予感と。
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あの後、アリスが一緒に昼食をと言いだした。
目立つ二人とともに歩く男は誰だ、という分かりやすい視線に囲まれる中、それなりに居心地の悪さを感じながらも足を進めた先は、学園の屋上だ。
屋上には庭園が整備されており、驚かされてしまう。
だが、俺たちの他に人の姿はなかった。
「他の生徒さんたちは?」
「来れませんよ、ここを開けられる生徒は私だけですもん」
「まったく説明になってないけど」
「……この子はこの庭園の管理を任されているの。だから自由に行き来出来て、他の生徒が足を運べないだけよ」
「アリス、次からはミスティア様みたいにちゃんと教えてくれ」
不満そうに唇を尖らせたアリスだが、彼女はとりあえずと言ってベンチを指さした。
色とりどりの草花に囲まれたその席へと、俺は並んで座った二人の対面に腰を下ろす。
「ほんとに名前で呼んでるんですね!?」
「ア、アリス! 別に大した意味はないから……!」
慌てて口を挟んだミスティア。
彼女は気にし過ぎと言えるほど入念にスカートを確認しているように見えた。
もじもじして、忙しなかったのだ。
俺が覗き込んでしまいそうになったことが尾を引いているようだが、あれは事故だ。ひと先ず彼女の所作に気が付かないふりをして、明後日の方向を向いて茶を濁してみる。
「えー……ほんとです? あのミスティが名前で呼ぶことを許したなんて、前にありましたっけ」
「――――こほん、先にご飯をいただきましょう」
「あ、誤魔化した。ほんと分かりやすいんですから―」
残念なことにアリスは口が良く回るとあって、それをよく知るミスティアは素直に答えないことを決めたようだ。
似たようなやり取りは今までもあったのだろう。
アリスは分かっていた様子で、仕方ありませんねと言って諦めた。
「忘れてた、俺はまだ食べ物買ってないんだった」
「お気になさらず、私のを分けてあげます!」
幸いなことにアリスが持っていたのは、サンドイッチが多く入ったバスケットだ。
下からミスティアと二人で食べる予定だったからか、十分な量がある。
「ミスティア様の分じゃないの?」
「いいえ、気にしないで。私はコレがあるから平気よ」
「…………ソレですか」
例によって、甘すぎるあのパンだ。
道理で甘い香りが漂っていたものだと、俺はここで納得する。
「貴方も一つ食べる?」
さて、ここで断るのはいかがなものだろうか。
アリスが指摘したように、俺とミスティアの仲は近づいたように思える。と言っても親友についた悪い虫から、少しは信用できる仲間と言った感じだろうが。
何はともあれ、その段階で申し出を断ることは悪い気がしてならないわけだ。
ミスティアの隣に座ったアリスはどうも、俺とミスティアの間で視線を右往左往させていた。
「え…………え!?」
どうせミスティアの態度に驚いたのだろうと思ったのだが。
「グレン君!? そのパンを食べられるんですか!?」
そっちか。
「大丈夫だけど、なんでさ」
「ものすっっっっごい甘いんですよ!? 分かりますか!? たとえるならば、私とグレ君が再会――――」「余計なこと言わないでくれる?」「……それはもう甘いパンですよ?」
「知ってるよ、それはもう良く知ってる」
確かに甘いにもほどがあるが、忌避感を抱くほどでは――――きっとない。
俺は答えたあとでミスティアの顔を見た。
「いただいてもいいですか?」
「ふふっ、貴方も気に入ったのね」
「……かもしれないですね、もしかしたら、そんな感じも無きにしも非ずという感じです」
長ったるい言い訳を添えてみるも、ミスティアは大好物を気に入られたという事実にしか興味が向いていないらしい。
彼女は例のパンを取り出して俺に手渡すと、自分も手に取って口元に運んだ。
俺はと言えばそれに倣い、口元に運ぶ。
やはりどうにも甘すぎるが、品のある味だからか忌避感にまでは至らない。ミスティアが言ったように、実は気に入っている説が……微かな可能性が残されていた。
「うわー、驚きました。そのパンって生徒数が多いこの学園でも、いつも食べるのは二人しかいないぐらいのパンなのに」
「ミスティア様と、もう一人ってことか」
「ですです! ちなみにもうお一方は学園長ですよ!」
「ああ、良く脱走するっていう」
「はえ? 知ってたんですか?」
「俺は父上に手紙を頼まれてきたからさ、さっき案内の人から聞いた」
「そう言えば学園長って、今日も脱走してたそうですね。羨ましいです」
羨ましいじゃねえ、と心のうちで強く思った。
俺は今の言葉を聞かなかったことにして話題を変える。
「話は変わるけどさ、二人が一緒に昼食をとるのは珍しいんだっけ」
先日、ミスティアから聞いた話を思い出したのだ。
「ですねー、学園では珍しいかもしれません。というか、ミスティがいつの間にかどこかに行ってるのが悪いんですが」
「アリスの周りが賑やかすぎるのよ」
「そういうときは蹴散らしちゃえばいいんです! 何度も言いましたよね!」
「皇女の私がどうして民を蹴散らすことになるのよ……」
「そんなの、私がミスティとご飯を食べたいからに決まってます。だいたい前の日から約束してても、すぐに消えちゃうじゃないですか! 分かります? 残されたときはいつも捨て猫の気分を味わっているんですからね!」
二人は一見すると、仲のいい姉妹にも見えるぐらい距離が近い。
遠慮のないアリスの態度に比べ、落ち着きのあるミスティアの姿といい、世話のかかる妹を窘める姉のような姿であった。
「今日は一緒に食べてるじゃない」
「むぅ! コールバードの世話をする日だったからじゃないですか!」
少し気になる単語を聞いて、俺は思わず口を開く。
「コールバードって、あの鳥の魔物のこと?」
「ええ、そうよ」
「ミスティは定期的にあの魔物の世話をしているんです」
「……皇女なのに?」
「学園に運ばれる魔物の管轄は皇族にあるの。それを領主に任せているという形だったのだけれど、せっかく皇族が在籍しているのだから、可能な限りは様子を見るべきって話なだけよ」
それは立派な考えだが、そのような些末事は他者に任せてはどうだろう。
責任感が強く頑張り屋なミスティアにとっては当然のことのようだが……。
「第五皇子殿下とご協力なさってるんですか?」
と、自分で口にしてから「ないな」ということに気が付いた。
「あの人は私に「下賤な真似をするな」って言ってたわ」
下賤とまでは言わないが、皇族らしからぬ振る舞いをするなと言いたかったように思えた。
その気持ちだけはわからないでもないけど、言い方がよろしくない。
ミスティアの性格を知っていれば、逆効果であると断ずるべき言葉選びだ。
「数日後には実習ですし、大事なお世話だと思いますけどねー」
どうやらコールバードを用いての授業が近いようだが、俺もアリスの意見に同意する。
するとミスティアは、嬉しそうに頬を緩ませるも、食べかけのパンで顔を隠すように俯いてしまう。照れ隠しだ。
「実習って何をするのさ」
「コールバードの鳴き声を聞いて、どういう効果があるかってのを実際に確認したりとか……小さなことをいくつかです。毎年恒例の授業ですし、魔物と言えどコールバードなので、特に危険性はありません。割と軽い感じの授業って感じです」
「へぇー…………」
どんな声なのか俺も聞いてみたいものだ。
俺はパンを食べ終えたところで空を見上げて、そんなことを思い浮かべていた。
◇ ◇ ◇ ◇
夕刻、所変わって帝都にて。
貴族街の一角にそびえ立つアシュレイ伯爵家の屋敷の中。当主であり、父が帰って来たところで、クライトは彼が待つリビングへと足を運んだばかりであった。
「そこに座れ」
冷たい声で言い放たれ、クライトは言われるがままにソファへ腰を下ろした。
「つい先ほど、城の騎士から耳にした。殿下に強く叱責されたそうだな」
「……ですが父上、あれはッ!」
「言い訳を聞くつもりはないぞ。真実か嘘か、クライトの口から私に教えなさい」
クライトは強く握り拳を作り、震わせた。
言い逃れをするつもりはまったくない。
でも、あのことには本当に理由があったのだと。
「…………真実です」
けれど、父に逆らおうと思うことはなかった。
幼き日より、皇族のため、そしてシエスタ帝国のためにと育てられたこともあり、その主君たる第五皇子に異を唱えた事実は決して変わらないからである。
――――やがて。
パァン! という乾いた音が響き渡る。
「愚か者め、私の教えを忘れたのか?」
頬を強打されたクライトはそっと手を添え、顔を伏せてしまう。
「聞けば不必要な助言をしたそうだな」
「ッ……はい! 第五皇子殿下のためを思ってのことでございます! 第五皇子殿下のお考えは甘すぎるのです! いずれはこのシエスタを率いるお方になるためにも、少しの甘さも残すべきではない! 私はそう願って――――ッ!」
「それが愚かだと言っているのだ!」
そしてもう一度、頬を叩かれる。
「何故だ! どうして第五皇子殿下を信じられん!? 私もあの話は抜かりないと言ったであろう!」
「違うのです……今のままではまだ甘いのです!」
「このっ……クライトォッ!」
最後の一撃は一際強く、勢いに負けてソファから落とされた。
するとアシュレイ伯爵は席を立ち、背を向けてしまう。彼は大股で歩き出すと、壁際に控えていた給仕へと「今日は休む」と言い、リビングを立ち去った。
一方、残されたクライトは頬を抑えながらも立ち上がって、気遣って近づいてきた給仕の手を払い、小さな声で。
「大丈夫だ、それと私も今日は休む」
とだけ口にして、父に倣いリビングを後にした。
給仕が見た去り際のクライトの横顔は、怒りや悲しみに加えて、何かを決心した力強い瞳を浮かべていたのであった。
※もしかしたらタイトルを変更するかもしれません。
その際は事前に新タイトルを告知して参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。




