ひとまず無難に。
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併せて、どうぞよろしくお願いいたしますー!
「グレン様、どうぞよろしくお願い致します」
何人かの生徒が集まった場所に行ってすぐ、アリスが淑やかに言った。ついでに、見惚れてしまいそうになる洗練された所作交じりにだ。
(うわぁ)
猫かぶりっぷりが一流にもほどがある。
微妙に頬を歪めた俺を見て、アリスも同時にむっ、と眉をひそめた。
しかしながら、互いに人には言えない仕事をしていた身だ。
他の生徒にバレないようすぐに居住まいを正す。
「…………もう」
しかし、ミスティには見られていたらしくため息を吐かれる。
でも俺の気持ちは分かってくれているようで、密かに微笑んでいた。
「私のクラスでグレン殿を独り占めしても問題でしょうし、気になったことをご教示いただければと思うのですが、いかがでしょうか」
父上の見本を受けての動作確認。
ついでに、他にも気になることがあれば推してくれ、こういうことだろう。
俺が勝手に教えていいものかと思ったが。
『うむ』
離れたところにいた父上を見ると、こちらを見て頷いていた。
……どうやら教えて良いらしい。
「皆さん、つづけましょう。ハミルトン子爵の見本を思い出しなさい」
教員の声を聞き、生徒たちが再度剣を振る。
やはり、名門の生徒だ。回数をこなすことでその所作は見違えて、俺がわざわざ何か言う必要はないように思えてしまう。
時折、ちょっと気になったことを告げるだけで十分だ。
また意外にも、俺に教えられることに忌避感はないらしい。
素直に俺の声に耳を傾けてくれて、嫌そうな目を向けられることはなかったのだ。
――――それにしても。
「…………? グレン様、どうかなさいましたか?」
アリスは群を抜いて剣の扱いに長けている。
わざと下手に見えるよう振舞っていたが、逆に分かりやすいぐらいだった。
「いえ、お上手だと思いまして」
「まぁ! お褒めに預かり光栄です……っ!」
無性にイラっとした。
人目を忍んで口元に手を当て、ニヤニヤしてるのも余計にそうさせる。
互いに猫を被るという状況の辛さを、俺は身をもって体感していた。
「ん?」
……だけど。
ふと、ミスティの手元を見ていて気になった。
彼女も剣の扱いは下手じゃないが、持ち方が窮屈そうにみえたのだ。
「第三皇女殿下」
「…………どうかした?」
そんな不満そうにされても、ここでミスティと呼び捨てるわけないだろうが。
周りから俺がどんな目で見られると思ってるんだ。
「もう少し、指に余裕を持たせた方が負担が少ないと思います」
「指に余裕を?」
「はい。たとえばこのようにして――――」
「…………よ、良く分からないわ」
別にミスティの持ち方で問題があるわけじゃない。
力が入り過ぎているのが気になっただけで、短時間なら問題ないはず。
だが、この授業の趣旨を思えば指摘せずにはいられなかった。
「私の指を見てください。こうして力を抜くことで……」
「こ、こうかしら?」
「いえ、そうではなくてですね」
俺の語彙力と教え方が拙いせいか、どうにも理解してもらえない。
「にゅふふー……」
隣で笑う暇があったらお前も教えてやれよ、とは言わない。
言ったが最後、アリスの術中にはまることは必至だ。
「えっと……こうしてみたら……」
頑張り屋のミスティは俺がアリスに気を取られている間にも、俺の指摘を受けて持ち方の調整を試みていた。
しかし、杖と違うのもあって、どうもしっくり来ていないように見える。
……結局、最後はアリスが手を貸してくれた。
「ミスティ、こうするんですよ」
手を取り握りを教えられ、さっきと違い改善がみられる。
でも、今度は普段と違うことへの違和感を覚えてしまっていた。
「さっきまでの握り方の方が楽だった……かしら」
「ええー……絶対こっちの方が――――こほん。こちらの方がいいと思いますよ?」
「指に力が入りにくいのだけど、それでもこちらの方がいい?」
「そ、それは少し問題かもしれませんね……!」
改善したと思いきや、また新たな問題が。
アリスの教え方は間違いなかったと思うが、どうしたものか。
このままにするのは逆効果でしかないだろう。
「第三皇女殿下」
俺は周囲の生徒たちの目が父上が居る方に向いているのを確認した後で、ミスティの前に立って声を掛ける。
「手をお借りしても?」
でも、アリスのクラスにいる数組の生徒は近い。
とはいえ、だ。
このぐらいなら大丈夫と踏んだ。
――――まさか彼、第三皇女殿下に?
――――罰せられるぞ!?
――――お、おい誰か止めた方がいいんじゃ!
――――先生、注意した方が……。
彼らの声を聞きつつも、ミスティは平然と。
「ええ、いいわよ」
俺が差し伸べた手に自分の手を重ね、尋ねた。
その顔には微塵も警戒心はなく、ごく自然である。
「こうしてみればどうでしょう」
「こう?」
「ええ。力も小指寄りにって感じです」
「…………すごいわ。楽になったみたい」
「それはよかった。これからは今の感じを意識してみてください」
ずっとこうしているのも目立つ。
俺はすぐにミスティの手を放して距離を取る。
手ごたえを得た彼女を見て、微笑んだ。
「だ、第三皇女殿下が…………?」
そして。
止めるべきか迷っていた教員が驚き、その傍で生徒たちが倣っていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
今日の授業は悪くなかった。
帰宅してすぐ、父上がほっと胸を撫で下ろしていたのを覚えている。
そして、日が暮れて茜色の空が広がりだした頃。
アリスが屋敷に帰って来たのだ。
「おじゃましても平気です?」
「いいよ、ちょうど仕事も終わったし」
「ではでは、失礼して―……っと」
執務室にいた俺の傍にやってきたアリスは、人目を気にする必要がないとあってじゃれつくような笑みを浮かべている。
「あのさ」
それを見た俺は立ち上がり、彼女の手を取った。
「ふぇえ!?」
「今思い出したら、アリスの握り方にも問題がある気がしてきた」
「な、ななな何のことですか!? 私の握り方……!?」
「そう。今日のミスティへの教え方を見て、今更ながら気になった」
「もちーっと詳しく教えてくださいませんか!? ほらほら! 私の手、握り方がどうとかってより、今はグレン君に握られてるわけですよっ!」
「そりゃ、教えるためだし」
強引にアリスの手を握ったまま歩いて、部屋の中央に置かれたソファに座る。
アリスもそのまま座らせて、テーブルに置いていたペンを握らせた。
「いつも剣を握るみたいにしてみて」
急なことで驚いていたが、アリスはすぐに普段の握り方を披露してみせる。
……やっぱりだ。
特別、指摘するほどのことではないのだが……。
「癖ってのは下手に直すと大変な気がしてるけど、こうした方がいい」
「…………」
「アリス?」
「え、あ……はいっ!」
「握り辛い?」
「平気……です。むしろ、あっさり持ちやすくなった感じです」
「ん。そりゃ何より」
「ッ~~最近ちょっと強引すぎません!? 少しも意識されてない気がして不満なんですが――――っと、わわっ!?」
トンッ、と俺の胸板に押し付けられた二つの拳。
唇を尖らせたアリスはジト目で俺を見上げていたが、俺もアリスの手を取って教えていたとあって、上半身にあまり力が入っていなかった。
そのせいもあり、俺の身体がソファに押し倒されてしまう。
言うまでもないが、アリスが覆いかぶさるようにして。
「…………」
黙りこくったアリスは睫毛を一本ずつ数えられそうなほど近く、吐息も届く。
アリスの髪が俺の頬を撫でるのがこそばゆかった。
……そして、鼓動も俺の身体に伝わってくる。胸板に押し付けられた彼女の身体から、惜しむことなく伝えられていたのだ。
って、思っていたのだが。
(俺もか)
自覚してしまったのが運の尽きだった。
鼓動はアリスのそれだけではなく、俺もまた、胸が早鐘を打っていた。
少しの間、黙っていると――――。
「ほーら。おいたをするからこうなっちゃったんですよー?」
アリスの口から「おいた」という言葉が出るのも久しい。
「帝都でしたみたいに、猫かぶりを看破したわけじゃないのにな」
「ふふん……そうやって誤魔化すんですか?」
アリスはこの距離感のまま、俺の頬をつついてくる。
明らかに頬が紅いのに、怯むことなくじゃれついてきた。
「お顔、紅くなってますよ」
「お互い様だけどね」
「紅くなるなって方が無理な話ですもん。もう、開き直って甘えるしかないんですよ」
「…………そういうものかな」
すると、アリスは「はい、そういうものです」と言って微笑を浮かべる。
それからもつづけてじゃれつこうとしたアリスだったが。
『坊ちゃん、少しよろしいですか?』
婆やの声がして、俺たちは笑った。
不思議と名残惜しい感じがしていたが、ほっとした自分も居た。
「グレン君。どぞどぞ」
上半身を起こしたアリスに手を差し伸べられ、体を起こす。
「たはは……頬が紅いのだけは治せませんねー……」
「夕焼けのせいってことにしたいし、机の方に行こう」
「あ! 名案ですっ!」
――――だけど、バレていたと思う。
部屋に入ってきた婆やが俺とアリスの顔を交互に見て、去り際に密かに笑みを浮かべていたのを、俺は見逃さなかったのだった。
俺はそれから、学園でのこと思い出し。
二日目の授業に向けて、英気を養ったのである。
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