一夜明けて。
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朝日が昇り、港町フォリナーは夜と違う活気に包まれだす。
大通りを行き交う人々は多く、数多の異人だって居る。また馬車を引く生き物は馬に限らず、巨大な爬虫類のような魔物だったり、妙に険しい体躯をした双頭の馬だって居た。
今、俺の目の前には、はじめてこの町に足を踏み入れた際にも、印象深かった光景が広がっていた。
港町フォリナーへの入り口からすぐ、中心部を突き抜ける大通りから見える景色。
円状に整備されたこの町は、白壁と赤レンガで造られた家々が立ち並ぶ光景に加え、町中を通る水路が相変わらず美しい。
大通りの最奥へと進んだ先にある我が家は、もう少し進まないと見えてこない。
けれど、少し目線をずらすだけで、最近では妙に縁のあるシエスタ魔法学園がそびえ立っているのが良く分かる。
……石畳の上を進みながら、俺は隣を歩く第三皇女に語り掛けられるまで、そんなことを考えていた。
「資料はどのぐらい目を通せたのかしら」
「それでしたら――――」
隣を歩く第三皇女が俺に声をかけてきた。
既に授業が開始している時間の今でも、彼女は制服姿で隣を歩いていた。見事に着こなした姿はアリスと同じで、異性の目を一身に浴びるほどの華がある。
「もうすべて目を通し終えておりますので、ご安心ください」
資料というのは、エルタリア産の品々の件が書かれたものだ。
昨晩の出会いの後で、第三皇女から渡されていた。
「早いのね」
と、彼女は横を向いて俺を見ると、若干驚いた様子で口にした。
「お褒めに預かり光栄です」
「こういう作業が得意なの? ハミルトン領ではあまり縁のなかった仕事だと思ってたのに」
「とは言え、資料を読んだだけですからね」
「…………ふぅん、まぁいいわ。話が早くて助かるもの」
彼女はそう口にすると、確認がてら話をつづける。
「資料にある通り、エルタリア島から運ばれる品々は海路を通ってくるの。織物、彫金、色々なものがあるのだけれど、質の低下が著しいのは織物よ」
「そのようですね」
「事の発端は年が明けてすぐよ。エルタリア島の品物はすべて、帝都から派遣された役人がその質を確認しているのだけれど、そこで不良品が見つかったの」
「資料によると、あの島から届く品物に不良品はあり得ないとか」
「そうよ。皇家が品質を保証している品なんだから、不良品はエルタリア島の中で弾かれているはずなのに……」
だというのに、年明け早々に届けられた品々は、悉くが不良品であったそうだ。
誰だって異常を疑うだろう。知らせを聞いた皇家が驚いたのも想像に難くない。
「調査団を送ったと書いてありました」
そうするのが当たり前で、皇家は既に何度か調査団を派遣している。
また、調査は既にいくつもの段階を踏んでおり、エルタリア島で、そしてこちらの港に着いてから執り行われている。
品物が入れ替えれていないかどうかを、抜き打ちで確認していたわけだ。
昨晩も抜き打ちで確認をしていたと聞く。
「彼らの報告もあまり有意義なものではないわ」
「糸を作り出す魔物に異常はなし、そしてそれを扱う職人もいつも通りだった、と。だったら本格的に、どこで入れ替わったのか分かりませんね」
「それを調べるのが私の仕事なの」
「……気になっていたんですが、第三皇女自らなのはいいとして、どうしてお一人で? 誰か部下をつけるべきだったのでは?」
不躾な質問であったかもしれないが、俺はつい尋ねてしまう。
すると彼女は平然と、気にしていない様子で口を開き。
「別に。動きづらくなりそうだから嫌だっただけよ」
何処か曇り掛かった答えを返したのだった。
その動きづらくなりそうな理由、というのは彼女の深い部分に関わりそうで、さすがに尋ねる気にはなれなかった。
勘違いしてはならない。
俺は第三皇女と仲良くなったわけではなくて、単に偶然が重なって関りが出来ているだけだから。
――――ラドラムを頼ったのは恐らく、一人であることに限界に感じたからだろうか。
彼の人選ならば、と信頼して頼み込んだようだ。
「嫌だったら、断っていいのよ」
「何がですか?」
「……私の手伝いに決まってるじゃない」
「断ろうなんて思ってないので、気にしないでください。今、黙っていたのは、どこから調べるべきか、と考えていただけですよ」
「――――そ」
ぶっきらぼう、というにはあまりにも品を漂わせている彼女が、潮風に靡いた髪に手を当てる。
遠い場所、空の彼方を見上げて何かを考えているようである。
俺はと言えば少しの間、彼女の横顔を眺めてから、思い出したように尋ねるのだ。
「海上で積み荷が入れ替えられた可能性はございませんか?」
「ないわ」
と、即答。
「近海にはシエスタの公船が何隻も巡回してるもの。これは今回に限らず、何十年も昔からね」
「……なるほど」
「それも、巡回している公船は私たち皇家のものばかりだわ。間を縫っての折衝が無かったとは言い切れないけれど、一歩間違えれば見つかるという環境で、そんな危険を冒すとも思えないの」
「であれば、本格的に、我々がこの町で出来ることが限られますね」
だがやるしかないという態度で、第三皇女は「考えましょう」とだけ返事を返してきた。
何処から手を付けるか……それを考えていた俺が、不意にあることを思いついたのは、それから間もなくのことであった。
◇ ◇ ◇ ◇
当初、第三皇女は今日も学園に行く予定だった。
そもそも今日は何の変哲もない平日で、学園は当然のように授業をしていた。アリスが朝からいないのがその証拠である。
第三皇女が俺の屋敷に足を運んだ理由はごく単純で、俺と調査の話をするためだった。
「すみません、もうこんな時間ですね」
「気にしないでいいわよ、私が承諾したんだから」
屋敷の中にある執務室には、もう茜色の光が差し込んでいた。
昼には解散して学園に行く予定だったのにこうなってしまったのは、俺の思い付きによるものだ。
俺たちが腰を下ろしたソファの手前、木のテーブルの上に置かれた紙の束が、今日の相談による成果である。
「そろそろ帰るわ」
「帝都まで送りますよ」
「いらないわよ、一人で帰れるから」
朝、港町フォリナーに来たときだって、彼女は一人だった。
理由は朝も尋ねたが、その方が気楽だからだという。
初対面のときは家臣になんとしても、と言われて仕方なく騎士を連れていたが、護衛は連れず、馬車で移動する際に御者が付いている程度だそう。
「朝も思いましたが、危険ではないかと」
「あら、どうして?」
彼女はソファに座ったまま足を組み替え、涼しげな顔で口にする。
「戦姫と呼ばれるお方なら、というのは分かります。ですが、気を付けても損はありません」
「…………別に、必要ないわよ」
朝方、部下はいらないという話をしたときのように寂しげな声で言った。
「そもそも――――」
「自分より弱い護衛は要らない、ですか?」
「……良く分かったわね」
「それはもう、少しずつ第三皇女殿下のことが分かってきたところですので。どちらにせよ、護衛は居たほうが良いと思いますよ。いざとなったら壁にすればいいですしね」
「ふふっ……何それ。貴方って、そんなに投げやりなことを言う男の子だったのね」
「臣下からすれば、第三皇女殿下の身の安全の方が重要ですから」
若干おどけて言ってみたのだが、これが良かったらしく、第三皇女の顔にも喜色が宿る。
まだ壁は分厚いものの、笑ってくれたなら何よりだ。
「最近は姿を見せていないとはいえ、暗殺者だっているものね」
「――――居ましたね」
「時を同じくして、怪盗も姿を見せなくなったわ。ほんと、素性も目的も不明のままで嫌になっちゃう」
「そちらの調査も芳しくないと聞いています」
というか、本格的に調査がはじまることはないだろう。
何せ責任者があのラドラムだ。彼は暗殺者の正体を……そして、裏で何があったのか感付いている節がある。
では、その調査はこれからも成果が上がらないはず。
お気に入りの俺が関わっているのなら、あの男は平然ともみ消すだろう。
「暗殺者の狙いは最初からバルバトスだった、って思ってるの。あの暗殺者、何処かに転がっていてくれないかしらね、動機だけでも聞いておきたいのに」
これは俺の受け取り方の問題かもしれないが、今の言葉はまるで、理由さえ聞けたら罰するつもりは無いとも聞こえた。
疑問符を浮かべた俺を見て、彼女は敏く、それを悟る。
「もちろん、法の下で裁かれるべきということに間違いはないわ。暗殺は暗殺、帝都の民を不安の渦に巻き込んだことに違いはないもの。……でも私は、それでも暗殺者の人となりが知りたいし、目的を聞きたい、これだけよ」
「正直なところ、驚いています」
「どうして?」
「皇族の方が暗殺者の人となりを気にするなんて、といったところです」
「暗殺者はいわば敵よ。だけど、その敵が自分の敵とも言える相手を始末したというのなら、その目的が気になっても仕方ないと思わない?」
「間違いでなければ、バルバトスが第三皇女殿下の敵だったとなりますが」
俺の疑問を聞いた彼女は「そうよ」と簡潔に、あっさりと答えた。
「あの男は兄の、第五皇子の切り札だったもの。実力に加えて強権もあって、上になる実力者と言えば、私たちの国でも数人だけよ。――――それと彼、私よりも強かったから」
確か第三皇女も三属性使いであり、バルバトスと同じだ。
「相性の問題なの、こればかりはね」
あの男が使う魔法は見事なものだった、と俺は思い返す。
炎の渦なんかもそうだが、石を溶かしてそれも使う。
第三皇女の氷だって一握りの強さを誇っていることは想像が付くが、彼女が言うように、魔法もそうだが、戦い方も含めての相性があったのだろうか。
彼女は最後に「同じ三属性使いとしてなら、負けていないと思うけど――――」と添えて、テーブルに置いていたカップを手に取った。
中に入っていた茶はすでに冷めきっていたが、用意したのは婆やである。
顔を見せには来なかったが、第三皇女は味で淹れた者が分かったのか、カップを口に運ぶときは何とも幸せそうな笑みを浮かべていた。
「それにしても、あの怪盗だけは解せないわ」
「……はい?」
「義賊気取りの振る舞いは理解できるの。皇家の義務を果たせていない私たちにだって責任はある。でも、あのやり方は正義じゃないわ」
今度伝えておきます、とは口に出来なかった。
聞いたアリスがむすっとしそうだし、面倒な事には触れない方がいい。
「貴方もそう思わない?」
「すみません、俺には良く分かりません」
「……そ。まぁ何でもいいけど、私、あの暗殺者には色々と聞いてみたいわ。兄に言い寄られたときに言ってやったんだから。貴方に言い寄られるぐらいなら、暗殺者に言い寄られる方がよっぽどいいって」
「なるほど……そう来ますか……」
「? どうかした?」
「いえ、何でもありません」
なんとなくむずがゆい。
暗殺者と怪盗に向ける考えが正反対であればこうはならなかったろう。ますます、アリスに聞かせるべきではないという感情ばかりが募って行くばかりだ。
「今度こそ帰るわ。長居してしまってごめんなさい」
と、彼女がソファを立ちあがったところで。
すっと足を動かしてスカートを翻し、俺も彼女を追って見送ろうとしたその瞬間だった。
「グレン君! ただいま帰りましたっ!」
ドンッ! 勢いよく扉を開け放って現れた駄猫。
ついさっきまで、親友から酷評されていた怪盗の中身が授業を終え、屋敷に帰って来たところであった。
問題は、どうして一直線に俺の執務室を目指してきたかである。
「はえ? 学園をサボったミスティが、どうしてグレン君と一緒に……?」
また良く分からないタイミングで帰って来たものだ。
とは言え、丁度よくもあった。
俺は第三皇女とまとめた案が書かれた紙を手にすると。
「アリス、ちょっとこっち来て」
「もー、何ですか急に……行きますけど、行っちゃいますけど!」
それを聞いたアリスは小首をかしげながらも、トトトッ、と軽快な足取りで、俺の傍にやってきたのである。
ご指摘をいただいて、齟齬があった箇所を修正致しました。
箇所としては物語の最初の方で、時系列などに問題があったため、文言を少しだけ追加しております。
婆やがミスティに魔法を教えていたという箇所についての整合性を取るため、少しだけ情報を加筆しております。
(1,2話にだけです)
ご迷惑をおかけいたしますが、何卒、よろしくお願い致します。
※もしかしたらタイトルを変更するかもしれません。別に書籍化でどうのという話などではないのですが、もう少し別のがないかなと検討しています。




