
コツン、という靴の音。
クリストフが父上との距離を詰めた。
「現代において、身体強化を主軸に置く者は限りなく少ない。誰しも一属性は適性があるからです。故に、身体強化に時間と才能を割くことは滅多にないのです」
お判りでしょう、と。
「重ねて申し上げますが、暗殺者が見せたのは、間違いなく旧式帝国剣術でした」
「…………だからと言って、グレンと断ずるには情報が足りぬ」
「確かにおっしゃる通りですが、私は他の誰よりもアルバート殿の剣を知っています。あのガルディア戦争にて、幾度、背を預けて戦ったかお忘れではないはずだ」
議事堂内の空気が変わる。
――――雷帝・クリストフ。
彼が先の戦争でどのような働きをして、父上の隣に立って戦ったのかということ。すべてをよく知る者たちは、彼の言葉に強い説得力を感じていたようだ。
言い方を変えれば、俺が暗殺者であると考える者が多くなっている。
「今一度申し上げましょう。アルバート殿のそれに酷似した旧式帝国剣術を用いるグレン少年こそ、あの暗殺者であると私は考えております」
静かだったはずのこの場がどよめき、同意する声が少なからず。
「とは言え、証拠不十分なことは私も同意致しましょう。故に今後、グレン少年の身柄を帝都預かりとし――――」
更なる調査をすることになる、その先は容易に想像できる。
……言葉を遮ろうと父上が口を開きかけた、その刹那。
「――――議長。私からもいいですか?」
あの男が、ラドラムが口を開き立ちあがったのだ。
すると、父上は抵抗なく引き下がる。
息子の一大事のはずなのに、どうして? 貴族たちが気にしている中、俺と父上は予定していた流れにほくそ笑んだ。
「発言を認めます」
「感謝します。…………っというわけでですね、そろそろ中間決議が取られる気がしてるんですよ! ああいえ! ここで中間決議を邪魔する気はないんで、皆様もそんな妙な視線を送らないでくださいませッ!」
もう、こうなってしまえばラドラムの独壇場。
むしろ、ここまで黙っている当事者たる俺の方が必要ないぐらいだ。
計画の内といえ、妙な気分になってしまう。
「御多忙とのことで、参加できなかったお方から手紙を預かっているんです!」
それは最初、彼が意味深に指に挟んでいた手紙だった。
「議長! 是非とも代読を!」
「私に?」
「そうですとも! というのもこの手紙、参加していないお方からのものですから!」
あのラドラムがわざわざ口を挟むほどの人物と思い、ほぼすべての貴族が注目した。
勿論、その手紙を受け取る議長もである。
一同は皆、皇族が絡んでいると推測したのだが、その予想は外れる。
――――それは、場合によっては皇族より影響力のある人物であったから。
議長は手紙を取り出し、間を置くことなく読み上げる。
「私はグレン・ハミルトンが申し立てられた一件について、慎重な調査に加え、篤と耽るべき議題であると判断した。故に、偉大なる帝都議会においては、当議題について焦慮することなく努めるべきである――――」
偉そうな、と言っては失礼かもしれない。
でもそれを、貴族たちには眉をひそめる者も居た。
しかし、それが。
議長がつづけて発する言葉で状況が一変することになる。
「――――エカテリウス侯爵家当主。ジルヴェスター・エカテリウス」
過半数の貴族が狼狽え、隣り合う者同士で騒ぎ立てる。
…………魔法師団長殿には悪いが、あのお方の意にそぐわぬ事は口に出来ん。
…………わ、私とて熟考すべきと思っていた!
…………そうとも! 別に急ぐことはない!
…………さすがに魔法師団長殿の言としても、エカテリウス卿のお言葉には叶うまい。
議長も議長で、彼らを止める仕草を見せなかった。
それどころか驚きに染まり、手紙を何度も読み直しているようだった。
「あの方が…………ッ?」
「おや、魔法師団長殿。どうされました?」
「法務大臣殿……たばかっているわけではないのですね?」
「勿論です。いくら私でも、ジルヴェスター女史を敵に回すのは避けますって」
「…………なるほど。道理で余裕だったわけです」
彼女の影響力は計り知れない。
場によって、皇族以上の影響力がある理由というのは、彼女の教えを受けた者は国内外に多数いることに依存するからだ。
俺もこの事実を知ったのは昨日のことだが、すぐに納得した。
……それもそのはず。
「グレン。奴の想像通りというのだけは気に入らんな」
「ち、父上……今回は素直に感謝しませんと……」
「ああ、その通りだ。しかし、感謝すべきはあの男というよりも」
――――そう。
ラドラムというよりは。
「学園長殿にだな」
緑髪の超然としたあの女性に。
自らをジルと呼べと言った、シエスタ魔法学園の学園長にするべきなのだろう。
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