腹黒男。
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あの男――――クライトに理由があった。
もう一度言うが、俺にはそうかもしれない、という予想があった。
恐らく、語られる内容もあまりかけ離れていないだろう。
「俺に教えてもいいんですか?」
「別に国家機密ってわけでもないから、いいの」
「……代わりに、皇家が関わりますが」
「いい加減、あの兄にも直接文句を言おうと思ってたところだから、気にしないで」
すると第三皇女は語調を若干荒げて言う。
「くだらないって思うはずよ。貴方も想像していたかもしれないけど、兄はローゼンタール家の後ろ盾が欲しかった……すべてはこれだけの話だから」
「…………」
「自分の派閥の強化にも繋がるし、ローゼンタールの腹黒男は強かだもの。皇位に就きたいって思ってる兄にとって、彼以上の後ろ盾はいないでしょうしね。兄は私のことを疎んでるし、その腹いせの側面もあるでしょうけど」
第三皇女はその後で、小さな声で「私に異性としての価値だけは見出しているようだけど」と添えた。
さて、大体は予想していた通り、アリスを得ることによるローゼンタール家の後ろ盾。
だが、個人的には疑問が残る。
だったら、第五皇子が自ら動いてしまえばいいし、部下に娶らせようとせず、彼自身が妻に選び、求婚した方が成功確率も高かったのではないか、と。
皇族と高位貴族の婚姻なんて腐るほどある。
第五皇子と公爵令嬢……これの方が自然に思えてならなかった。
「一つ聞いてもいいですか?」
「内容によるわ」
「では、聞いてからご判断下さい。……第五皇子殿下は何故、ご自身が求婚なさらなかったのでしょう」
俺の言葉を聞いた第三皇女はくすっと笑みを浮かべた。
「やっぱり、頭が回るのね」
「偶然ですよ」
「ふぅん……そう」
「お答え、いただけますか?」
「ええ、そのぐらいなら。――――特に難しい話ではないわ。兄にはここ数年、他国からの縁談が届いているの。それも要職に就く貴族のご令嬢だったり、姫だって。だというのにアリスを第二夫人として娶ろうなんて、無理に決まってるでしょ?」
色々と省略されて話ではあるが、理解はできる。
第五皇子にとって、ローゼンタール家と深い縁を結ぶよりも、さらに重要な縁談があるのだろう。
ようは、彼が皇帝になるための力、後ろ盾である。
ローゼンタール家との縁は部下に任せれば、そのどちらも手に入る。
整理すれば何とも都合のいい話だが、あの男のことも諦められなかったようだ。
アリスを第二夫人として娶れない理由にも容易に想像がつく。
立場に問題はないが、問題がなさすぎるのが問題となってしまい、つまり彼女を第二夫人にするには勿体なさ過ぎるのだ。
となれば、周囲の反対もそう。他の皇族だって文句を言うかもしれない。
他国の有力者たちか、アリスの二択において。
第五皇子は他国の有力者を選んだのだ。
――――もっとも、アリスを娶れるとは思えない。
あのラドラムという存在が居る中で、彼を認めさせることが壁になるからだ。
「今の話って、それなりに秘密なんじゃないですか?」
「ええ、当然ね」
だけど彼女は平然としており、悪びれる様子が一切ない。
根底にあるのは親友への想いなのか、それとも、先日俺に迷惑を掛けたことへの詫びを兼ねて、今さっきの第五皇子の襲来を受けて、語るべきと判断したかのいずれかだ。
「心の奥に留めておきます」
俺はこう言ってベンチを立って、第三皇女の前で傅く。
「私はそろそろ父上の下に参ります。今日は不躾な真似に加え、後を付けられるような――――」
「……気にしてないから、謝らないで」
彼女はため息交じりに言い。
頬杖をついて、面倒くさそうに。
「あの男たちが何かしたらいつでも言って。アリスのためにもね」
と、最後にもう一度、親友のことを鑑みたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
帰宅して、夕方になる直前のことである。
何故か連絡もなしに来訪して、いつもの調子で俺の部屋を訪ねてきた男がいる。
そう、第三皇女が腹黒男と形容した男だった。
「そろそろ、僕に聞きたいことでも出来たんじゃないかな、って思ってたんだ」
「別に無いのでお気になさらずに。父上のお部屋へご案内しますね」
「邪険にしなくてもいいじゃないか! 僕とグレン君の仲だろう? それに、アルバート殿には既に振られていてね、代わりにグレン君の部屋に行ってもいいかって聞いたんだけど、二つ返事で『ああ』って言ってくれたよ!」
後で絶対に文句を言ってやる。
心の内で決心した俺はこの男と話さなければならない事実に辟易して、でも頬が歪みそうになるのをひた隠す。ラドラムがソファの上で上機嫌にしている様子を眺め、先ほどの言葉を思い返す。
「ラドラム様に聞きたいことと言われても、良く分かりませんが」
「本当かい? 最近は賑やかだったと聞いてるよ?」
「…………どのことでしょうか」
「すべてさ。第三皇女殿下と知り合い、第五皇子派に絡まれた」
「良く知っていますね」
「ああ、僕はどんな情報でも耳に入れるようにしているからね!」
それが俺のことなら、殊更にと言わんばかりに。
ラドラムは俺が言うまでもなく、笑っていた。
「僕にはグレン君が気にしていることの想像がつくんだ」
「たとえばどのようなことでしょう?」
「そうだねぇ……僕が想像していたのは、第三皇女殿下と、アルバート殿に仕えている異人の関係かな」
彼は本当に鋭くて、しかも事情も知っている様子だ。
多分だが、ラドラムは第三皇女と婆やが何を話していたのかは知らないし、先日の出会いの際、そこでもどんな会話が交わされたのかも知らないはずだ。
知っていてもおかしくないと考えさせられる男がラドラムではあるが、さすがに無理があるだろうと。
「そして、もう一つだ」
「え……俺が気になっていたのはそれだけで――――」
「本当かい? グレン君は第五皇子殿下とも会ったんだろう?」
「ッ――――!?」
情報が早すぎる事実に、俺は思わず唖然とした。
だが、この思わずが間違いであった。
「鎌をかけてみたんだけど、やっぱりか。ははっ! そうだと思ってたんだ!」
「……お人が悪いですよ」
「ついさ、つい! でも分かり切ってたことでもあるんだよ。だってほら、第五皇子殿下は一つでも多くの後ろ盾と味方を得ようとしているからね。そして、グレン君が接触する第五皇子派となれば……クライト君ぐらいだ。彼から話を聞いた第五皇子殿下が、グレン君に興味を持たないわけがないからね」
相変わらずと言うべきか、ラドラムの語りは確信を得ていながらも、わざと遠回りをして追い詰めてくる。
自慢の洞察力と情報に裏付けされた決定的な言葉の槍が、まるで首筋に突き付けられたかのよう。
「僕の想像が間違えていなかったのなら、次にグレン君が気になるのは第三皇女殿下の件だ。僕は嫌っていうほど皇族の方々とかかわりがあるからね、あの第五皇子が何を語るも想像がつくよ」
「ラドラム様、もう、直接言ってくれませんか?」
今、目の前で語っているこの男は……まるで、初対面の頃を思い出して止まない。
いや、正しくは初対面ではないか。
それは俺がローゼンタール公爵邸に忍び込み、彼と再会した日のことだ。
「悪いね、性分なんだ。……で、グレン君は『第三皇女殿下が求婚されにくい理由が気になってるんじゃないかな』、って話なんだけど」
「残念ですが、あまり詮索する気はありません」
「おや?」
「ラドラム様が言う件はどちらも、第三皇女殿下の私生活に関わることです。だったら、一貴族の俺が不躾に聞くべき問題じゃないですから」
それも俺のような、先日まで敵視していた男に知られるのは嫌だろう。
気になっていないといったら嘘になる。特に婆やが関わっている件はそうだ。
だからと言って不躾に尋ねるのは趣味が悪いし、その気になれない。
「じゃあこっちだ! 第五皇子殿下のことなんだけど――――」
「だから、ラドラム様。俺は別に二人のことを……ッ!」
「彼、ここ最近、大きな後ろ盾を亡くしてるんだよ、知ってたかな?」
不意に声色が真面目なそれに代わり、ラドラムが俺の双眸をじっと見つめてきた。
ここまでの話はすべて前座。こういうことだったのだ。
「気になるかい?」
このタイミングで、それもわざわざ態度を変えて言った事実に気を取られる。
自然と体を強張らせてしまったのを見逃さず、そして追い詰める。
面前のラドラムから漂う気配は磨かれた剣のようでもあり、それに気圧されていない俺を見て、彼は楽しそうに口角を釣り上げた。
「公の関係はなかったけど、第五皇子殿下の後ろ盾の中で最も力があったのは、あのバルバトスだったんだ」
「不正にかかわっていたということですか?」
「悪いんだけど、そこまでは分からない」
どうせ嘘だろう、この男はすべて分かった上で俺に話しているはずだ。
「第五皇子殿下は次期皇帝の座に近い存在とされていた。だからお披露目パーティも賑やかだったし、彼に近づこうとする者が多くいたわけだ。が、それがどうだい、今は逆に距離を置く貴族すらいる。理由はグレン君にもわかるよね?」
「誰だって、不正の疑いを掛けられたくありませんからね」
その疑いを掛けてくるのがラドラムならば殊更だ。
彼の詰問から逃げられる貴族が居るのなら、逆に見てみたい。
「そう、その通りなんだ! 求心力ともいえる要素が欠けつつある……こうなると皇位継承争いも後れを取るわけだよ」
「勿体ぶらないでください。俺に何を言いたいんですか?」
するとラドラムはジャケットの内側に手を差し込んで……。
取り出したるは、折りたたまれた小さなメモ用紙だった。
「第五皇子殿下が文官に告げたという命令だ。でも、実現はされないと思うよ。あまりにも身勝手なものだからね」
彼はそれを俺に手渡し、中を見るように促した。
こうなると、後戻りはできない。
覚悟を決めた俺は息を吐き、また何か面倒ごとかと思いながらメモ用紙を開く。
「どうだい?」
ラドラムが楽しそうに聞いてくるが、俺は少しも楽しくない。
書かれていた文字に目を通して、さっきより大きな溜息を吐いた。
「話を戻すけど、グレン君」
ああ、そうやって話を戻すだろうとも思っていたさ。
ついでに言えば、俺はさっきみたいに誤魔化せないはずだ。
「グレン君は第三皇女殿下と、アルバート殿に仕えている異人の関係が気になってるんじゃないかな?」
「――――それはもう、大いに気になっています」
こう返事を返さざるを得ない。
何故なら、メモ用紙に書かれていた内容が……。
(今度は俺に何をさせようとしてるんだ、この腹黒貴族め)
第五皇子が文官に告げたという命令が、俺としても無視できない内容であったからだ。
曰く、ハミルトン家に仕えている異人を第五皇子である自分の傍仕えに任命し、速やかに帝都へお連れしろ、とのことである。
「だよね、そう言ってくれると思っていたよ」
「…………」
「僕からグレン君に教えることができる情報をまとめよう。一つ目はハミルトン家に仕えている異人について。そしてもう一つだけど、第五皇子殿下が彼女を欲している理由だ」
色々と訳が分からない。
後ろ盾が欲しいのに、どうして婆やなんだ。
幼い頃の第三皇女と婆やの間に、何か深い関係があった事だけはわかる。だからと言って、第五皇子ともあろう立場の者がただの使用人を欲するわけがない。
これはもう、先ほどの疑問を聞かないわけにはいかない。
何やら嵌められたことだけは気に入らないが、仕方なかった。
父上と婆やが俺に話すことを躊躇っていた件に関わる問題だが……第五皇子が婆やを、と考えたのなら、俺は今すぐにでも、その理由を知っておきたい。
「ところでグレン君」
そして、つづくラドラムの言葉も予想できるわけだ。
「頼みたいことがあるんだけど、ちょっと相談できないかな?」
どうせこうなるだろうと思っていた。
この男が俺にタダで力を貸すわけがないのだ。
「…………頼みごとを引き受けるかは内容によります」
「うんうん! 構わないよ!」
「そして頼みごとを終えた際には、先ほどの件を私に教えてほしいんですが、構いませんか?」
ソファに座ったままのラドラムは俺の言葉を聞いて、今日一番の笑みを浮かべて。
「勿論さ! 僕とグレン君の仲だからね!」
と、愉快そうに抑揚をつけて言ったのだった。
今日もアクセスありがとうございました。
※もしかしたらタイトルを変更するかもしれません。別に書籍化でどうのという話などではないのですが、もう少し別のがないかなと検討しています。




