今度は俺か、って声を大にして言いたくなった日
翌朝、いつもより一時間以上早く目を覚ました俺は手持ち無沙汰だった。
朝食も済んだし、やることが一つもない。
日課の訓練も終わったし、本格的に暇だった。
「――――どうしよ」
庭に出て空気を吸っていると、そこへ父上がやってくる。
「ふわぁ……ん? グレン、今日は随分と早いではないか」
「目が覚めたもので。おかげで暇を持て余してます」
父上は俺の返事を聞いて腕を組んだ。
でも、何か思い浮かぶ気配はない。
「せっかくですし、先に学園に行ってもいいですか?」
「構わんが……何もすることはないぞ?」
「散歩がてらって感じです。ついでに、今日の授業で使うものも確認しておきますね」
「あい分かった。気を付けてな」
そうなれば、出発の支度だ。
父上と別れた俺は屋敷の中に戻り、階段を上り自室へ。既に着替えは住んでいたこともあって、いくつかの荷物を手にして外に戻るだけでいい。
「む、早いな」
「別に準備ってほどのことはないですからね……」
挨拶を軽めに、俺は門の向かって歩いていき。
「行ってきます」
「ああ、では学園で」
一足先に屋敷を出て、散歩がてら学園へ向かったのである。
◇ ◇ ◇ ◇
学園はまだ人が少ない。
少ない、というかほぼ皆無だ。
広い敷地を有する学園に居たのは、幾人かの警備や教員の姿だけ。もう警備員とも顔なじみの俺は足を止められることもなく、朝の挨拶を交わすにとどめられた。
…………ついでに仕事をしてこようかな。
普段、学園に来て行っていた仕事をしてもいい。
後々の仕事が減ると思うと悪い気がしなかった。
三十分ぐらい仕事をしよう、こう心に決めた。
でも、俺の足は後者に入る前に止まる。
昨日も使った広場に、見慣れない人の姿を見つけたからだ。
『まったく……これだから刃物は無粋だというんだ……』
しまっていたはずの訓練用の剣を持ち、それを不慣れにも振り回す女性の姿があったのだ。
一見すれば少し冷たい印象を受ける佳人で、顔立ちは整っているが表情は硬い。朝の風に揺れた髪は夏の新緑を思わせるほど鮮やかだった。
背丈は高めで、袖を通さずに羽織ったえんじ色のスーツが目立つ。
『――――おや?』
その彼女と、おもむろに目が合ってしまう。
すると彼女はこれまでの冷たい印象を払拭する、人懐こい笑みを掲げて手を振ってきた。
「そこの若者! 私を手伝う権利を与えようじゃないかッ!」
で、いきなり何をのたまうのか。
呆気にとられているのを気にせず、更に。
「こちらに来るんだ! ほら、早くしたまえ!」
「…………分かりました」
誰なのか分からないが、あんなに堂々としてるなら学園の関係者だろう。
警備員が止めていないわけだし、部外者と思う方が無理だ。
「何です?」
「だから、私を手伝う権利を与えると言ったろう」
「手伝う内容をお聞かせ願いたいな、と思いまして」
「ふむ…………一理ある」
いや、万理ある。
むしろそれしかない。
「刃物は野暮ったいと思わないかな? 砕けてしまうと使えない金属なんて物に頼るのは原始的だ。そうは思わないかね?」
「いえ、別に」
「即答で結構。私は返事に詰まる人が大嫌いだ」
「――――それで、何をお手伝いすればよいのですか?」
「おっと、そうだった。この野暮ったい鉄の塊の使い方を教えてくれるかね?」
やはりそうか。
剣を手にして不満そうに、不器用に振っていたのだから想像はしていた。
だとしても、彼女が何者かという疑問は残る。
一秒、ほんの一秒だけ考えてしまうと、彼女は「いや、やっぱり止めよう」と言って、剣を無造作に放り投げてしまう。
地面に突き刺さった剣がどこか物悲しかった。
「微妙に興味を抱いたのは事実だが、思えば、それほど興味はなかった」
「あ、ああ……左様ですか……」
「ところで、若者はどうしてここに来たんだい?」
俺が誰かとは聞かないのか?
気になったが、まずは返事を。
「仕事があるので。あと、早起きしすぎたからです」
「簡潔で結構だ。ということは、暇ということに間違いないね」
「いえ、だから仕事が……」
「どうせ普段している仕事だろう? 代わりにやっておくよう、私の補佐に言っておくから安心したまえ。――――だから少し付き合いなさい」
「どうしてそれを――――って!?」
前触れはなく、突然。
俺は背後から押し寄せるナニカの気配に、咄嗟に身体をひねってそれを躱した。
「ほう! やるじゃないか!」
「いきなり何を……ッ!?」
「いやなに、無粋な刃物なんかより、目の前にいる若者の方が面白そうに思えただけなんだ」
さっきまで居た場所を、黒い風が通り抜けていったのが分かる。
迎撃態勢を取ってみるが、彼女は笑っているばかり。それどころか、挑発するような言葉を発してみせるほどだ。
「腰に携えている剣を抜きたまえ」
もう一度、いきなり何をと尋ねたくもなる。
でも、彼女から漂う気配には、ラドラムと似たものがあった。
つまるところ、教えてくれなそうなそれだった。
「若者は頭がいいから分かっているはずだ。恐らく、どうして私が攻撃を? という疑問を抱いているはずだ。少なくとも、私がやったことは理解できているはずだからね」
「…………俺の考えが分かるのなら、教えてくれると助かるのですが」
「ふむ、気になるのかね? だったら教えてあげなくもない」
俺は彼女が袖を通さずに羽織ったスーツの裾から、黒い風が漏れ出しているのを視界に収めて警戒した。
当然、言われるまでもなく剣は抜いてある。
徐々に殺意に似た敵意を抱きつつあった俺の目を見て――――彼女は。
「――――ただの興味本位」
呆れるほど自己中心的な理由を述べて、手を伸ばした。
楽しげに笑い、白い歯を露出させながら。
「意味が解らない……くっ……」
黒い風が手を模して。
彼女のスーツから何本も伸び、俺の身体を狙う。
けど、目で負えないほどじゃなかった。
身体を反らし、最小限の動きで躱す。ついでに距離を詰め、手にした剣を彼女に押し付けようと試みたのだが。
(身体が……重い……?)
自分の足元を見ると、漂う黒い風が冬の雪のように重く、俺の足を奪っていた。
足を振り上げるも、水のようについてくる。
ついでに視界も霞んできた。
本能で理解できる。この風に触れているのはまずい。
逃れようと試みるのだが、足取りが重く身動きが取りづらい。
身体強化を更に強く使ってみるも、感じたことのない重さだった。
黙っているわけにもいかない。
俺は緑髪の女性の様子を伺うのと同時に、辺りの様子を伺った。
すると、気が付いた。
そして、目を疑った。
(雲が――――ッ!?)
こんな光景は目にしたことがない。
……だって、空に漂っていたはずの雲が、鈍く、蠢くようにして落下しているように見えたのだ。
「若者。これは予想だが、君は固有魔法を持っているだろ?」
「俺が……? いえ、そのようなことは」
幼い頃に父上も言っていたように、自分の才能は明け透けに語る者ではない。
相手が見ず知らずの人物で、しかも攻撃してきた女なら殊更だ。
「そうかな。頑なと言っていいほど身体強化に頼る思考に加え、属性魔法を放つ様子もない。されど、遠距離の攻撃手段があるようにも見えないじゃないか」
ほんのわずかな時間で行われた分析を前に、俺はポーカーフェイスを保った。
彼女はそれすら楽しそうに観察しているように見える。
「予想できるのは、君の固有魔法は範囲が広いそれではないということだ」
どうかな、と。
「正解したかい?」
「ぐっ……あいにく、魔法の才能がないだけです……ッ!」
「あーっはっはっはっ! 言うに事欠いて、魔法の才能がないだって!? 私の見立てでは真逆だが……くくっ、そう言うのなら、そういうことにしておこう」
すると、彼女は俺に拍手をした。
称えるような、ショーの最後に縁者に送るような拍手をだ。
「もう十分だ。朝から楽しませてもらったよ」
俺が重さに苦しむのを傍目に、魔法を収めだした緑髪の佳人。
俺はそれに、強い苛立ちを覚えていた。
何も言わずに魔法を使い、人を試すような言動を繰り返すその振る舞いには、青筋が浮かぶほど苛立っていた。
名前も知らない相手にこんな感情を抱くとは思えなかった。
「――――るな」
このまま終わらせるのも、性に合わない。
「なんだい?」
「――――舐めるな、って言ったんですよ」
歯を食いしばり、全身に力を込めた。
体重が何倍にも感じる中、握り拳に爪が食い込むほど力む。
身体強化を更に……もっと。
すると、足元が僅かに動き出す。
壊れかけの歯車が軋むような音を上げながら……ゆっくりと。
「ま…………まさか動けるなんて思わなかった。これはアルバート君だって眉をひそめる代物なんだけどね」
額に大粒の汗が浮かび、全身が気だるくなってきた。
魔力の使い過ぎと、筋肉の酷使による副作用だ。
でも、一歩踏み込めそうになったところで……。
「ッ――――っとと!?」
急に黒い風が消え、俺の身体に自由が戻ったのだ。
「私は腐っても教師だから、最後に軽く助言をしていこう」
「じょ、助言……!? いやその前に、貴女の名前を――――ッ!」
あと、流してしまったが父上は眉をひそめるだって?
逆にそれで済んでるだけなのか教えてほしい。
「グレン君は身体強化に頼り過ぎだ。鍛え上げることでアルバート君と同じ領域にたどり着けるだろうが、回り道をする必要はない」
「――――お、俺の名前まで……」
「最低限、魔力を帯びた武器を持つことだ。あと一つ……せめて、一属性ぐらい魔法を覚えてみたらどうだ?」
そう言って、彼女は疲労困憊の俺に背を向けて歩き出す。
校門の方へ向かって、陽気に片手を掲げながら。
「雷なんかは相性が良さそうだ。良い師を見つけられることを祈ってるよ」
でも、最後に一度だけ足を止めて振り向いた。
「言い忘れたけど、私のことはジルって呼んでくれたまえ」
遅すぎる。別れ際に言うなんて訳が分からない。
それに、名前以外にも色々と気になる点があり過ぎた。
とはいえ、疲労しすぎてどうしようもない。
「また会うことがあったら、今度は根掘り葉掘り聞かせてもらいます」
故に彼女の背にこう告げるにとどめ、彼女の笑いを誘うにとどめたのだ。
――――そう言えば、教師だって言ってたな。
他の学園の教師の可能性はゼロではないが、だったら、わざわざこのシエスタ魔法学園に足を運んでるのも違う気がする。
順当に考えるなら、シエスタ魔法学園の教員だろう。
後で絶対、聞き出してやる。
名前と髪の色が分かっていれば、こんなの容易いに決まってる。
「あー……身体おっも……」
意固地になって対抗する必要はなかったのかもしれないが、こればかりは性分だ。
前世の方がクールに、落ち着いて物事をこなせていた気がしてならない。
まぁ、何にせよ今更なのだ。
何度目か分からない溜息をつきながら、俺は頭上に広がる空を見た。
気が付くと、足を運んだときより陽光が高い場所から注がれている。もうすぐ、生徒たちも足を運ぶ頃だろう。
「起きるか…………」
だったら、ずっと寝ているわけにもいかない。
全身の筋肉が痛いけど、まずは上半身を起こした。
うん、やっぱり重い。
諦めたくなったところで、思いっきり力を込めて立ち上がる。
――――その時だった。
「ッ――――ちゃん! 坊ちゃん!」
校門の方から婆やの声がした。
重い身体をいじめて近づいてみると、家の馬車が停まっていることに気が付く。
婆やが大声で、しかもせっぱづ待った声で俺を呼ぶのは珍しい。
「婆やッ! 俺はこっちにいるよッ!」
大声で返事をすると、すぐに俺の方へ走り寄ってきた。
「坊ちゃん…………今日の授業は中止です」
「え、急にどうしたのさ」
「我が家へ帝都から――――帝都議会から連絡が届きました。至急、帝都へ向かい、状況を確認せねばなりません」
今日は朝から分からないこと尽くしじゃないか。
「また父上が何かしたのか……」
ひとまず屋敷に帰ろう、こう呟いて歩き出す。
しかし、婆やがすれ違いざまに首を横に振っていた。
「いいえ」
じゃあ、誰が?
尋ね返すより先に、俺のことを見ていた婆やが俺の手を握った。
つづけて「落ち着いてください」こう前置きをして。
「今回は坊ちゃんが呼ばれているのです」
「俺が? いやいやいや! 何もしてないんだけどッ!?」
「どうしてなのかは分かりませんが、無視できる相手ではありません。なぜなら…………」
次の言葉を聞き、俺は自分の失態を思い出すのだ。
そう、ミスティと共闘したあの夜のことを。
「申立人は魔法師団長。――――雷帝・クリストフなのです」
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