騒動のエピローグ【後】
これで2章は終了です!
次話から3章に入ります!
隠そうにも隠せないし、隠すことによる些末事を思うとその気にもなれない。
俺は朝刊に大きく書かれた文字に目を通しながら、帝都の騒動の余波を感じていた。
朝の訓練を終えて湯を浴びてすぐ。
ソファに座りながら気だるげに読み上げた表題は……。
「第五皇子暗殺。遺体がエルタリア島に流れ着いてから早二か月」
そう、あれから二か月が過ぎた。
特筆すべきことと言えば、いくつもある。
まずはミスティアが無罪放免で済んだこと。
もう一つは、第五皇子が暗殺されたこと。
最後に、帝都の派閥にも動乱が起き、何故かハミルトン家を慕う者たちが増えたことか。これについては本気で意味がわからない。
父上なんか寒気がするって言ってたし。
そういえば、割とどうでもいいことだが、ラドラムが吐き気止めを買う姿がフォリナーの町中で見受けられたらしい。
あの男が船酔いするのかと思うと、自然に頬が緩むのが止まらなかったことを覚えている。
――――話を戻そう。ミスティアの件だ。
彼女は無罪放免で済んだものの、今も城を出ていない。
しかし、以前と違って自分の意思で出ていないのだ。ラドラムの元にもあまり情報は来ていないというが、どうやら事後処理的な何かで忙しいらしい。
学園にも来ていないらしく、あのアリスがしょぼくれていた。
「…………」
つづけて目を通す。
どうやら、隣国ケイオスとの間で会談の場が設けられるそうだ。
城は第五皇子暗殺の件にケイオス王国が関わっているとみて、法務大臣ラドラムの発案により手紙を送ったと記載がある。
……どうせやらせだろ。
あの騒動の後、密かにローゼンタール邸に帰るもあの男の姿はなかった。
代わりに、帝都中の貴族の家を回っていたという父上がすぐに戻った。例の飛竜の騒動の際に駆け付けたそうだが、その頃にはすでに二頭とも狩られていた、と驚いていた。
さて、ここで話を戻そう。
第五皇子暗殺の件はラドラムが裏で何かをした、というのが常道と思われる。まぁ、仮に帝都に戻ったところで死罪だったろうし、結果に変わりはないはずだが。
フォリナーの屋敷に来た際に探りを入れたが、教えてくれる様子は皆無だった。惚けられたのだ。
「まぁ……どっちもでいいか」
明言しないことに意義があると思っている男なのだ。
尋ねたところで明言せずとも、性格を思えば今更だった。
『グレンくーん! 入ってもいいですかー!』
朝から元気のいい声を聞いた俺が「いいよ」と簡素に答える。
「おっはよーございますっ!」
「あれ、その制服は……」
「ふっふーん……どうですどうです! まだ移行期間なんですが、こっちの方が可愛いので衣替えしちゃいましたっ!」
今日も今日とて学園があるはずのアリスの制服がいつもと違う。
分かりやすく言うと、夏仕様だ。
これまで違いジャケットを脱いで、白いブラウスに胸元のリボンがよく映える。
その上にノースリーブのセーターを羽織っているが、身体の凹凸がジャケットを着ているときに比べて目立つ。
けど、不思議とアリスが着ていると清楚に見えた。
「どのぐらい似合ってますか?」
「似合ってないっていう選択肢はないんだ」
「もー……そこは言わないお約束で――――あ、あれれ? もしかして本当に似合ってません……?」
「冗談だって。そんな落ち込まな」「ふふーんだ! 分かってましたけどねーっ! グレン君ってば、最初からちゃーんと見てくれてましたもんっ! このアリスちゃんには直ぐに分かりましたよーだっ!」「うわ……うざっ……」
今日は妙に朝からうざいし、テンションが高い。
久しぶりに面と向かってうざいといってしまったじゃないか。
それとアリス、唇を立てて不満そうにするんじゃない。
俺は考えを看破されたことへの八つ当たりじゃないぞ……と、誰に言い訳するでもなく心の内で呟いた。
「何かあったの?」
「ほぇ、と言いますと?」
「朝からうざ――――元気過ぎると思ってさ」
「おやおやぁ? 無視できない単語が聞こえた気がしますが……しかたありませんね、今日だけは許してあげちゃいます。実際、すごくご機嫌がよいので」
すると、アリスは密かに手にしていた封筒を指で挟んで見せつける。
「なんとなんと! ミスティからお手紙を貰っちゃいました!」
「そりゃよかった。で、何が書いてあったの?」
「明日から学園に復帰するそうなんです! もう私ったらすっごいワクワクしちゃって、八時間しか寝られなかったんですよ!」
「一応聞いとくけど、昨晩のうちに届いてたってこと?」
「いえ、今朝ですけど」
「……どっちにしろ熟睡してるじゃん」
もう昨日の夜は関係ないし、いつも通り熟睡してただけじゃないか。
指摘したらしたでうざそうだし、触れないのが最善だと俺は学んでいる。
「細かいことは気にしないで、グレン君も見てくださいってばっ!」
ソファの背から腕を回したアリスから見せられた手紙。
背中に押し付けられた温かくて柔らかい感触も、俺の顔のすぐ傍に来たアリスの顔も、俺たちが文字通り密着していることの証明だった。
アリスも朝に湯を浴びているのか、仄かに残った湿り気と髪から漂う花の香りを漂わせることで嫣然として、無邪気に甘える姿にアンバランスな魅力を孕んでいた。
「俺が見ていいものじゃないと思うよ」
「あれ、もしかして照れてます?」
「何でそうなったのか理解に苦しむんだけど」
「あー! 照れてるんだぁ……! にゅふふー……何となーく誇らしい気分になりますね、コレ」
もう何も言うまい。
言ったら負け、反応したら負け。
黙って手紙を奪い取る。
「ほんとだ。明日から来るみたいだ」
無視されたことでアリスは不満そうだったけど、勝ち誇られるのも気に入らないんだ。
「アリス、もういいよ」
「…………」
「あの、アリス?」
「一緒に学園まで来てくれたら許しちゃいます」
「ここ最近ずっと一緒に行ってるじゃん。ああいや、一緒に行ってるってか、学園まで見送りってだけだけど」
「むぅ! 別に言い直さなくていいじゃないですかぁっ!」
「それも、俺に仕事があるからだけど。今日もその予定だしね」
俺はアリスの腕を払って立ち上がり、力なくへたり込み唇を尖らせたアリスを見下ろす。
それはもう不満そうな顔を見て思わず苦笑した。
「偶には歩いていこうか」
「――――え?」
そう言って、アリスに手を差し伸べた。
「いや、いつか歩いて行きたいですーって言ってたじゃん」
「ほ、ほんとです!? 屋敷を出てからやっぱ嘘! って言われたら私、二週間ぐらい学園を休む勢いでへこみますからねっ!」
「こんな嘘をついてどうするのさ……。あと、それぐらいで二週間も休むな」
立ち上がったアリスは声を弾ませている。
俺の苦言をものともせず、ここ数か月で一番機嫌が良さそうに見えた。
「着替えてから行くよ。食堂で集合ってことで」
「はいっ! りょーかいですっ!」
俺は軽快な足取りで去って行く嵐の後姿を見送って、窓の外に広がる青空を見た。
「よし」
今日も頑張ろう。
いい天気の下で歩いて学園に行くのも悪くないさ。父上の許可もとってあるし、散歩がてら向かえばいい。
ぐっと背筋を伸ばして息を吐いた俺は、軽く頬を叩いて気持ちを入れ替えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「申し訳ありません……学園長はもう既に……」
学園に着いて部屋を借り、仕事をしていた俺の元を訪ねた教員が申し訳なさそうに言った。
大丈夫。
ここ最近、この学園に足を運びっぱなしで事情は以前よりも理解している。
「近くの山に珍しい魔物が出たと聞いています。もしかしてそちらへ?」
「仰る通りでして……日が昇る前に嬉々として逃げ出してしまったのです……」
「気にしないでください。一応仕事は出来てますし……いまだに学園長殿とお会いできてないのは不思議ですが、俺は平気ですよ」
いつになったら会えるのか不思議でたまらないが、俺は半ば諦めかけていた。
「学園長には強く言い聞かせておきます。――――グレン殿が領主様に代わり、当学園への資材搬入などの些末事をすべてになってくださっているというのに、これでは本当に無礼で……言葉もなく……」
「ははっ……もう一度言いますが、平気ですよ」
父上の手伝いなんだから、あまり気にしてはいない。
学園長がどういう人なのかは気になるが、それぐらいだ。
いつか話してみたいものだが、いつになるだろう。
「――――っと。俺が確認する仕事は終わったので、今日はこの辺で」
「いつもありがとうございます。おや、もうお昼前ですね。いかがでしょう、偶にはこちらでお食事をしてからお帰りになられては?」
「あー……ですね。偶にはいいかもしれません」
この時間ならまだ学生も少ないし、圧倒的アウェー感の中で食事をすることもない。
折角だし、お言葉に甘えることにした。
「何かあったら屋敷に使いを送ってください。俺がすぐに来ますから」
「毎度のことながら恐れ入ります。では、また明日もどうぞよろしくお願い致します」
腰の低い教員とあいさつを交わし、部屋を出た俺は慣れた足取りで学園内を進む。
相も変わらずいやらしさのない豪奢さの漂うここを進み、食堂を目指した。
考えの通りで、周囲には学生が一人も歩いていない。まだ授業中なのだから当然だが、今のうちにぱぱっと昼食をいただいて帰りたいところ。
(何にしよう)
メニューにはずれがなさすぎるせいで迷ってしまう。
がっつり? それとも軽めに?
腹の減り具合はどちらかというと後者を求めているようで、食堂から漂う香りが近づくにつれ、俺の心は決まっていく。
そうだ、パンにしよう。
ハムやチーズが挟まったパンを軽く。
爽やかなドレッシングが用いられたそれにかぶりつきたい衝動に駆られた。
「よし」
それは食堂の前で確定し、俺の足はそのコーナーへ向かった。
まだ早いのに、既に立っていた職員に好みを告げ、紙袋に用意してもらう。
別にここで食べてもいいのだが、持ち運べるのだから外で食べよう。そう思った俺は、持ち運べるように頼んだのだ。
「他に気になるものはございますか?」
職員の言葉で俺はコーナーを見渡すが、もう十分な気がしていた。
……けど。
「…………すみません、アレを二つお願いしてもいいですか?」
対応していた職員は面食らっていたものの、すぐに応じて紙袋に詰めていく。
やがて、俺は紙袋を受け取ってから。
「ありがとうございます」
と礼をして、後者を出て行ったのである。
◇ ◇ ◇ ◇
俺の足は自然と、例の庭園へ向かっていた。
実は数日前にも足を運んでいる。もしかしたら居るかもしれない、とか思っての行動だったが、当たり前のように彼女はいなかった。
(まぁ、それが当然なんだけど)
ミスティアと再会を果たしたあの場所に到着して、俺は置かれたベンチに腰を下ろした。
欠伸をして紙袋を開け、学園自慢のパンに手を伸ばす。
口に運べばシャキシャキと新鮮な葉物野菜の触感と、爽やかなドレッシングの香りが備考を駆け巡っていく。
一つ、二つと咀嚼していき、やがて例のパンを二つだけ残すまで食べ進んだ。
…………もういいか。
重いが、デザートとして頂いてきたのだが、もう腹が一杯だ。
ついでにちょっと眠い。
食前の欠伸は気が緩んだことでの欠伸だったが、ここに来て脳が昼寝を欲してか欠伸を放ちアピールをしてきたのだ。
まぁ、少しぐらい構わないだろう。
不躾にもベンチの上で横になった俺はジャケットを丸め、枕にした。
木漏れ日が丁度良くて、涼しげな風が心地良い。
もう一度欠伸を漏らしてから、重い瞼がゆっくりと下りていく。
自分が思うより、最近は疲れがたまっていたようだ。
木々のさざめきを耳にしながら、俺はすぐに意識を手放したのである。
――――。
俺がくすぐったさに気が付いたのは、それからしばらく経ってからのことだと思う。
身体をよじり、そのくすぐったさから逃れようと試みる。けど、今度は不思議な感触と香りに気が付いた。
何故だ。
俺は丸めたジャケットを枕にしていたはず。
なのにどうして、温かい何かを枕にしている?
ついでに、アリスとは違う花の香りは一体?
でも、気にせずに寝入っていた。
――――すると、俺の髪をそっとかき分けた感触。
「ん……?」
遂に目を開ける決心をした。
これまで迷っていたのを寝ぼけていたということにして、身体を仰向けにして目を開けたのだ。
すると、俺はそこに居た彼女と目が合った。
「ここ、私の特等席だったのに」
鈴を転がしたような、というよくある表現しか思いつかなかった。
だがしかし、彼女の声はそれぐらい美しかった。
「よく眠れた?」
「え……ええ。おかげさまでよく眠れたようです」
俺の声を聞いた彼女は「むっ」と眉を一瞬だけひそませた。
「明日から学園に来ると聞いていました」
「今日は用事があったから寄っただけなの。久しぶりにここへって思ったら、グレンが居たから驚いちゃった」
「俺は……まぁ、仕事終わりに食事でもと思っただけです」
彼女が俺をはじめて名で呼んだことは気にせずに、寝ころんだままに口にした。
「ところで、俺はどうしてここに?」
「あら、自分で食事をするためにって言ったじゃない」
「そうじゃないです。この……俺の頭が乗せられてる場所です」
「――――嫌、だった?」
俺の言葉を聞き。
不安そうにした彼女へと。
「まったく。どちらかというと、不敬罪にならないか心配なだけですよ」
「ふふっ……変なの。そんなの今更じゃない」
「なるほど……そう言うもんですか」
強引に立ち上がるのもアレかと思い、俺はこのまま。
彼女の膝の上に寝かされたまま、穏やかな微笑みを浮かべた彼女を見上げていた。
木漏れ日がその顔を照らすたびに思わせられる。
なんて、綺麗な人なんだろう、と。
アリスとここにいる彼女はまた違った美玉だ。
比べることではないし、どちらが秀でているという話でもない。
二人とも稀有で、傾城の美を湛えている。
それなのに、今の彼女は状況も相まって神秘的で、絵画に描かれた聖女のよう。
見惚れたというと語弊がある。
でも、見上げる俺を、彼女は慈愛に満ちた瞳で見返していた。
「もう一つ聞いてもいいですか?」
「ええ、何かしら」
「不敬罪なのが今更ってことの意味を教えてください」
「変なの。だって、あんなことがあった後じゃない」
「…………と、言われますと?」
俺の頬を彼女の髪が撫でていく。
くすぐったく身をよじれば、彼女は楽しそうに笑った。
「暗殺者さん。もう、この前みたいに話してくれないの?」
ああ、だから今更だったのだ。
俺は驚く――――ことは決してない。
多少は予想できていたから。
「どうして分かったんです?」
「だって、いつもと同じ香りがしたもの。何処か落ち着く香りと、この甘いパンの香りがまだ残っていたの」
「ええ……そんな無茶苦茶な……」
「ふふっ、本当よ。だからすぐに分かったわ」
関係を思えば、否定しておくべきだったかもしれない。
それを考えつかなかった理由はよく分からないが、彼女なら、ミスティアなら大丈夫という無責任な言葉が頭に浮かんでいた。
「それと、私、言質は取ったって言ったと思うわ」
「本気ですか? ミスティア様ともあろうお方が――――」
「約束、守ってくれないの?」
これまで見せたことのない年相応に可憐で、心なしか悪戯心を宿した笑み。
俺をからかうように、楽しそうに口にしていた。
「後から不敬罪って言われたら、どうしたもんかと思ってる」
「もう! そんなに狭量じゃないわよ!」
「冗談だよ。張り切って大技を放つような姫様だし、そんな小物みたいなことはしないってのは知ってる」
「も……もうっ! あれは私も大変だったから仕方ないのっ!」
つい数日前からは考えられない。
まさか俺が、第三皇女とこれほど砕けたやり取りを交わすことになるなんて。
けど、不思議と違和感はなかった。
「その甘いやつ、一つ分けてあげるから許してくれない?」
「…………もう一つの約束も守ってくれたらね」
そのぐらいでよければ、何度でも。
はじめて見せられた幼げで、むすっとした態度を前にして。
俺はもう一度口を開いて言う。
「ああ――――ミスティ」
彼女と目線を交わしながら口にした。
すると、ミスティはすぐに呼ばれたことに呆気に取られていたが、間を置くことなく白磁の肌の指先を伸ばして。
「――――ふふっ。よくできました」
俺の頬に掛かった髪を避け、嬉しそうに言ったのだった。
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