いざ、帝城へ。
今日はいつもの倍ぐらいの文字数なので、ゆっくりできるときに楽しんでいただけますと幸いですー!
それにしても、用意周到なものである。
いつか計画されていたのかが気になって堪らない。
……少なくとも、俺がこの町に引っ越す前。コールバードが用意される話が進み、学園に運ぶ流れが組まれるより前に遡るはずだ。
俺はこの後の流れを考える。
とりあえず、ラドラムの下に行かなくてはならない。
あの男との取引があるのだから、ということだ。
「グレン君、ただいま戻りました」
そう言って客間に足を運んだのはアリスである。
「あれ、お風呂にでも入って来たの?」
「たはは……急いで帝都に帰ってきましたし、汗掻いちゃってたんですよ。グレン君に気が付かれないようにって思うので大変でした」
「悪いと思ってるよ。でも俺とアリスは帝都にいることになってたし、そのままあっちの屋敷にいるのもね」
あの後、俺とアリスはローゼンタール公爵邸にとんぼ帰りしていた。
すべては俺たちが帝都に居る、ということの整合性を取るためだ。
「と、ゆーわけで……これからどうするんです?」
ソファに座る俺の下にやってきたアリスは遠慮なく隣に腰を下ろしてそう言った。
湯上りの彼女からは甘い花の香りが漂ってきて、湿り気を孕んだ熱が蠱惑的。
俺は若干、珍しく照れくささを感じて数センチほど距離を取った。
「……に、匂いました?」
「いや、花の香りしかしないけど」
「ならどうして離れるんですっ!? アリスちゃんの何が気に入らないんですかっ!」
「気に入らないとじゃなくて、俺にも色々あるんだよ」
言葉を濁して、先ほどの問いに答える。
「この後、ラドラム様と話をする約束をしてある。それ次第で、俺とアリスがどう動くかは変わってくるかな」
「はえ……お兄様とですか?」
「父上がバルバトスに嵌められたときと同じなんだ。あの人はなぜか俺が仕事ができるって思っていて、今回も取引を持ち掛けられてたわけだよ」
「あ、昨日の夜にチラッと聞いた気がします。でも……なんででしょうね。あのお兄様がグレン君をそんなに気に入ってるのって、ほんとに良く分かりません」
「俺も分かってないかな。ただ今はとりあえず、あの人の力が頼もしいってことだ」
俺はそう言って立ち上がると、眉根を寄せて腕を組んだアリスを見て笑う。
彼女は少し経つと、瞼を掻いて目をトロンとさせてしまう。
「寝てていいよ」
「このお部屋でですか?」
「……自分の部屋があるじゃん」
「にゅふふ……広義的に言えば、ここも私のお部屋ですけどね」
なるほど、一理ある。
「じゃあ、この部屋で待っててもいいよ」
「ふぇっ!? いいんですか!?」
「今の話は間違ってないし、俺が強く言う権利もないしね」
妙に驚いたアリスをそのまま放置して、俺は客間を出て廊下を見た。
すぐ傍の壁の前に、爺やさんが控えている。
俺が出てくる時間を分かっていたのだろうか?
「アリスがこの部屋で寝るって言ってるんですが、どうすればいいでしょうか?」
「お嬢様がそのように仰ったのでしたら、後はグレン様にお任せ致します」
「……公爵令嬢ですよ?」
「存じ上げておりますよ。しかしながら、旦那様も仰っていたように、アリス様は今、グレン様の下で奉公している身ですので」
だとしても、と思わないでもないが。
これ以上ツッコむと、逆に面倒な気がしたので俺は口を閉じる。
すると「どうぞ」と言われ、俺は爺やさんの後を歩いた。
向かう先はローゼンタール公爵こと、ラドラムの執務室だ。
「ところで、彼はどうしてますか?」
「アシュレイ家のご令息のことでございましたら、まだお休みなさっておいでです。お身体だけでなく、心も摩耗していたのでしょう。うなされていたと給仕より聞いております」
やはり、何かあったのだ。
「我々はアシュレイ家へと連絡を試みましたが、あちらのご当主様も奥方様もご不在でして、かといって見張りに伝えようにも、思うところがあったため、私の判断で何も伝えておりません」
「思うところがあった、ですか」
「……恐らく、見張りたちはクライト様が姿を晦ました事実を知っておいでなのです」
知りながらも尋ねることはなかった。
俺はそれを聞き、悟る。
(アシュレイ家の中でも何かあったんだ)
そして、クライトは屋敷を逃げ出したのかもしれない。
クライトを襲っていた者たちの素性は分からないが、明らかに手練れしかいなかった。これはきっと、彼が何か権力者に狙われていたと考えてもおかしくない。
(第五皇子は、何らかの理由があってクライトを切り捨てた)
俺は昨晩、切り捨てるには勿体ないと考えていた。
だが、それに値する理由があったのだろう、と今ではこう考えられる。
『――――分からんな、お主ほどの男でも聞いておらんだと?』
ラドラムの執務室の前で立ち止ると、中から父上の声が聞こえた。
俺は不思議に思い、爺やさんを見るも爺やさんも呆気に取られていた。
「と、とりあえず入ってもいいでしょうか?」
「ええ……その方がよさそうです」
俺は一度ノックをして、中からラドラムの返事が聞こえたところで扉を開けた。
「おお、グレン。本当に帝都まで来ているとはな。婆やから聞いていたが驚いたぞ」
「父上はどうしてここに?」
「私はこの男に聞くことがあってな。というか、だ。グレンもグレンで、まさかこの屋敷に泊まることに決めたとは」
「アルバート殿! 僕とグレン君は仲が良いと何度もいったじゃありませんか!」
「知らん。お主の言葉はどうにも胡散臭いのだ」
「こりゃひどい……私の父とはあれほど仲がよろしかったのに……」
「先代のローゼンタール公爵は妙に馬が合っただけだ。して、先ほどの話は……まぁ、グレンが居ても構わんな?」
「勿論です。アルバートがよろしければ、是非グレン君にも同席を願いたく」
父上に「こっちにこい」と言われ、二人が座るソファに近づいた。
手前のテーブルには、父上が持ってきたと思われる紙の束が置かれている。
俺はおもむろに目を向けると、気になる文言を見つけてしまう。
「欠席決議……?」
「ああ、そうなのだ。欠席決議と言うのは、呼び出された者が欠席を宣言したさいに行われる。その場合、すでに用意された情報と、参加した貴族により正義を問うものなのだ」
「これまでもあったんだけど、欠席決議を決めた人は、自分が勝てるって確信してる場合だけなんだ」
「あ、ありえません…ッ! 現状、ミスティア様は勝てる要素がないのに……ッ!」
「私もそう思う。――――だから私は、この男の下に足を運んだわけだ」
父上はそう言うと、腰に携えた剣に手を当てた。
「今の私には権限がなく、単身で城に向かうことは良しとされておらん。つまり、第三皇女殿下の部屋を訪ねるなど以ての他なのだ」
「で、アルバート殿は僕に助力を請うたわけだよ。ですが、アルバート殿。僕もさっき言ったように、第三皇女殿下が欠席決議を決めたのは初耳なんです。欠席するというものは、書面で出していると思われますが……」
「お主でも、口を利くわけにいかぬのか?」
「難しい、としか。だって、皇帝陛下付きの暗部の人たちもいるらしいじゃないですか。私が言ったところで門前払いになるだけかなと」
「であれば筆跡鑑定だ。法務大臣の言葉があれば、それを理由に帝都議会の開場を遅らせられるはず」
俺が知らない仕組みを二人が語るも、一向に二人の表情は明るくならない。
むしろ、眉間に刻む皺が深くなるばかりである。
「先に第三皇女殿下の判決が言い渡されますから、現実的じゃない、というのが僕の印象です」
「後から筆跡が偽物であったとなればどうだ。この裁判こそ無効とは――――いや、難しいか」
解放された後に申し立てたところで、その頃のミスティアは国家反逆罪の烙印を押されており、今ほどの強権は残されていないだろう。
そもそも、その頃になって彼女の言葉を聞き入れる人物の数はそう多くないはずだ。
今まで何度も考えたことだが、第五皇子の立ち回りが見事の一言に尽きる。
手回しに加え、シエスタにもたらす影響をもってすれば、強引であろうとも、彼を推す貴族は確実に増える一方であろうから。
――――しかし。
――――それでも、俺にはまだ手段が残されている。
「私は別の知り合いにも当たってみる。何か知らないことはないか聞いてくるとしよう。何とかして、議会を遅らせねばならん。――――このまま第三皇女殿下が有罪と言うのは、あまりいい気がしないからな」
父上が足早に立ち去って行くのを見送ってから、俺は昨夜、ラドラムと話した件を思い出す。
「とある皇族について、国家反逆罪の疑いがあります」
俺がそう言うと、面前のラドラムが目を見開いた。
ついでに楽しそうに微笑んで、足組をしてソファの上で両手を広げ、大げさに手を叩いて俺の成果を称えていた。
「素晴らしいよグレン君」
「ですが、一つ聞きたいことが」
「ははっ! 何かな何かな?」
「貴方は何を隠しているのですか。俺が手にした証拠を伝える前に教えてください」
「……隠してる、とは穏やかじゃないね」
圧倒的なまでのポーカーフェイス。
腹芸の神がいるならばはラドラムはその祝福を得ているはずだ。
「俺が知るラドラム様なら、こんなことは言われるまでもなく気が付いていたはずなんです。第五皇子が海上で何をしていたのか……あの日、学園が飛竜に襲われたことだって、その原因に貴方ならすぐに気が付いていたはずだッ!」
俺は一歩も退くことなくそう告げて、彼と目線を交錯させた。
「――――グレン君が何を言ってるのか、僕には良く分からないな」
「ラドラム様ッ!」
「けどね、僕にだって分からないことはあるんだよ。グレン君が僕を評価してくれてることはすごく嬉しい。あの腐った帝城にいる人たちに称えられのとは比較にならない、心の底からの喜びだ」
珍しく明確な苛立ちを込め、感情的に言ったラドラム。
「そんなことより、これからどうしようっか?」
もう、何も答えることはないだろう。
問答をつづけたところで、この男は絶対に何も言わない。
去年のように、父上を助けたときのように。
◇ ◇ ◇ ◇
グレンがラドラムと話をしてから少し経った昼下がり。帝城の上層階に位置する謁見の間。
そこから出てきた、一人の魔法使いが居た。
全身を覆う純白のローブは金糸が縫い込まれた豪奢なもので、手にした大きな杖は大国シエスタと言えど、他に類を見ない逸品である。
身長は高め、体格は細めであったが、そのローブに覆われた身体は引き締まった筋肉に覆われている。
――――彼の名を、クリストフと言った。
彼は腰まで届く銀髪を靡かせ、ある一室を目指して足を運ぶ。
「魔法師団長殿、ご機嫌麗しゅう」
「はい。皆様もご苦労様です」
丁寧な口調で騎士を労うが、彼の内心はあまり穏やかではない。
「……アルバート殿。貴方が城を去ったから、若き皇族を止める者が居ないのですよ」
彼は小さく呟き、昨年の騒動を思い返した。
自分が知るアルバートなら、あの時のような嵌められ方はしない。人によっては、アルバートを武一辺倒と嘲笑することもあったが、クリストフは違った。
十数年前、大陸中に名を馳せたガルディアを滅ぼした際、この二人は共に肩を並べてた戦った盟友同士であるからだ。
「きっと、貴方は私が止めるべきだというでしょうね」
だが、そのつもりはない。
皇族同士の争いに対しては、大きく分けて二つの考えがある。
まず一つは、そういうものであると割り切ること。
あと一つは、家族同士で争うべきではないと止めること。
クリストフは前者を好んでいる。何故なら、優秀な皇族が残ることに期待していたからだ。
だから彼は、今回のような騒動に対して口を出すつもりは微塵もない。
「さて」
彼はミスティアの部屋の前で足を止め、敬語に当たっていた騎士たちに声を掛ける。
「第三皇女殿下のご様子はいかがですか?」
「お静かなものです。給仕が食事を運んでも、手を付けていないほどであると」
「……困りますね。体調を崩されてはいけませんし……」
「では、いかがなさいましょう」
「すべては明日までの辛抱です。お待ちいただくほかありません」
「…………しかし」
しかし、見張りの騎士はもの言いたげであった。
クリストフには分かる。
城の中……それも、皇族の部屋の警備をする騎士であれば、おおよそ、事態の予想は付くからだ。
特にミスティアは下々の物への対応もよく、親身である。
故に人気があることも関係し、騎士は不満を抱いていたのだ。
――――すると、そこへ。
「おや、これは珍しい! 魔法師団長殿じゃありませんか!」
ラドラム・ローゼンタール。
彼が唐突に現れて、陽気に声を掛けてきた。
「これは法務大臣殿。どうしてこちらに?」
「第三皇女殿下にお尋ねしたいことがあるので、法務大臣権限で少しお時間をいただこうかと」
朝にはグレンとアルバートにあまり協力的な言葉を返さなかったのに、今はこうして動いている。
しかし、訳がある。
彼なりに興味があったからで、とある理由があったからだ。
「今はその権利を行使することは出来ません。皇帝陛下のお言葉もあり、現在は第三皇女殿下と何人たりとも会うことができないのです」
「…………」
「法務大臣殿であれば、ご理解いただけると思いますが」
「はぁ…………ま、分かり切ってました」
ラドラムは食い下がることなく踵を返した。
「アルバート殿が城を離れた理由ってのが込められた、何とも微笑ましい理由ですね」
皮肉たっぷりに言い放ち、嘲った。
「――――法務大臣殿、それはどういう意味でしょうか」
「おや、魔法師団長殿はアルバート殿が城を去った理由をご存じでない?」
「その言い方では、法務大臣殿はご存じのように聞こえますが」
「ええ、私は知っておりますとも。……おっと、これは秘密なので、どうか忘れてくださいませ」
何をしに来たんだ、この男はここに何の用事があって……。
眉をひそめたクリストフと対照的に、ラドラムは依然として飄々と。
でも、その声には確かな棘が内包されていた。
「ところで」
ふと、踵を返したラドラムが立ち止る。
「小耳に挟んだのですが、暗部が動かれたそうですね。何かありましたか?」
「大したことでは――――」「本当ですか? 夜の帝都にわざわざ繰り出したと聞いたのですが」「……それをどこで?」
しかし、このラドラムと言う男は答えない。
彼は笑うだけである。
「事なかれ主義と言うのも疲れましょう? 魔法師団長殿」
そう言い残し、返事も待たずこの場を後にしてしまう。
ところで、クリストフはラドラムが苦手だった。
彼を得意とする人物は皆無かもしれないが、クリストフの場合は、心の底から相性が合わない理解していたから。
加えて、自分に対してあれほど強く出る人物も彼ぐらいなものだった。
「……そういえば、アルバート殿も法務大臣殿のことが苦手だったな」
クリストフは盟友との過去を愛でながら、去り行くラドラムの背を眺めていた。
◇ ◇ ◇ ◇
事態が急変したのは、この日の夜のことだった。
異例も異例。常識ではあり得ないはずだったのに、帝都議会がこの時間から開かれることになったという連絡が……いや、つい先ほど開かれたという情報が帝都中に響き渡ったのである。
「――――ラドラム殿! 一体どうなっておるのだ!?」
慌ててローゼンタール公爵邸に戻った父上は俺も足を運んでいた執務室に来て、詰め寄るようにして尋ねたのだ。
「やられました。まさか、これほど用意周到だったなんて」
「どういうことなのだ!? お主も知らなかったことだというのか!?」
「正直、僕がどんな人物と思われてるのかは分かります。ですが、僕にだって分からないことはあるんです」
すると、ラドラムはすぐ傍にいる俺を見た。
「この際だからお教えしますが、僕は以前からグレン君に頼んで調査をしてもらってました」
「む……初耳だぞ?」
「秘密裏に動いてもらいたかったので、お許しを。で、頼んでいたのは第五皇子の国家反逆罪に関する調査なんですが――――」
「やはりか。お主もそれを考えておったのだな」
入ってしまえば今さらだが、父上からすれば俺がラドラムに協力していたのは初耳だ。
この事に思うところはあったようだが、父上はため息をついてソファに座る。
「グレン。お前には落ち着いてから聞かねばならんことがありそうだな」
「……分かってます」
「ちなみに、グレン君のおかげで僕は明日、帝都議会が開場されてすぐにこのことを議題として取り上げるつもりでした。多少強引ですが、これ以外に手段はなかったので」
だが、それは叶わない。
ここにラドラムが居て、議会はもう開かれている。
「アリスが第三皇女殿下と仲が良いので、それで僕が邪魔になると思ったんでしょうね。僕のところに連絡は一つも届いてません。はっきり言って異常すぎるんで、キナ臭いどころじゃないわけですよ」
「では、何とする。日を改めて第三皇女殿下の潔白を証明し、逆に第五皇子殿下の罪を告白するのか?」
それを聞いて、ラドラムは首を横に振った。
「恐らく、議題に上げる場が開かれることはないでしょう。これほど見事な妨害ができるのですから、私がそれをできないように手をまわしているはずです。……開ける頃には、すべてが手遅れになっているってとこでしょう」
見事な筋書きであると彼も素直に感嘆していた。
こうなってしまうと後がない。
俺は何かないか、他に手段は……と考えていたが……。
(残された手段は一つしかない)
帝城に忍び込んで、ミスティアを救出するしか道はない気がしていた。
ただ、これには問題がある。
俺が無理に動き、仮に作戦が失敗に終わった場合である。
(父上も罰せられることになるはずだ)
安易に動き、父上の命も晒すことは出来ない。
これは不義理の極みであるからだ。
「こうしちゃいられん。私は今から議事堂に向かう」
と、父上が忙しなく言った。
「父上ッ!」
「グレンは大人しくしておるのだぞ! いいなッ!」
「待ってください! 俺も一緒に――――」
父上の足は止まることなく外に向かい、乱暴に扉を開けて出て行ってしまった。
甲冑が揺れ動く音が響き渡り、それは父上が遠ざかるとともに聞こえなくなっていく。
「…………どうしたらいいんだ」
俺は思わず口に出して呟いてしまう。
それを、ラドラムは決して聞き逃さない。
「分かっているはずだよ。残された手段は一つだけだ」
「…………俺だってそれは分かります」
「僕にはグレン君が迷っている理由も分かる。どうだい、第三皇女殿下を助けたくはあるのかい?」
「当たり前です。俺一人の責任で済むのなら何も怖いことはない」
言い淀むことなく言い放った俺を見て、ラドラムは呆気に取られてから大笑い。
「ハーッハッハッハッハッハッ! さっすがグレン君! 少しも迷わないで言うなんて驚いたな。そんなに彼女のことを助けたいのかい?」
「何度でもいいますが、俺はミスティア様を助けたいと思ってます」
「――――だったら、良いことを教えてあげようか」
告げられるは、悪魔の言葉。
告げる悪魔は端正な顔立ちに天使のような笑みを浮かべながら、その言葉と言い方は悪魔的で、この場を狙いすましたとしか思えぬ言葉である。
「アルバート殿は何があっても処刑されることはない。陛下がそれをお許しにならないからね」
俺はその言葉に耳を疑った。
「どういうことですか。昨年、父上が捕まった時は処刑の直前までいきそうだったのに」
「いいや、当時だって最後には陛下の言葉があったはずだよ。ま、そうなったらアルバート殿は死ぬまで城に軟禁されることになっていたろうけどね」
今になって教えるのが性格の悪さの証明である。
ただ、昨年も俺が動かなければ、父上の自由は死ぬまで奪われていたわけだから、無意味ではなかったのだろうが……。
「…………意味がわからない。皇帝陛下はどうして、父上の命だけを助けるのですか?」
「決まってる。それはアルバート殿が強いからさ」
強いから、戦力であるからと言いたいのだろうが、以前として疑問だ。
「これを知る人は数人しか存在しない。陛下とアルバート殿の間にある密約を知る人物はそう居ないんだよ」
「どうしてラドラム殿が知っているんですか」
「うーん、どうしてだと思う? 予想してごらんよ」
聞いても意味がない。この男は答えない。
分かっていたのに、父上のこととあって心が揺らいだ。
でも、今はミスティアが優先だ。
「嘘ではありませんね?」
「ああ、これは本当のことだよ。だからそうだね……仮にアルバート殿のご子息が城に忍び込んで暴れたとしても、アルバート殿の安否は問題ない。見つかってしまったら、ご子息は処刑されると思うけどね」
平然と言い放つところがこの男らしいが、逆に信じるに値した。
「万が一そうなったとしても、僕が口添えしてもいいかなって思ってる。アルバート殿の身柄はこのローゼンタール家で預かることにして、ある程度の自由を約束できると思うよ」
何ということだろう、至れり尽くせりじゃないか。
「ラドラム様。俺はもう眠いので休もうと思います。アリスも疲れてまだ起きて来ませんしね」
「そいつはいい! グレン君の身体のためにも、しっかり休んでおくといいよ!」
茶番を交わした後の俺は、用意された客間に戻って身支度を整えた。
今も尚、ベッドを占領したままのアリスの傍に行き、彼女の頬に掛かった髪を避ける。
彼女にも多くの無理をさせたと反省して、俺は窓ガラスに手を掛けたのであった。
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