まさかの再会と。
放課後、約束通り迎えに来た俺へとアリスが言う。
シエスタ魔法学園と屋敷のちょうど中間らへんでのことだ。
「ミスティは何度か賊の討伐に向かったこともあるぐらいで、戦姫って呼ばれるほど有名なんですよ」
話の発端は成績の話からで、第三皇女とアリスはほぼ同じ成績を収めているらしく、その中でも、魔法に関しては第三皇女が圧倒的。それも、学園の中で……という話だった。
「使う魔法の影響もあってか、氷華っていう異名もありますけどね」
「道理であの魔法だったわけか」
先日の、初対面の日のことを思い出す。
確か第三皇女は『氷鎖』と口にしていたはずだ。
美貌と相まって、氷華というのは似合っているように思える。
「アリスと違って異名があるってことだね」
「私です? 私は別に戦姫じゃ――――」
「怪盗の頃のアリスは立派な戦姫だと思うよ。外見と性別は隠してるとしても、俺はもう正体を分かってるわけだし」
「じゃあじゃあ! 私の異名も考えてくださいよっ!」
「駄猫」
「……ほえ?」
「だから、駄猫」
戦姫と聞けばそれはもう凛々しく、美しい存在を考えてしまうのだが。
アリスの場合、前者に限っては少し欠けている。
駄猫と呼ばれる戦姫なんて、それはもう残念極まりない。
「父上がこの前、貴族令嬢にも姫って言葉を使うって言ってたしね」
「問題はそこじゃありません! 駄猫ですよ駄猫! なんなんですかそれぇー! いーんですか!? 駄猫が戦姫らしく振舞ってグレン君の前に立ちふさがっても!」
「首根っこを掴んで放り投げるかな……」
変わらず軽くあしらわれる現状に対し、アリスは不満げである。
けれど密かに楽しんでいることは弾む声で分かっていた。
「ま、まぁいいです! ところで」
ふと、アリスが話題を変える。
「シエスタ魔法学園はどうでしたか? ふっふー、綺麗だったでしょー? 通いたくなりましたかー?」
「綺麗だと思うけど、特に通う気は……いやそうだ、思い出した」
学園と言えば、例の男の件がある。
「――――クライト」
「ッ…………今、天敵の名前を聞いた気がします!」
「そ、実はアリスを送った帰りに会っちゃって」
「大丈夫ですか!? お塩で清めないと……! い、いえ! お風呂でしっかり身体も洗ってくださいね!? 何でしたら特別に背中も流してあげますから!」
「遠慮しとく。でもなんか気になることを言ってたんだけどさ」
それはアリスに対しての求婚について。
帝都で会った時と違う態度であったこと。
「んー、何か言い辛そうですけど、何を言われたんです?」
「簡単に聞いていいものか迷うんだけど、まぁいいか」
内緒にしておくのも気分が悪く、とうの本人が関わっていることであればそれは無用。
結局、俺はクライトとの出会いを思い返して。
何があったのか、一から十までしっかりと語り聞かせたのだ。
「女の敵じゃないですか!?」
「理由に覚えはない?」
「知りませんよ! 私、敵を作らないことに関しては他の追随を許しませんからね!」
アリスの普段の振る舞いを見て居ればわかる。
彼女の完ぺきな令嬢具合ならそうだろうさ。
「ま、想像は付きますけどねー。どーせ私じゃなくて、お兄様との縁が欲しかったんじゃないですか?」
「ラドラム様の?」
「知っての通り、お兄様はそれはもう強権をお持ちです。頭も回りますし、なんかもう、普段から何を考えてるのか悟らせない知略だってお持ちじゃないですか。今思えば、私の怪盗稼業は誤魔化せてなかったでしょうし、むしろ誤魔化せてると思っていた自分が情けなく思っちゃいます」
実際、あの男はアリスが何をしていたのか、などに気が付いていた様子だった。
だが知っていながらも泳がせて、そこに俺を絡ませたのだ。
今になっても、あの男が何故俺を利用してまで、面前に座るアリスを派遣したのかはわからない。ただ一つ、俺という存在があの男にとって重要な事だけは分かるのだが……。
「私を妻にしたら自動的にお兄様との縁も出来ますしねー」
ついでと言っては何だが、それでアリスとの縁も出来る。
彼女のような抜群の容姿を誇る女性を妻に出来て、尚且つ強権まで。
それはもう最高だろう。
「あの女の敵は私と同じ二年生なんですが、一年生のときからしつこかったので……とはいえ、もう言い寄られないならそれにこしたことはありません」
「今日はどうだった?」
「おかげさまで、道理で私のところに来なかったんだなーって思いました」
俺は「それはよかった」と簡素に返し、話が一段落したところで窓の外を見る。
街灯に照らされた街並みはハミルトンと違って賑やかで、行き交う人々の営みを見ているのは意外にも楽しい。
クライトが何を思って、何を考えてアリスに求婚していたのか考えることは後にして、ふぅ、とため息をついた。
「グレン君、グレン君」
「ん、なに?」
「……また守ってくれちゃったりは……してくれるのかなーって……」
普段は見せない、自信のない言葉と表情。
アリスは弁えているというか、賑やかでも無理は言わない性格だ。こうして遠慮がちに、頼るような声で尋ねて来たのはその証拠である。
だが、これは少し俺も照れくささを感じてしまう。
そのため言葉を選んで、再度、窓の外に目を向けてから。
「そりゃ、多分ね」
軽くぶっぎらぼうに口にするも、アリスは俺の視線の端で分かりやすく笑みを浮かべる。
短いスカートから覗く細い足をそっと揺らして、「良かったです」と声を漏らした。
戦姫を守るというのも中々不思議な言葉に思えたが、違和感はない。
それから、俺たちは何も語らず馬車に揺られるままに。
屋敷に着いて、アリスに手を差し伸べるまで口を開くことなく静かな時間を過ごしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝もアリスを送る気でいた。
けれど彼女は学園で用事があるとのことで早く行ってしまったそう。
俺が朝の訓練を終え、湯を浴びていた最中のことだ。
さて、そんな俺は今日も父上の仕事を手伝うつもりでいたのだが、その父上の元を尋ねたところで、予想していなかった言葉を聞かされて驚いた。
「魔物の運搬、その確認……ですか」
「うむ」
アリスが通うシエスタ魔法学園へと、授業で使う魔物が運ばれるそうだ。
「兼ねてよりその確認作業は領主の仕事でな、別に私が直接見る必要はないし、部下に任せて書類にサインをするだけでも構わないのだが、学園長へとあいさつもしておきたい。ついで、と言っては仕事への姿勢が疑われるが、だからグレンも共にと思ったのだが、どうだ?」
魔物を見れるし、父上の仕事の手伝いにもなる。
すぐに分かったと返したが、その後ですぐ、あの学園かーという感情も生じてきた。
でも文句なんて言ってられない。
仕事は仕事で、感情を優先すべきではない。
「街の外から魔物が運ばれてくる。我らはその馬車と共に学園に向かう」
「分かりました。それで、出発はいつ頃ですか」
「昼前には出発するつもりだ」
となればあまり余裕はないし、直ぐに支度をしたい。
「大した仕事でもないから見学気分で良いぞ」
「分かりました。では軽く身支度もしてきますので、出発する前に呼んでください」
◇ ◇ ◇ ◇
昨日に引きつづき縁があるようで、今日に至っては学園の中だ。
学園の裏手にある大きな倉庫……と言うべきか、それすらも豪奢で小さな屋敷に見えるのだが、俺は父上と共にここに足を運んでいた。
倉庫の白い壁の傍で、妙に似つかわしくない巨大な鉄の檻を眺めていた。
「私は学園長の下に行ってくる。待つのも暇だろうし学園内を見てきてもいいぞ。教室などには入れないが、図書館なんかは足を運んでもいいそうだ。あるいは食堂で昼ご飯を食べて来るのもいいかもしれん」
「あれ、父上と一緒に行かなくていいんですか?」
「学園長は貴族、それも侯爵なのだ。できれば連絡のない来客は避けた方が良かろう」
俺はあくまでも手伝いとして足を運んでいるとあって、言わばアポなしだ。
挨拶をするべきと思わないわけでもないが、父上が避けるべきと言うのなら避けるべきだろう。シャツの胸元に括り付けた、来館許可証を兼ねたタグに手を当てて、それなら――――と学園を見た。
「食堂に行ってみます。その後で庭園を軽く見るって感じで」
「うむ、では後程、馬車の前で合流だ」
言葉を交わして間もなく父上が倉庫の前を去って行く。
俺はと言えば、もう一度、魔物が入った檻を見た。
「カフッ、カフッ」
名をコールバードと言うそうで、名の通り同胞を呼ぶ声を上げる魔物だ。
呼び声には魔力が宿り、遠くに居ても同胞には場所が伝わる力があるという。
外見は白鳥に似て、それでいて巨大なくちばしと小さな目元には無害な印象を抱く。父上曰くコールバードは単体では弱く、群れにならないと襲い掛かってくることはない。
また、コールバードの呼び声が最近では研究の対象にもなっていると聞いた。
「…………魔物の制御かー」
例えば幼いうちからコールバードと別の力のある魔物を共存させることにより、互いを同胞だと刷り込ませる。するとコールバードを使役することで、魔物の大軍をけしかけることもできるのではないか……というテーマらしい。
この学園に連れてこられたのも、それを生徒に学ばせるためなのだ。
「まぁいいや、食堂に行ってみよ」
「カフッ!」
檻越しにくちばしを伸ばされ、何か言いたげだったコールバードを置いて倉庫に背を向けた。
すぐ傍の学園内部へつづく入り口に向かう。
そこには広く長く、貴族の屋敷と見まがう見目麗しい廊下が広がる。
深紅の絨毯はふかふかで、頭上の折り上げ天井には等間隔に小さなシャンデリアが並び、窓ガラスはピカピカに磨かれていて縁には塵一つない。
外から聞こえてくる小鳥のさえずり。
風に撫でられた庭木の葉が擦れ合う音。
久しく、こんなに静かな空間に来たことはない気がした。
――――そういえば食堂は何処なんだろう。
父上も父上だが、聞かなかった俺も俺だ。
不意にぐぅ、と腹が鳴り思わずため息をついてしまう。
「……あれかな」
幸いにもと言うべきか、あるいは父上は近くにあるから言わなかったのか。
曲がり角に差し掛かったところで右側の通路を見ると、扉のない大きな吹き抜けとなった場所がある。入り口付近に置かれたキャンバスに似た黒板には文字が描かれていた。
すん、軽く鼻を利かせると鼻孔をくすぐった、肉を焼く芳しい香り。
俺は自然と足早になって、一直線にそこへ向かう。
やがてキャンバスの前に立つと、書かれていた文字が食材の紹介や日替わりの料理についてだったことに喜ぶ。口の中に唾が浮かんきた。
食堂の中は生徒のためとはいえ想像以上に大きさだ。
整然と並ぶ木の机が白い大理石に映えて、純白のクロスは何処を見ても汚れ一つ見当たらない。
大きなカウンターが横にあり、そこでスーツに身を包んだ受付が立っている。
…………名門だからか、こうした場所にも随分と金をかけているようだ。
「すみません」
俺がカウンターへ進むと受付の女性が言う。
「お疲れ様です。こちらでお召し上がりになりますか? もしよければお包みして、外で召し上がっていただくことも出来ますが」
彼女は俺の胸元のタグを見てお疲れさまと口にした。
で、中で食べるか外で食べるかだ。
外に運べる食事となれば相応のものだろうし、折角だから食堂で食べていきたい。
俺が「ここで」と言おうとしたところで、食堂の入り口付近から声が届く。
――――今日はどうする?
――――私は日替わり。
――――うーん、ちょっと太っちゃったから軽めので。
ありふれた女生徒たちの会話を聞き、やっぱりここで食べるのは無しだと考える。
別に恥ずかしいわけでもないが、生徒の中に混じるのは気が引けた。
「外で食べられるものをお願いします。特にえり好みはしないのでお任せで」
「承知致しました。少々お待ちくださいませ」
すると彼女はカウンターの奥へ向かって行く。
残された俺は手持ち無沙汰に辺りを見渡し、パンが並べられた籠が並んでいたことに気が付いた。足を運び、様々なパンから漂う香ばしさにまた腹を空かせ、女性が戻るのを今か今かと待ち望む。
こうしたいたところで不意に、物凄い甘い香りがするパンを見つけて目を見開いた。
「…………なんだこれ」
それはもう甘い香りだ。
何と言うか砂糖を煮詰めて蜂蜜をぶちまけ、また砂糖をぶちまけた――――いや、自分でも良く分からないが、嗅いだことがないほど甘い香りがしたのだ。
胸焼けしそうだが、上品な香りも確かにある。
メロンパンを思わせる模様と形には、親近感を覚えてしまう。
「お待たせいたしました」
カウンターにいた女性が俺の下に来て、食欲を誘う香りが漂う紙袋を手渡す。
どうやら俺が見ていた甘い香りがするパンのことに気が付いたようで、若干驚いた様子で口を開く。
「そちらも包みましょうか?」
「いや……絶対に胸焼けしてしまいそうなので……」
「実はあまりお手に取られる生徒さんもいらっしゃらないんですよ」
でしょうね、と思ったが口にはしない。
「でも毎日召し上がってくださるお方が居まして、料理長はそれならと作るのを止めていないんです。つい先ほどもいらっしゃって……っと、失礼致しました、余計なお話でしたね」
「いえ、お気になさらず」
振り向いてみると生徒の数が増えてきた。
もう午前の授業が終わり、昼食時なのだろう。
俺は女性にもう一度礼を言って、足早に食堂から外に出る。廊下を歩く多くの生徒たちを見て、外で食べるという判断は正解だったなと確信した。
◇ ◇ ◇ ◇
どうやら俺が食堂に向かう前から、授業が終わっていた生徒はいたらしい。
そりゃ、全ての組が同じ時間に終わるはずはない。
ようは外もそれなりに賑わっていたから、静かな場所を探していたという話だ。最終手段は馬車の中でなのだが、せっかくだから外が良い。
広い庭園を歩いて、人が居ないところを探す。
高い生垣がいくつもあって、静かな場所はいくつかあった。
でも人が来ないとも限らないし――――と思い、更に奥へ奥へと進んでいく。
「あそこなら」
生垣のもっと奥、高い樹がそびえ立つ場所を見つけて足を進める。
この辺りはどうにも道が悪く、歩く道も広くない。
普段は人が歩くような場所じゃないんだろうし、なおさら都合がいい。
ガサッ、とかき分けて奥へ進んだところは、まるで隠れた庭園で居心地が良かった。
――――そして、俺はここで見つけてしまう。
あの少女が木の陰に置かれたベンチに座り、木漏れ日を浴びて神秘的な光景を作り出していたのを。
両手で支えたパンを静かに口元へ運び、嬉しそうな、幸せそうな微笑みを浮かべていたのを。
「ッ――――誰!?」
立ち去ろうとした俺だったが、足元の枝を踏んで音を立ててしまった。
それを聞き、少女は慌てて俺を見た。
「偶然です」
俺は観念して両手を広げ、少女の傍へ足を進める。
「な、ななな……どうして貴方がここにいるのよ!?」
「だから偶然なんです。色々あって、静かに食事が出来る場所を探していたんですが――――第三皇女殿下もお食事中だったなんて……おや?」
俺はベンチに近づくにつれ、あの甘い香りに気が付いた。
もしかして…………彼女の手元にあるそのパンは…………。
「ッ~~!?」
彼女は俺の視線に気が付いてパンを勢いよく背中に隠してしまう。
頬を真っ赤に染めあげて、何とも恥ずかしそうに。
「何よ」
「いえ、別に」
すると彼女はベンチに座ったまま俺を見上げ、目元を潤ませて問い質す。
「見たの?」
「…………何をでしょうか」
「分かるでしょ! 私がここでその――――」
「料理長が特別に作ってるっていう、甘いパンのことですか?」
「ッ~~しっかり見てるじゃないっ!」
もう言い逃れ何てできそうになく、こう返すしかなかった。
むしろ、言い逃れた方が後々面倒くさそうですらある。
というか、恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。
「座りなさい」
「へ、俺はもう帰りますが……」
「いいから! 座りなさ…………ううん、お願いだから座ってちょうだい……っ」
口止めでもしたいのだろうし、ここは素直に座った方が彼女のためか。
彼女はベンチの隣を叩いて主張してきた。
ひとまず素直に腰を下ろしたが、何も告げられない。
彼女は彼女でパンを隠したままツンとそっぽを向いているし、俺はどうしたもんか。
「パン、食べないんですか?」
言い終えてからこれが失言で会った事に気が付いたが、もう遅い。
「もうっ! 食べるわよ! 食べるに決まってるじゃないの!」
するとかくしてパンを取り出して口元に運び、首筋まで真っ赤に染めあげながらも咀嚼してく。あまり不躾に眺めているのも失礼と思い、状況を鑑みて、俺は尋ねることなく紙袋を開けた。
中に収められていた軽食を取り出し、膝の上に置いて木漏れ日の先に広がる空を見上げた。
(どうしてこうなった)
氷華の異名を持つ戦姫、第三皇女を隣に。
俺は隣から漂う甘い香りを嗅ぎながら、昼食に手を伸ばしたのだった。
※もしかしたらタイトルを変更するかもしれません。別に書籍化でどうのという話などではないのですが、もう少し別のがないかなと検討しています。
変更内容ですが『残念な戦姫の守り方+サブタイトル』を現状考えています。
とはいえ確定ではないので、変わった際にはお手数をお掛け致しますが、何卒、よろしくお願い致します。




