馬車に揺られながら。
帝都に向かう途中の馬車で、父上が苦い顔をして口を開く。
俺に告げられたのは、どうして俺が帝都に呼ばれ、しかもその行き先が大議事堂になっているのかということだ。
「バルバトス殺害の容疑、ですか」
「ああ。クリストフがどうしてグレンを狙ったのかは知らん。問題なのはあの男の立場と名声だな。詳しくは帝都で聞かねばならんが、今のグレンは不利な状況なのだ」
「…………思っていたより不穏ですね」
「不穏もなにもない。どうしてこんな容疑を掛けたのか理解に苦しむな」
まぁ、想像は付く。
城からミスティを連れだした存在と、バルバトスを殺した暗殺者。この両者を結びつけるだけの証拠は数多くある。
気になるのは、そこで俺に白羽の矢が立った理由だ。
現状では容疑が掛かっているだけに過ぎない。
であれば、ミスティを連れ去った日の夜を過ぎ、それ以降、ハミルトン家を調べ上げてから連絡してきたとも思えなかった。
だけど――――。
(俺を暗殺者と断定できるだけの証拠がないと連絡してこないはず……)
仮にその証拠があったとしよう。
そうすると、気になることがもう一つ。
「父上。書状によると、容疑が掛けられているのは俺だけなんですよね? 他に、重要参考人として呼ばれている人も居ないんですか?」
「そうだ。本来であれがグレンが一人で議事堂へ行かねばならんのだが、幸いなことに、グレンはまだ若いだろう? だから保護者の私も共に行くことができるというわけだ」
「…………すみません。迷惑を掛けます」
「気にするな。どうせあの男の勘違いに決まってる」
言い切った父上を前にして、俺は若干の罪悪感に苛まれた。
最初は父上を救うためだったとしても、その後の、ミスティを助けたことは父上とは関係ない。たとえ、父上もミスティを救いたいと考えていたとしてもだ。
――――だけど、はっきりした。
(容疑が掛かってるのが俺だけなら、俺を犯人と言えるだけの確固たる証拠はもっていないはずだ)
何故ならば、バルバトス暗殺の真相に向かった際には、もう一人。
あの男の存在が浮かび上がってくるはずなのだ。
仮にあの男を避けたとして、かといって、ハミルトン家が御しやすいかと言うとそうでもない気がする。
偏に、父上という存在のためだ。
だとすると、魔法師団長は何を以て俺を暗殺者と考えたのか。
ミスティを攫った存在と暗殺者を重ねるのは理解できるが、そこから俺に繋がる理由だけは分からない。
「分っかんないなー……」
「私も分からん……あの男は昔から堅物だったし、難しいことを言う癖があったからな」
俺の疑問と父上の疑問は違うのだが、言ったことが気にならないかは別問題だ。
「あ、魔法師団長とお知り合いなんでしたっけ?」
「知り合いも何も、昔は共に戦場を――――ああいや、何でも――――」
「――――ガルディア戦争、ですか?」
俺がその言葉を告げるや否や、父上の身体が大きく揺れた。
目を見開き、ぎゅっと唇を結んでから俯いてしまう。
でも、やがて、いつもの笑みを繕って口を開くのだ。
「さすがグレンだ。よく学んでいるようだな」
父上はそう言い、俺の頭を少し乱暴に撫でた。
「戦争の生臭さを語る気にもなれなかったのだ。グレンが私の口を介さずに色々と知ったのは少し残念だが、致し方あるまい」
「俺も詳しくは知りませんよ。小耳に挟んだ程度です」
「…………そうか」
すると、父上は窓の外に顔を向けてしまう。
それから、俺を見ることなく語りだす。
「あれは凄惨な戦だった。もっとも、凄惨ではない戦なんてないだろうが、思い出すのも辛い戦争だったことに違いはない」
俺は耳を傾けながらも、アリスが語っていた言葉を思い返す。
確か、戦争が勃発した原因は亡国ガルディアの王族が周辺諸国への侵略を企てたから、だったはず。それを王族に仕えていた家臣が知り、クーデターの形で内乱が勃発したそうだ。
その後、シエスタを含む連合国軍が攻め入って、後に終戦。
連合国軍の勝利で戦争は終わり、今日に至ると聞いている。
「あの戦争以後、クリストフは英雄と謳われている」
「それが、立場と名声が面倒ということに繋がるわけですね」
「そうなる。奴は私と共に暴君――――ガルディア国王を討った者として、周辺諸国に名を轟かせる存在なのだ。しばし帝都を離れていた私と違い、発言力も相応に高い。……まぁ、魔法師団長の立場もあるがな」
「あの……え? 聞き違いじゃなければ、父上も同じく名を轟かせているんじゃ……」
「かもしれんが、私は終戦後は間もなく城を出て、そして帝都を発ち生まれ故郷のハミルトンに戻ったろう? それもあり、私はクリストフほど目立っておらん」
「ああ、俺を養子に迎える前のことですか」
「…………そうだな。グレンと出会う前のことだ」
今一度、重く言い辛そうな声で告げられた俺は、何も言わずに父上の横顔を見た。
やはりこちらを見る気はなさそうで、どこか遠くを眺めている。
――――でも。
「話を戻すぞ。というわけで、クリストフは発言力があって面倒なのだ。グレンに招集をかけた理由が容疑ではあるが、クリストフに同意する貴族が多いとより面倒になるというわけだ」
しかし、と父上はようやく俺の方を向いて笑ったのだ。
これまでの重苦しさを払しょくするように、晴れやかすぎる笑みを浮かべて。
「これほどあの狸男に感謝した日はないぞ」
「ラドラム様は頼もしいですね。あまり貸しを作りたい相手じゃないですけど」
「はっはっはっ! さすが私の子だ! 気が合うな!」
とは言え、今回はそうは言ってこないはずだ。
何故ならあのあの男は、第五皇子の騒動の際に約束している。
(面倒な些末事は任せろって、ね)
約束を守る男に違いはない。
意図的に言葉を操ることはあるが、今回は別だろう。
馬車に揺られる俺は、だんだんと近づいて来る帝都の城門を視界に収めてため息を吐いた。
願わくば、何もないように。
――――早く港町フォリナーに帰れるようにと願って。
◇ ◇ ◇ ◇
そのラドラムの屋敷に着いた俺は、妙に余裕綽々な彼に迎えられた。
慣れた足取りでやってきた客間の中で、無駄に楽しそうな彼が指に挟んだ、金の封蝋が押された封筒を見せつけられる。
「魔法師団長に喧嘩を売られたところで、今回は特に余裕なんですよねー」
「ラドラム殿、その手紙は何なのだ? また私が与り知らぬところで何かしていたのではあるまいな?」
「まさか。今回の魔法師団長殿の件は私も寝耳に水ですよ。というか、議会から連絡が来たのもつい数十分前です」
そして、と彼が話をつづける。
「この手紙が届いたのは、そのさらに数分後のことでしたね」
本当にいつもと違う。
余裕があるのはいつものことだったが、今日は更に。
まるで、最初から勝負にならないと言わんばかりだ。
「誰からの手紙なんですか?」
「お、気になるのかいグレン君!」
なんてうざさだ。
気にならないわけがないだろうに。
「じゃ、先にアルバート殿にご覧いただきましょうか」
「私に?」
「アルバート殿も気になっておいででしょうし、今回の場合、特にアルバート殿が先に確認した方がよろしいかと思いますよ」
「ふむ……では、そうしよう」
手紙を渡された父上は封蝋を見て「ん!?」と驚いた。
「まことであるか?」
「たばかってどうしますか……さすがの私も、この送り主をたばかるほど命知らずじゃありませんってば」
「あ、ああ……そうだろうな……」
すると、父上は手紙を読みだした。
無作法だし、俺が見てもいいか分からないから覗き込んだりはしない。
でも気にしていると、ラドラムが口を開く。
「前に話したと思うけど、議題にされる件についての賛成か否か、とかっていうのを貴族が決める話を覚えているかい?」
「勿論、覚えてます」
「アルバート殿が読んでるのはその手紙なんだ。まさか、彼女がグレン君に口添えしてくれるとは思わなかったけどね。……どうしてだい? 僕が知らない間に何をしていたんだい?」
「…………まったく存じ上げません。まず、話についていけてすらいないんですが」
ここで、手紙を読み終えた父上が息を吐いた。
「ジルヴェスター殿が口添えしてくれるのであれば、更に安心できるというものだ。しかし、分からん。仕事に励んでいたグレンをよく思ってくれたのだろうか?」
「理由は書いてありませんので、私も分かりません。ま、ジルヴェスター女史が味方というのは頼もしいですがね」
ついに出た名前を聞き、そのジルヴェスターという女性の発言権が凄いという事は分かった。
けど、分からない。
そもそも友達が皆無で、相手が女性。
殊更に訳が分からなくなっていた俺の頭の中で、どうしてかその名が気になっていた。
「……………父上」
恐る恐る、微妙な感情に苛まれるままに尋ねる。
今あなたが仰った、そのジルヴェスターというお方って――――。
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